86 軽すぎる
「あ、おかえ……り……?」
「ナギサが風呂で寝たから早めに切り上げてきた。アリス、一つ聞きたいことがある」
驚くアリスの横を通り過ぎ、無断だが寝室に入ってナギサをベッドに寝かせた俺はアリスの向かいに座った。
「なに?」
「ナギサを抱き上げた時……信じられないほどに軽かった。俺の握力や種族は関係ない。ただただあり得ないほどに軽かった」
「ああ……それはね、ナギサって細いけど痩せ細っているわけではないでしょう? だけどナギサの体重は平均より半分以上軽いみたいなの。なんでだと思う?」
「なぜだ?」
ナギサの身長は百八十センチか、それよりもう少し高いくらいだ。だとすると平均体重は七十前後だな。その半分以下か……たしかにそれくらいだろうな。普通の男子高校生ならそんなに軽いはずがないし、ナギサの場合は高身長でもある。それなりに筋肉だってある。
「毒殺未遂事件。あの時に内臓に影響を及ぼしたらしく、一気に軽くなってからそのままなったんだって。でも見た目は食べた量や消費量に比例していて、他の人と変わらないみたい。それでも体重だけはどれだけ食べても増えない、増やせない。成長期にそんな異常があると今後体調面でも心配があるって言ってたかな」
「……後遺症多すぎだろ」
「だよね。でもそれは前世の話。今では別の理由があるのかも」
◇
「なーに話してるの?」
「ひゃあっ!」
「うわあっ!」
「そんなに驚く? あ、ごめん雅。俺のこと運ばせちゃって」
正直に言うと、このベッドに置かれた時から起きてたんだよね。しっかり二人の会話も聞いてたよー?
「たしかに俺は後遺症で体型が変わっても体重は落ちたままで戻らなくなったよ? でも今は治ってる。……たぶん」
「聞いてたのか。たぶん、というのはどういうことだ?」
「転生して体重測ったことないから分からないんだよ。でも毒の後遺症で治らなかったのはお腹の傷だけで、他は治癒魔法で治ってるはず。体調は崩すことが多いけど……」
それは体質でもあるね。耐性があるからほとんどの毒は効かない。でも同時に薬も効きづらいから、一度病気になると長引く上に何度も再発する。
体重が増えなかったからといって困ることは特になかった。ダイエットしたり、逆にたくさん食べれば見た目は変わる。異常に軽かっただけのことなんだよ。
「だが、さっき抱き上げた時は軽かったぞ?」
「それは俺が常に風魔法を自分に掛けているからじゃない? 今までの精霊王と比べても魔力が多すぎるから、色々と魔法を使って一定量消費し続けているんだよ」
良くも悪くも回復が早いし。魔力量は少ないと不便だけど、多すぎると暴走する。便利なものは同時に扱いが難しかったりするよねぇ……
「そういうことか……心配して損したな」
「まあ良いんじゃない? 今は健康だって分かったんだから」
「それもそうか」
「ご心配おかけしました」
俺には後遺症なんかよりよっぽど酷い症状があったんだから、この程度のことは気にするまでもない。いや、悪化させていたのは後遺症が原因でもあったのかもしれないけどね。まあその『症状』というのが何か、知っているのはアリスのお父上くらいだろうから余計なことは言わないよ。
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