恋するアンドロイド~恋子~
辰夫は突然家に訪ねてきた荷物を、ぼーっと眺めていた。いや、荷物と言うのは失礼か? 何しろそれは人の形をし、人語を解するもの。つまりは……
「パンパカパーン! オメデトーございます、辰夫様! アナタはこの度、この恋するアンドロイド、恋子ちゃんの恋の相手に選ばれマシタ!」
「はあ」
辰夫は気の抜けた返事をする。それは見た目はかわいらしい女の子だ。ただ目の下などに線が入っているし、関節の可動部は機械の軸が見えている。二〇二三年の現在にこんな精巧な動きをするロボットが存在するというのは信じがたいが、目の前にいるのだから疑ってもしようがない。
「女性は何に恋スルノカ? 収入? ルックス? 学歴? いえ、違いマス。女性はダメ男にこそ恋をするのデス!」
それどこのデータ? と聞きたくなったが、その前に「ダメ男っておれの事?」と、問い返してしまった。そのアンドロイド――恋子は失礼な事に大きく頷く。
「アナタは学校にも行かず、仕事もしてイナイ。つまりはニート! ついでに言えば彼女もイナイ!」
「ついでは余計だ」
辰夫、二十一歳。大学試験に落ち続け、浪人生活が四年目に突入しようという所だ。正直、目指している大学は辰夫のレベルよりずっと上で、合格する見込みはない。それでも浪人生を気取っているのは親からの仕送り目当てだ。働くのだりい~。それが辰夫の本音だった。
「超高齢化社会の昨今、若者の労働力は貴重な資源なのデス」
何やら語りだした恋子を眺めながら、辰夫は食べかけだったポテトチップスに手を伸ばす。元々小太りだった辰夫だが、一人暮らしの自堕落な生活を送って、さらに体重が増えた。
「つまり要約するとあれか? おまえは政府が作ったアンドロイドで、おれを社会復帰させるために送り込まれてきたと」
「そういう事デス! ダメ男を立派な男性にする事こそ愛なのデス!」
「へえー」
辰夫はまた新しくポテトチップスの袋を開けながら、心底どうでもいいという声を出した。そして恋子は辰夫の意思などお構いなしに、いや、拒否も何もしてないが、とにかく辰夫の家に住み着く事になった。
「うわあ~! やめろお~!」
数時間後には辰夫の情けない声が響き渡った。辰夫が「おれは大学に行くんだ」と言うと、恋子はそれに必要ないもの、ゲーム機器、エロ本、漫画などをどこぞへ送ってしまったのだ。
「アナタが立派な男になれば返してあげますヨ」
恋子は容赦ない。調べものに使うだろうと、かろうじてパソコンは残しておいてくれたが、はまっていたオンラインゲームのデータは消されてしまった。
「しくしくしく」
わかりやすい泣き方をする辰夫を放っておいて、恋子は夕食の準備をすると言いだした。
「あー、おれ宅配ピザでいいよ」
そう言うと恋子の眉が吊り上がる。なんて言うか表情は豊かだなと、辰夫が感心しかけていると恋子の説教が飛ぶ。
「辰夫! アナタちゃんと野菜も食べないとダメデショ! それからポテトチップスも禁止! 生活習慣を見直すのデス! 早寝早起き、適度な運動、健康的な食事! タバコとお酒は禁止!」
「ええ~、ちょっと厳しすぎるだろ」
「アナタを立派な男にするためデス!」
それから恋子は宣言した通りの生活を辰夫に強制した。朝は六時に叩き起こされて、三十分のランニング。朝食が済んだ後は、がっつり受験勉強。昼も一時間の休憩を挟んだ後に勉強、勉強。もちろんスマホだってろくに触らせてくれない。
「もしかしてこの生活がずっと続くの?」
「そうデスヨ、アナタは大学に行くと決めたのデスから、その目標に真っ直ぐ突き進むのデス!」
とりあえず逃げるか? 辰夫がそう考えた瞬間に恋子はずいっと顔を近づける。
「あ、逃げても無駄デスヨ。反抗的態度が見られた場合、椅子に縛りつけてでも勉強してもらいマス」
「トイレとかはどうするんだよ」
「もちろんワタシが世話してあげマスヨ」
恐ろしい。機械だと汚物を忌避する感情もないのか。とりあえず言う事は聞いていた方がよさそうだ?
一つありがたい事は、恋子は料理がうまい。朝も昼も、母親を思い出させる料理だった。夕食も味噌汁、煮物、焼き魚、副菜と揃っていて、ピザとフライドチキンで作られた肥満体に染みわたっていく。
そして今度は風呂に入って入念に体を洗ってこいと言う。辰夫は思わずもじもじした。
「あのさ、おまえがおれの世話をしてくれるって事は、もしかしてそういう事も……」
「もちろん!」
辰夫の顔がにへっとひどくだらしない表情になる。
「そんな機能ありマセン!」
がくーっ! 辰夫は大げさな芸人張りにこけた。
「ないのかよ!」
「そういう事は生きている女性としてクダサイ。その方が少子化対策になるデショウ」
「おまえが政府に作られたってのがよくわかったよ」
辰夫は渋々、一人でお風呂に入っていった。そして寝るまでの間にまた勉強するよう言われた。夜食のおにぎりはうまかった。
そして翌年、辰夫は見事、志望の大学に合格した。そして大学の四年間も恋子は辰夫の世話をしてくれた。いや、そう言うと少し語弊がある。恋子は徐々に辰夫に自分の生活は自分でできるようにさせていった。食事を作る、洗濯物を干す、部屋を片付ける、その他もろもろ。辰夫はやがて料理にはまり、食べる機能のない恋子に食事を振舞う事もあった。
辰夫には今やたくさんの友人がいる。すっかり体重が落ちて俗に言うイケメンとなり、中堅企業に就職が内定した辰夫の周りには女の子も寄ってきている。
「辰夫、アナタは立派な男になった。もうワタシの役目は終わりデス」
「恋子、どこへ行く!? おれにはおまえしかいない!」
辰夫は群がる女の子達を振り払って恋子の前まで走ってくる。
「辰夫、ワタシはダメ男に恋するロボット。もうアナタに愛はないのデス」
「嘘言うな! じゃあどうしてそんな泣きそうな顔をしてるんだよ!」
恋子は自分の頬に手を当てる。涙を流す機能はついていない。辰夫は恋子の肩を掴む。
「おれがまたダメ男になってやる。そしたら一緒にいられるか?」
「ワタシは一度恋した人にもう二度と恋はデキナイノ。サヨナラ、辰夫!」
恋子は走り去っていく。
「恋子、カムバーック!」
ワタシは恋子。ダメ男に恋するアンドロイド。
完
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