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その八

 いい天気だった。

 まっすぐに伸びた木々の間に、薄青い空が見える。

 風が緩やかに吹いて、葉を揺らしていく。


 足を開き、静かに立つ。

 前を見据えて、ゆっくりと弓を掲げ、静かに分けた。


 キリ…… 


 弦がきしむ。


「……ふっ……」


 矢が飛ぶ。


 細い枝を飛ばして、木々の間に消えていく。



「……は~っ」


 大きく、息を吐いた。


 大体、狙いは正確だ。

 頑丈なジュラルミン矢と言えど、木の幹を狙ったりすれば破損しかねないので、弱そうな細い枝を的にしている。

 壊れることはないが、遠くまで飛んで行ってしまうので、拾いに行くのが面倒なのが玉にきずだろう。

 しかし、壊れてしまえば替えがないのだ。仕方がない。


 弓を木に立てかけて、飛んで行った三本の矢を探しに木の間に入っていった。


 ここ最近、午後から社に呼ばれることが多くなった。

 巫女たちの遊び相手に認定されたらしい。

 とはいえ、ずっと遊んでいるわけではない。巫女たちと一緒に掃除をしたり修理をしたり裁縫をしたりしつつ、勉強にも混ぜてもらってこの辺りの知識も仕入れている。


 五つの社はそれぞれ五つのもののけを奉じている。

 もののけと聞いて驚いたが、俗にいう妖怪のような害する類のものではなく、人ならざる隣人という扱いらしい。ラノベ的に言えば、精霊のような存在。

 持ちつもたれつ、尊敬、畏敬の念をもってその存在を守っている。

 時に恩恵がもたらされることもあるらしく、決して有名無実でもないそうだ。


「あれ? でも……」

 確か慎之介は『炎を奉る社』だと言ってはいなかっただろうか。

 首をかしげていると、説明してくれていた灯がくすりと笑った。

「蓮華社が奉じるもののけは『紅鸞(くらん)』様。だけど、どのようなお姿をしていらっしゃるのかは伝わっていないのです。故に、そのお力とされる炎を奉っているのですよ」

「ああ、なるほど」

 つまりはご神体と言うわけだ。伊勢の鏡みたいなものだろう。

 奉られているのは社本殿の奥津城。そこには姫巫女と頭巫女のみが立ち入ることができるという。

 案外と、物の怪の意思は明確で、社を構える位置もまた託宣として下されるそうだ。少しでも位置がズレると燃え落ちてしまい、この社も建てるのに3年かかったとか。

「……わがまま?」

「己に素直なのでしょうね。3年は早い方なのですよ。南の方の社は、心柱を建てるだけで5年かかったそうですから。この祇園にある蓮華社は全部で三。他の社より随分と少のうございますから、好みははっきりとなさっている方かもしれませんね」


「その三つしかない蓮華社に務める私たちは、選ばれた巫女なの!」


 幼い少女たちが胸を張る。


「そう名乗りたいなら、相応しく在れるように努めなさい」

 言うそばから、灯にチクリとくぎを刺されてはいるが。


 そんな彼女たちと別れた後は、階段を下りる途中で見つけた、少し開けた場所で弓や合気道の練習をすることにした。

 一穂たちには内緒である。


 もともと、そんなに不器用な方ではない。現に、裁縫も料理もお茂さんの手伝いくらいはできるようになった。要するに、こちらの道具に慣れればそれでOKだったという話だ。

 慎之介の仕事も、計算は晶の方が早いので、手伝わせてもらっている。ただ、筆文字だけはまだまだ発展途上なので、お任せである。


 けれど、まだまだ足りないと思う。

 危険から助けてもらったばかりか、衣食住全部をお世話になっているのだから、もっと役に立たなければ。


 だからこそ、練習だ。


 この間のようなことがまたあるかもしれない。


 


 あの日、巫女たちに折り紙をして見せたらものすごく受けた。もっともっととせがまれて、いろいろ折っていたのだが、ついに折り紙がなくなって。他の紙を正方形に切ろうと言うことになったのだけれども、切る道具が小さな小刀しかなく、どう見たって危ない。

