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その六

その間に、豪社は一穂を探し回った。


「一穂殿、恥ずかしがることはござらん。しきたりに不安があると申すのであれば、儂が手取り足取り教えて進ぜようぞ。さあ、出ておいでなさるがいい」

 脂汗でてらてらと面を照り輝かせながら、荒い息遣いの下、猫なで声で一穂を呼ばう。


 押入の中から、微かな物音がした。


「おお、そこにおいでか……」

 ニタリと笑い、襖を開ける。間違いなく、人の気配がする。

「さあ、でておいでくだされ……」

 手を伸ばした。


 その手が力強く握り返される。


 直後、豪社の体は畳に叩きつけられていた。


「その指一本、一穂さまには触れさせませんよ」

 大刀片手に、慎之介が立ちはだかる。


「万を走らせて戻ってくればこの騒ぎだ。もしやすると、けが人騒ぎは庄屋殿の画策でございますか。私たちがいない時を見計らっておいでになるとは、やることが姑息ではありませんか?」

 口調は穏やかだが、線のごとき眼は怖い。


「ぶ、無礼者。狼藉者じゃ。であえ!」

 今度は、武士たちも腰のものに手をかける。

 相手は巫女ではない。しかも、主に害なす者である。

 遠慮などする必要もない。


「どっちが狼藉者だ!」

 慎之介の大喝と共に、大刀が鞘走る。


 先陣を切った武士のぶっ裂き羽織の紐が綺麗に切断され、ついで切っ先が鼻先にあった。


「ひ……」


 震える間に、袴の紐が切れ、帯が切れ、小袖も落ち、あっと言う間に下帯だけになる。


「悪いことは言わぬ、退け!」


 武士の鼻先に切っ先を突きつけたまま、慎之介はあたりを睥睨した。


「ひぃ……」

「なにをっ」

 それでも数人が刀を抜く。


「やれやれ…… 仕方がない。ここで退けば怪我などせずに済んだものを」

 ため息と共に慎之介は峰を返す。

「愚弄するかっ!」

「とんでもない。無駄な殺生はしたくないだけでね。それにこの庵を汚したくない。掃除をしなければならないのは私たちなんで」

「ほざけ!」

 あざけられたと思ったのか、頭に血を上らせた数人の武士が一斉に抜刀し襲いかかってきた。

「屋内で抜くな。庵が傷つく!」

 慎之介の手の内で大刀が閃き、武士達はひとかたまりに庭へと叩き出された。

「こ、の……」

「庭先でなら、存分に相手をしよう。……来い!」

 草履を突っかけながら不敵な笑みを浮かべ、慎之介は刀を構えた。



***



 琥太郎は蹴りを頭上にかわし、地をけって松の樹上へ飛び上がった。見る間に男が同じ高さへ舞い上がり、拳を繰り出す。枝に足をかけ、くるりと体の位置を入れ替える。そのまま着地し、降りてきた男の腹を狙う。わずかな感触。しかし、一瞬後には男は遙か後方に飛んでいた。

「逃げんな!」

 飛びかかる。息つく間もない蹴りと拳の応酬。二人は庭を縦横に飛び廻った。その間に、慎之介は群がる武士たちをすべて当て落とす。




 二人の目を盗んで、庄屋はまだ性懲りもなく一穂を追っていた。

 縁側に腰掛け落ち着き払った様子で二人の戦いぶりを眺めている一穂を目に留めると、残飯にたかる蝿のように一直線に歩み寄り、

「さ、一穂殿。今の内じゃ。今の内に我が屋敷へ……っ」

 手首を掴み、連れ去ろうとする。

 

