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メイドは未来を憎む

 私の突然の申し出にお嬢様は目を丸くし、驚いていた。

 当然だろう。

 昨日までの私は、とても弱々しく儚く脆かった。

 暴力の日々に恐怖し、泣きわめき、

 この時点の私は、誰も信じることができずに、突然の環境の変化に常に震えていたのを覚えている。

 それほどまでに弱い子供だった。

 そんな私の傷ついた心が回復し、お嬢様の使用人になる道を選んだのは今から二年後のことだ。

 あの地獄から救ってくれたお嬢様の為に何かしたい。

 そうして私はお嬢様の使用人になった。

 それが私の過去の記憶であり、本来辿るべき未来の軌跡。

 でも今の私はもうトラウマによる心の傷はとうに癒えた状態だ。

 お嬢様のおかげで過去のトラウマを乗り越えるに至っている。

 ならばこそわざわざ本来辿るべき未来のままに時を過ごすこともないだろう。

 そもそも私の望みはお嬢様の未来を変えることだ。

 未来の記憶のままに時を過ごすなどはすべきではないだろう。


「駄目よ。あなたはまだ安静にしていないと……。それにまだ身も心も完全に癒えてはないはずよ。心配せずとも大丈夫よ。もうあなたを傷つけるひとはいないの。だから無理に誰かの為に何かをしようとしなくてもいいの」


 お嬢様はきっと勘違いをしている。

 私が使用人になりたいと言い出したその理由を。

 きっと見捨てられるかもしれない恐怖からそう言ってるのだと思っている。

 私は頭を横に振る。


「違います。私はただ動いてないとあの時のことを思い出しそうで……、なのでおねがいします。私を使用人にしてください」


 私は今適当にでっちあげた建て前を並べる。

 お嬢様の為に働きたいなどと言えばきっと彼女は首を縦には振らないだろう。

 そういうお方だ。

 かつて私が使用人になると言った際にもお嬢様は頑なに認めなかった。

 今まで苦しんだ分、私は私の為に生きるべきだと諭してくださったのを覚えている。

 だが、それでも私はお嬢様の為に全てを捧げたい。

 その為、旦那様自らに直談判し、ようやく使用人になれたという経緯がある。

 なので普通に使用人になりたいなどと求めたところでお嬢様は頑なに拒むだろう。

 だから私が私の為に使用人になりたいとそう望めばきっとお嬢様のことだ。

 認めてくださるはず。


「体を動かす、か。まあ確かにがむしゃらに何かに打ち込むというのはいいのかもしれないわね。でも、それなら使用人にならなくても」


「いえ、料理などにも興味があるので」


「……そう。分かったわ。あなたがそうしたいというのならば私の方でお父様に話は通しておくけど、本当に大丈夫なの?」


「もちろんです!」


 お嬢様は溜息をつき、私の頭を撫でる。


「いやになったら言うのよ?」


「はい!」


 そうして私は再びこの家の従者となった。

 次に目指すべきなのは結果を出して、お嬢様専属のメイドになることだ。

 だが、それは存外容易いことだとは思う。

 私には未来の記憶も経験も、それにより身に着けたスキルも持っている。

 いわば使用人としての能力値はほぼカンスト状態に近い。

 お嬢様の為に努力の限りを尽くしてきたその経験値を丸々現在に引き継げている状態だ。

 だが、だからといって怠惰の限りを貪るつもりは毛頭ない。

 私にはまず身に着けるべき力がある。

 それは魔法だ。

 私はお嬢様の近くでお嬢様の為に過ごせればそれだけで満足していたが、結局それだけではあの未来は避けられないだろう。

 

(この国は腐っている。お嬢様を聖女として崇めていたくせに、新たな神輿が出来れば即座にそっちに乗り換えるなど。挙句、古い神輿を殺処分するために言いがかりにも等しい罪状で、極刑などとは)


 未来(わたし)の記憶を思い返す度に吐き気がする。

 お嬢様の婚約者だったあの男も、お嬢様を目の敵にしていた貴族派閥の連中も、あの異界から呼び出された哀れな神輿(せいじょ)も、嬉々としてお嬢様のご尊顔に投石をしていたこの国の連中も。

 その全てが憎い。

 だが、お優しいお嬢様はきっと断頭台に上がったあの瞬間ですら聖女の御心のままにいたことだろう。

 ならば私はお嬢様の出来ないことをする。

 それがどれだけ自分の手を汚すことになろうと、お嬢様の従者としての在り方に反していようとも、お嬢様の侮蔑の対象になろうとも。

 構わない。

 それがお嬢様を救えなかった私に対する罰。


 その為には力が必要だ。


(ふふふ……、聖女になるお嬢様の専属メイドが魔の力を求めるなんて、本当に度し難い)



 




 


 

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