恋愛案内人 第四章 「秘めた恋と金の匂い」 後編
佐紀子は驚いた。ここは何? どこなの? ……もちろん、答える者はいない。そしてなんの答えも見いだせないうちに、薬局の引き戸ががらっと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ」
中に、袴姿に白衣を着た男性が座っていた。四、五十代だろうか、いや……違うか……? どうにも頭が動かない。そして、その男の隣には学ランを着た少年が立っていた。
「私……その……」
佐紀子は戸惑いながら声を出した。すると、白衣を着た男性が手招きする。
「早く入っておいで。君の心を解放してあげたいんだ」
私の心の解放? 何を言っているの? 何を知っているの?
と、風が背中から吹く。その風に押し出されるように、彼女は薬局の中に入っていった。
「私……別にどこも悪くありませんから、帰っていいですか?」
わけのわからないこの空間から一秒でも早く出たいと思い、佐紀子は少し語気を荒らげて言った。
「まあ、待ちなさいよ」
白衣の男性は煙草に火をつけて一服し、一枚の紙を読み上げる
「村内佐紀子、42歳、既婚。恋人は佐々木圭吾、29歳、独身、ねえ」
「どうして私の名前と彼の名前を……」
佐紀子が言ったその瞬間、彼は遮るようにこう言った。
「恋愛案内人に分からないことなんてないんだよ」
そして、笑いながら続ける。
「愛はお金で買えるのさ。それでも愛は愛なんだよ、本人同士がそれでよければね。それに君たちの金額は大したものじゃない。時には何百万、何千万という金が、愛によって動くんだ」
「大した額じゃなくても……あの、私の愛はお金ですか?」
佐紀子は食い気味に聞く。
「金は愛だ。愛は金だ。金は何物にも代えがたい誘惑だ」
恋愛案内人と名乗る男は冷然と言う。
誘惑……私は……圭吾に誘惑の代物を出して愛されていただけなのか。
月2万で買える愛、それはそうだ。あの日、電話をかけた日から、自分でも分かっていた。安いものだな。そう思うと笑いがこみあげてきた。
「そっか……」
天井を見ると、丸い電球に蛾が止まっている。いつもなら蛾なんて見ても何とも思わないのに、今日は羽がキラキラと光って、妙にきれいに思えた。
「答えは出たかい? この恋を続けたいのか、忘れたいのか、それとも吐き出したいのか……」
彼は尋ねた。
「続けたい。私は……。でも心が不安定になるのが怖いの……」
「そうか、ならば、この心の薬を飲むと良い。お代は結構、君の恋心の半分を頂くよ」
そう言って、恋愛案内人はたくさんの薬棚から「心臓」と書かれた引き出しを開けて薬を取り出した。
「これは……何?」
「心が軽くなる薬さ。何も心配はない。一番出ている薬でね、皆これを喉から手が出るほど欲しがるのさ」
膜ほどに薄い紙で包まれた薬を20包、手渡された。彼の手がそっと触れたが、氷のように冷たい手だった。
「ありがとうございます……」
「もう二度と来ないのか、また来るのか。君はまた来そうだ」
佐紀子は足元のふわふわした感覚から解放され、しっかりと地に足をつけて歩いているように感じていた。「この薬を飲むといい」という、たったそれだけの言葉で、なるほど、人は不安を追いやることができるのだ。。
きっと大丈夫。飲んだこともない薬だが、頼れると思った。
それに不思議と、あの人が嘘つきにも感じられなかった。。
店の外に出て、後ろを振り向くと、もうあの店はなかった。夢か幻か、もはや分からない。でも、そんなことはいい。この手には薬がある。それだけは本当なのだ。
再び、佐紀子は歩き出した。また来るだろう。圭吾を愛する限り、私はここにやってくる。
そう感じて。
恋愛案内人 第四章 完