 しかし、今度は一穂も慌てることなく、

「ご冗談を……」

 ころころと笑った。

「冗談ではござらん。就任し挨拶に参った時より心に決めておったのだ。さあ、今こそ我が願い、成就してみせるわ!」

「残念ですけれど、それは叶いませんわね」

「なぜじゃ! これ程言うてもわかってもらえぬか! この際、力ずくにでも!」

「お忘れですか? 私 『蓮華社』の頭巫女でしたのよ」

 一穂がにっこりと微笑んだ瞬間、


 一穂の手首を握っていた庄屋の袂が燃え上がった。


「火っ、火じゃ、火が儂の袂にっ」

 火のついた袖を振り回しながら、豪社があわてふためいて庭を駆け回る。

「これ、誰ぞ。誰ぞ、火をお消しせぬか! 庄屋殿のお袖に火がっ」

 その後を瀬能が金切り声で叫びながら追いかける。


「あらあら、大変。早く消して差し上げなければ、庄屋様が大火傷をされてしまうわ」

 一穂は腰を浮かせもせずに、ただ心配げな表情を創って見せた。


「大吾っ、何をしておる。そのような小僧、捨て置けい。庄屋さまの一大事ぞ!」

 瀬野の金切り声で、琥太郎と対していた男の動きが止まった。

 そこを狙い、琥太郎が拳を振るう。しかし、一瞬後には男の姿は泡を吹いて倒れている豪社のそばまで飛び去っていた。


「『仕事』が先だ。しかし、この続きは必ずさせてもらおう。……やられたことはやり返す質なんでな」


 まず琥太郎を、そして、一穂に寄り添うように立つ慎之介を、次に視線を遠くに飛ばしてから、豪社の体を駕籠に放り込んだ。

 続いて居間に倒れるうり二つの男を肩に担ぎ、無言で庵を出て行く。

 その後を瀬能をが転がるように出て行きながら、金切り声の捨て台詞を残した。

「お、覚えておるがいい! このような狼藉っ。ただでは済まさぬぞっ」


「このお休みになられている方々はどうしたらよろしゅうございますか」

 慎之介が白々しく問いかけると、


「知らぬっ。目覚めれば勝手に帰って参る。もとい、そのような役立たずどもに用はないわっ。覚えておれ~っ」

 その声が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。


 後に残ったものといえば、灰まみれの居間と、庭に倒れ伏す武士たちと、折れた松の枝、そして倒れた石灯籠だ。


「うっわ…… 片づけねえと飯が喰えねえ……」

 居間に立って、琥太郎が深々とため息をつく。

「一穂様。久々におやりになりましたね」

「だって、あまりにもお聞きわけがないのですもの」

 慎之介に一穂が恥ずかしそうに言い訳をした。

「これで懲りてくださればいいのですけれど……」

「とてもそうなるとは思えませんね。お茂さん、箒とハタキ貸してください。それと雑巾と!」

「もう用意はできとる」

 押入からはい出てきたお茂婆はその一式を引っ張り出した。

「さすが…… ほら、琥太郎」

 琥太郎はハタキを宙で掴み、

「昼飯、他で喰わねえ?」

「飯などまだできとらん。作る間に片づけな!」

 お茂は琥太郎の脛を蹴り飛ばして、台所へ行った。

「ってえな! それにしても、一穂様よくこんな思い切ったことしましたね」

「あら、私が倒したわけではないわよ? その薬缶」

「え?」

「違うんですか?」

 てっきりそう思っていた二人が揃って聞き返す。

「違うわよ? 急に薬缶がいろりに落ちたのよ。きっと()()()武士の方がどうにかしてくださったのではないかしら」

「それは礼を言うべきでしょうね。しかし、どなたかな」

 寄せ集めて、庭先に広げたむしろの上に累々と昏倒している武士達を、腕組みをしながら慎之介が眺めた。

 だが、答えが期待できない以上わかるはずもなく、

「この際、放っておきゃいいじゃん。俺たちには手向かって来やがったんだしよ」

「それもそうだな。そうしよう。ところで琥太郎、けが人は?」

「そんなもん、どこにもいねえよ。戻ってきたら、あの色惚け野郎が来たって弥吉が泡喰って知らせに来たんだ。弥吉に声かけてきたのも、見たことねえやつだって言ってた」

「おびき出すための虚言か…… だんだん手が込んで来たな、豪社殿も。おまけに妙な男まで雇うとは」

「あいつら、なにもん? やたら強かったぞ」

「さあな。とにかく掃除を始めるか。昼飯が先だ」

「そりゃそうだ」

 そして善爺も含めた三人で掃除を始めた。




「それにしても、どっから手ぇつけたらいいんだよ…… 手ぇ貸してくれんのはいいけどよ、ちょっと方法考えろよな~」

 これをしでかしただろう正体不明の武士に対して悪態をつきながら、奥の隅を掃き出しにかかった琥太郎が、ふと、手を止めた。


 部屋の隅、衝立の影に見慣れないものが落ちていたのだ。


 一見、鉄の棒に見えた。しかし、赤い色が付いているし、手に取ってみると異様に軽い。

「竹……じゃねえよな。どう見たってカネだ。じゃ、なんでこんなに軽いんだ? この形…… なあ、おい、慎之介!」

「こら、さぼるな! さっさと手を動かさないと、飯抜きだぞ」

「ちぇ…… わかったよ!」

 その棒を無造作に長押の上に放り上げ、掃除を再開した。


「でも良かったわ、晶さまがお留守で」

 だが、はたきを掛けながらつぶやく一穂の言葉を聞いて、あっという間に渋面になる。


(……本当にわかりやすい奴だな)

 それを横目に、慎之介が肩をすくめた。



***


 そして、それ以降は何事もなく時が過ぎた。

 一応、都からの巡見使の一行が到着し、村人たちは総出での出迎えを命じられたが、これも神域に住まう者の特権として、社には関係ない。

 慎之介は書を読んで過ごし、琥太郎は庭先で素振りに暮れ、一穂はずっと針仕事をしていた。


 やがて陽は沈み、辺りは闇に包まれる。庭先では虫が微かに鳴き、開け放った障子から涼やかな風が吹き込んできた。

 その居間で、三人が無言で夕食を乗せた膳を囲んで座っている。


「遅すぎますわ」

 もう何度目かわからない台詞を、一穂がつぶやいた。


「秋たちに捕まって帰るに帰れないんじゃないですか?」

 慎之介が晩酌のとっくりを指二本でつまみ、ぶらぶらさせている。飲みたくて仕方がないのだが、一穂の許可が下りないのだ。

「遅れてくる方が悪いんだし、もう喰いましょうよ。オレもう腹へって腹へって……」

 一本ずつ持った箸で茶碗を叩きながら、琥太郎が口をとがらせる。

「もう、二人とも! 晶さまのことが心配ではないの?」

「しかし、行き先は社ですし、行きも帰りも階段だけで迷いようもありませんし、あの子の事ですから、巫女や灯に気に入られて足止めされているだけですよ。心配しなくても、直になにか知らせが入りますって」

「うるさい女は女同士でつるみゃいいんだ。どうせなら、帰ってこねえほうがすっきり……」

「琥太郎!」

 ばん、と一穂が膳を両手で叩いた。

「は、はい……」

 琥太郎の手から箸が落ちる。

「探してらっしゃい」

「え?」

 箸を拾いながら、聞き返した。

「え? ではありません。晶さまをお探ししてきなさいっ」

「なんでオレが!」

「いいからっ」

「……わかりましたよ。探しゃいいんでしょ、探しゃ。どうせ、社かどっかであいつらとはしゃいでるだけだと思うんですけどね」

「それならそれで構いません。とにかく、晶さまがどこにおいでなのか、見てきなさい」

「はいはい」

 箸を湯飲みに投げ入れて、琥太郎は面倒くさそうに庵を出た。

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