73 演技が好きだよ
「では早速練習を始めましょう。まず、ナギサ様は台本をできる限り覚えてください。その間に一度通して練習しますので」
「いや、俺は台本見なくて大丈夫。今までみんなの練習を見てたしね」
「そ、それだけで覚えられますか……?」
「余裕じゃない? 俺は一度で台本を覚えられるよ。だから俺も一緒に練習する。先に言っておくけど、もう完璧に演じられるからみんなも全力でね」
俺が役者の仕事をしていたことを知っているアリスは平然としているけど、そのことを知らないクラスメイトは驚いてるみたいだねぇ。でも台本くらい一度で覚えられないと役者なんてやってられないから。他の役者は知らないけど、俺は酷い時で同時期に五作品以上演じていたからね。
それはつまり、同時に五種類の台本と必要な演技、流れを覚えなければならないということ。だからこれくらいの台本を覚えるなんて余裕だよ。腕が落ちてるかなって思ってたけど、実際に自分が演技する姿を思い浮かべてみたら問題なく演じられることが分かった。
「あの、一つお伝えしておきますが……ナギサは演技に関しては本当にすごくて、本物の天才なので吞まれないように気を付けてください」
「わ、分かりました」
『光の王子と小さなガラスの靴』。面倒だからシンデレラと言うけど、これは本来幼い子供が読む話。二十歳近くの学生が演じるにはあまりにも子供っぽい。だから年齢に合うように修正されてる。それでも台本通りの演技ではなく、俺なりに少しアレンジしたキャラで演じようと思う。
物語の中の王子はとにかく正統派で心優しい人。そしてシンデレラに一目惚れする。でも現実世界で一目惚れという現象は中々ない。しかもそれをすぐに自覚するなんてこと、滅多にないはず。物語の世界ではあるけど、ある程度現実的な要素も取り入れたい。
だから俺が演じる王子は一見正統派で誰に対しても優しい王子だけど、本性は腹黒い部分があって人間不信気味な人。そのため、一目惚れでも恋したことを自覚するには少し時間が掛かる。たまに黒い部分が見えるけど芯の通った一国の王子に相応しい人間。
「俺は俺なりに光の王子をアレンジさせてもらうね。だけど物語は壊れないようにするし、セリフはほとんど台本通りだから」
「はい」
さあ、久しぶりに役者としての演技だね。ナイジェルとはまた別物だから。物語を壊さず、できるだけ台本通りのセリフにすることが条件。俺は演技をする時に必ず自分なりの人物像を作る。与えられた役を深く見るようにしている。だからセリフや演じ方が同じでも、元の台本とは全然違って見える。
俺は演技が好きだよ。頑張るのは当然として、好きなことをしているならしっかり楽しまないとね。
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