 それで、学生かばんにカッターナイフがあったことを思い出して取りに戻ったのである。

 かばんを漁ってカッターを見つけ、そういえば、境内は広いって言ってたっけ、ともしかしたら練習できるかもしれないと、弓も担いで庵を出た。


 その直後。


 偉そうな、いけ好かない感じの、ちょび髭ちびデブないかにも小物小悪党風の中年がやってきたのである。


 嫌な予感しかしない。

 物陰にしゃがんで様子を見ていたら、一穂にデレデレねちねちすり寄って、なんか無理難題をふっかけている。

 居ればすぐに現れそうな慎之介も琥太郎も姿を見せないところを見ると、留守なのか。


「……やばくない?」


 心臓はバクバク鳴るし、のどもカラカラだ。


 そのうちに、もっとやばそうなヤクザが出てきた。

 こともあろうに、一穂の手をつかんで無理やり連れて行こうとして……


 咄嗟だった。

 何かの、スイッチが入った。

 いつもなら、一つ一つ段階を踏む引き分けまでの動作が流れるように進む。

 そして、囲炉裏の薬缶を弾き飛ばした。


 さすがに、人に向かって打つ度胸はなかったし、なにより「してはいけない」ことだ。

 父が観ていた時代劇で、確かヒーローが出てくる前座でこんなのがあった。


 結果と言えば、うまい具合に目くらましになった。

 むしろ、思ってた以上の効果があった。

 舞い上がった灰の量が半端なく、コントで小麦粉をひっくり返したように、あたり一面真っ白になったのである。


「あ、あれ……? うそ、こんなになるの……?」


 テレビじゃ、けほけほ咽てるだけだったじゃない!



 焦っているうちに、慎之介も琥太郎も帰ってきた声がしたので、そそくさと後にした。

 ばれたら叱られそうだし。特に、琥太郎に。


「……あの人、怖いもんな~」

 あの遠慮仮借ない罵声には、なかなか慣れそうになかった。



  

 

 あの時は、ラッキーなことに上手くいったが、次もそうとは限らない。

 ちょび髭ちびデブはあの調子では、また来そうだ。

 弓にしろ合気道にしろ、二人が来るまでの時間稼ぎくらいには役に立つかもしれない。



 できることは多いに越したことはないし、できることがあるならやるべきだろう。





 矢を全部拾い集めた晶は、もう一度弓を手に取った。




+++



「弥吉くん、待って待って。口の横にアンコついてるから!」

「ごちそうさま! あ、兄ちゃん、また稽古つけてくれよな!」


 日課の稽古を終え、顔の汗を手拭いでこすりながら庵の木戸を開けた。

 声を聴いたとたんによった眉間のしわをそのままに潜ろうとすると、使いのついでに甘味にありついたであろう弥吉が琥太郎の横をすり抜けていく。

「ったく……」

 その背から視線を戻した途端、弥吉を追ってきた『客』が目の前に現れる。


「う、わっ」

 琥太郎の顔を見た途端、顔をひきつらせて後じさった。

「あ、あのっ。ご、ごめんなさい、すみません、ごめんなさい! アンコ拭こうと思って! すみません!」

 離れたところで、何度も頭を下げて誤ってくる。

 何も返さずそのまま横を通り過ぎると、すれ違った瞬間、ひゅっと息をのんで体をこわばらせた。それを放って土間に抜け、甕から柄杓で水をすくい、そのまま飲み干した。

 甕に戻そうとした柄杓が、手から消える。

 直後、


 すこーん!


 後頭部をぶん殴られた。


「ってえ!」

 振り向くと、柄杓を手にした慎之介が立っている。


「ってえな! なにすんだよ!」

「こっちの台詞だ、怯えさせるなと言っているだろう」

「俺は! 何もしてねえよ!」

 驚いたのも、固まったのも、あっちが勝手にしたことだ。

「原因が、これ、だと、言って、いる」

 慎之介が、眉間のしわを言葉の調子に合わせてぐりぐり押してくる。

「うっせえな、俺はもとからこんな面だよ!」

 その手を叩き落として居間に上がった。


 朝起きてから、寝るまで、顔を合わせる度にびくつかれて、鬱陶しいのはこっちのほうだ。

 何より、その都度、一穂からたしなめる視線が投げられるのだから、たまったものではない。

 気が付けば、社の巫女まで抱き込んで、顔を合わせれば「いじめたら承知しないんだからね!」と責められる。踏んだり蹴ったりだった。


「金輪際、女なんか助けるか!」


 手拭いをたたきつけて、茣蓙に寝転がる。


「あ~、早く出ていきやがれ、ちくしょうめ」


 そうすれば、なにもかも元通りだ。


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