56 悲しみも怒りも
◇
「ナギサ様……!」
「アリス! ナギサ様は!?」
「たった今、意識を失ったよ」
「脈は……問題ないですね。ウンディーネは治癒魔法で何とかならないか試してみてください。ルー」
「はい」
「ノームとサラマンダーはそれぞれナギサ様の宮にいると思います。状況の説明とすべての精霊への口止め、それが終わったら今後のことを話し合うので風の宮に集めてください」
「承知致しました」
ナギサが意識を失った直後、異変を察したらしいお父さんが焦った様子で部屋に入ってきた。瞬時に状況を理解し、一緒にいたウンディーネ様とルー様に指示を出す。
私はお二人の邪魔にならないよう端で見ていることしかできないけど、今の状況が異常であることは分かる。
「治癒魔法は効かないよぉ……恐らくだけど、一度にたくさんのことを考えすぎて脳の処理が追い付かなくなったか、何かのショックで気を失ったか、あるいはその両方か……この三択だとは思うけど、もしかしたら別の理由があるのかも。吐血しちゃってるし、血の気が引いてる……なんでだろう? ごめんねぇ、わたしにも分かんない」
「大丈夫です。アリス、なぜこのような状態になったのか分かることだけで構いませんので教えてください」
「うん」
───私が気配の消えた精霊の話をすると一瞬上の空になった。そして何かを悟ったような表情で涙目になり、自分を責めるような言葉を呟いていた。それが余計に精神的ダメージを与えたのか、急に過呼吸になって吐血し、その後倒れそうになったのは私が支えたけど、声が出なくなったみたいで口だけ動かし、こう伝えてきた。
「……すぐには目覚めないと思う、って。私が見聞きしたのはそれだけ。でも最初は自分で治癒魔法をかけて治そうとしてたみたいで、だけど効果がなかったの」
「『すぐには目覚めないと思う』、ですか……意識を失ったことに心当たりでもありそうですね」
私の言葉を聞いた時のナギサ、すごく自分を責めていた。自分を責めるのは辛くなるだけだからやめてほしいけど、気持ちは良く分かる。だから悲しむのを分かっていてあんな報告したくなかったよ……
ナギサが何を考えてるのか私には分からない。教えてもらえないし、ナギサが隠している以上自分で調べても分かることはないだろうから。そうなると私は信じて待つことしかできないんだけど……辛そうな姿を傍にいるのに見ているだけなのは嫌だ。
今日倒れたのは無茶をしたことが理由ではないと思う。とはいえ、積み重なったものもあるんだろうなとも思う。こう何度も倒れるほど精神に負担をかけるのは良くない。今回のことに限らず、もっと私にも弱さを見せてほしいのになぁ……
「…………何が原因か分からない以上、目覚めるのを待つしかなさそうですね。明日の会合の参加は厳しいでしょう。代理で僕が出ることにしましょうか」
「ねぇ、お父さん。ナギサ……大丈夫かな?」
「いつになるかは分かりませんが目覚めないことはないと思います。一時間後かもしれないし、一週間後かもしれません。原因が分からないのでもっとかかる可能性もあります。ですがアリス、ナギサ様の一番の理解者であるあなたの役目はなんですか? 目覚めたときにナギサ様を支えることでしょう? 無自覚かもしれませんが今のアリスは酷い顔色です。ゆっくり休みなさい」
「安心してねぇ、ナギサ様はわたし達が絶対に守るから。今日はここに泊まっていくんだよぉ?」
ウンディーネ様が私を支えてそのまま空いている部屋に連れてきてくださった。今はお父さんも精霊様達も冷静に対処しておられた。それは主たるナギサが原因不明で意識を失ったから。だけどきっと、冷静に見えるのは表面上だけで消えてしまった精霊様のことでも頭がいっぱいなんだと思う。だって、揺れる瞳からは悲しみだけでなく怒りも感じ取れたから…………
◇
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