503.(パンケーキじゃない)
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校門を前にして、ぼくはやはりと云うべきか当然と云うべきか、暗澹たる気持ちにさせられた。休日の中学校。部活動をする声がグラウンド方から聞こえて、校舎のどこからからブラスバンドの発する不揃いな音符がくぐもって聞こえ届いた。
仕事でもなく、OBでもなく、ましてや父兄でもPTAでもなんでもない人間が入り込むのは如何なものか。部活をしているとなると教員だって出勤しているだろう。オフとは云え仕事関係でもあるのだから、見つかったら余計な面倒毎になりそうなのは想像に難くない。
なのにともえは。さも当然とばかりにとっとと校門をくぐった。「ちょっと、」
「うん?」
ぼくは半ば諦め、駆け足でともえの横に並び、それからふたりして一緒に歩き出した。
昨晩、ぼくの話を聞いたともえは、一も二もなく「見に行こう」と云った。
「わたし、よく分からないけど、それってそんなに大変なの? そんなに気になるの? 案外たいしたことじゃなかったりするんじゃない?」
「そう、かな」
「わたしのダンナさんは、考えすぎる嫌いがあります」
「そう……かな」なんだか懐柔されているような、そんな気分に思い当って、苦笑した。
「だからさ」にこっとともえは笑った。「見に行こうよ、大丈夫だよ」
その自信の根拠は、どこから来るのだろう。
ぼくがマイナスでともえがそれを上廻るプラス。
そうなのかもしれない。むしろ、でき過ぎた妻にぼくができることと云えば、心から感謝することくらいしかないのを歯がゆく思った。
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「ありゃ」
寝巻き姿でダイニングに入ってきたともえが変な声をあげた。
「おはよう」ぼくは云った。
「おはよー」
「顔を洗ってきなよ」
「うん、ありがとね」
「冷めるよ」
ともえは洗面所に姿を消した。
カップにコーヒーを注いで待っていると、寝巻き姿のままで戻ってきた。
ピンクのギンガムチェック。すこしだぶだぶの寝巻き。だらしないけれども、寝巻き姿のともえはかわいらしいので黙認した。ぼくは彼女のパジャマ姿に弱い。今度の誕生日は寝巻きを贈ろう。何色がいいかな。黄色か青か、淡い緑も捨て難い。水玉ドットにストライプ。
「パンケーキじゃない」
ともえの言葉に、ぼくの意識はテーブルに戻った。
「似た色でがまんして貰えませんか」
けれどもともえは、ぽんと手を打って、喜色満面で声を上げた。「BLT!」
「ん?」
食卓を指差して、ともえはもう一度云った。「BLT!」
「ベーコンはないよ」レタスも。
「あっ」そうかー、としょんぼりしたのもつかの間。ぱっと晴れやかな顔を上げた。「ボイルドエッグ!」
「これはオムレツです」ゆでたまごではありません。
「火が通ってるから同じ?」
「違います」
「ですよねー」
寝巻き姿のともえは、にこにこしながら椅子をひいて。「プレーン?」
「チーズ」
「やった」
席に着くや否やフォークを手にして「いただきまーす」
「召し上がれ」
オムレツを切り分け、口に運ぶ。「わたしのダンナさんの作るオムレツは一品です」
「ぼくの奥さんの好物ですから」
「泣けますね」
「泣くのはご飯を食べてからにしてください」
ぼくはブラウントーストにバターを塗り、ともえに渡した。
真っ白なプレートに、黄色いチーズオムレツと赤いプチトマト。それから緑のブロッコリー。
信号機みたいな朝食。
「おいしい?」
「もちろんです」
「そいつは良かった」
ぼくはトーストをかじった。
「ありがとうね、作ってくれて」今朝はわたしの番なのに。
「気持ち良さそうに寝ていたから」
「泣けますね」
「残さず食べてください」
ぼくの言葉に、ともえはくすくす笑った。その拍子に口から小さなタマゴのかけらが飛んでテーブルの上に落ちた。
「あ、ごめん」
けれどもくすくす笑いは止まらない。
「ぼくの奥さんは少しお行儀が悪いようです」
カップを傾ける。今朝のコーヒーはちょっと薄かったな。
「だって、笑わせるんだもの」
ひどいよ。
やっぱりともえはくすくす笑う。
「今日は一日、いい天気みたいだ」
ぼくは小さく折り畳んだ新聞を見ながら云った。
さんさんと、窓から清潔な光が降り注ぐ。ともえは小さくトーストをちぎる。「お洗濯日和だね」
「お昼ご飯はどうしようか」パンケーキ、焼こうかな。バターとメープルシロップをそえて。
「朝ご飯、食べてるんだよ?」
ぼくらは顔を見合わせ、たっぷりとした朝の光の中で笑った。




