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【完結】恋愛案内人  作者: 安部マリヤ
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恋愛案内人 第二章 綾子と健二 前編

 恋愛案内人 第二章 前編 綾子と健二


 話は少し遡る。

 綾子は大学入学時とても目立つ存在だった。誰もが振り返るほど美しく、なおかつ品があったからだ。。

 白のブラウスにピンクのスカート、友達が多く、笑みを絶やさず、人の悪口を言わず……。人としてこんなに完璧な女性はいるのだろうかと思うほど、周囲からは好かれていた。

 綾子が一年生の時、三年生に健二がいた。テニスサークルに所属する彼は、モテる男性と言うほどではなかったが、目鼻立ちがとてもハッキリした濃い顔をしており、しゃべりは上手く、男女共に人気はそこそこあった。

 綾子と健二の出会いは、テニスサークルに所属したいという友達に、綾子が付き添いでやってきたのが切欠だった。瞬間、健二は綾子に一目惚れしたのだった。

 すぐに携帯の番号を聞き、何度も2人で食事に行き健二は綾子に猛烈にアタックした。玉砕しても構わない、自分の気持ちを聞いてくれるだけでもいい、という熱量。それは文字通り、体当たりのアタックだった。。



「あのさ、今まででこんな気持ちになったことがないんだ、それぐらい好きで……付き合ってくれない?」




 彼は胸を突き破るほどの鼓動。実のところ、健二はどこか、フラれるのではないのかと言う気持ちがあった。なぜなら……。

 いつもにこやかな彼女は、確かに人の悪口などは決して言わない。誰にでも優しく、明るい。その笑顔を向けられた者は、男女の別なく彼女に魅入られてしまうほどだ。ただ……彼女は、人を褒めるということもなかったのだ。どこか、その心を掴ませてくれない。薄いベールの向こうに立っているのではないか、そんなことさえ感じさせるのだ。健二も、自分に対してここが良いとか悪いとか、そういう本音のようなものを聞かされることもなかった。、だから、自分が気に入られているのか、それがどうにもわからなかった。



「うん、ありがとう、これからもよろしくね」



 これからもよろしくね。健二自身の緊張、高ぶり、恐怖……とにかくそうした感情の群とはとても釣り合わない、あっさりした言葉だった。これはお付き合いをするということなのか?と、とっさに判断がつかない。玉砕覚悟でぶつかった健二としては、聞き返さずにはいられなかった。。



「付き合うって言う意味で良いんだよね?」

「そうだよ、どうして?」



 綾子は笑いながらそういった。

 健二は拍子抜けしながらも、綾子と付き合えることを心から喜んだ。



「ありがとう、これからもよろしく」



 二人は手を繋ぎ歩き始めた。健二はこれから一生この手は離さない、と心に誓いながらその手を強く握った。


 彼にとって、幸せな日々は続いた。綾子は本当に完璧だった。そう、完璧だ。言うことなど何もない。何もない……からこそ、感じてしまう。たった一つの不満、綾子を包む薄いベールの存在を。綾子はどうしても、その心に素手で触れさせてくれなかった。

 そして自分と綾子の間にたゆたうそれは、ついに開かれることはなかった。少なくとも、健二はそう思っている……。


 こうして今、綾子は恋愛案内人、諒介の前に座っている。




「で、ユーはどうしたの?」

「私……好きになっちゃいけない人を好きになったみたいなんです」

「へえ……」



 彼は煙草に火をつけた。じりじりという煙草が燃える音がする。

 ふうと思いっきりため息交じりで煙草の煙をはくと「そんなに珍しい事じゃないからさ」と彼は笑いながらそういった。



「珍しい事じゃない? 私は弟を好きになってしまったんですよ」



 綾子は珍しく語気を強めてしまった。しかも会って間もない人にだ。

 こんなに感情が高ぶるなんて……自分でもとても驚いてしまった。そして、両手で顔を塞いで、うつむいた。

 涙がでそうになってしまったからだ。



「大丈夫、その恋心、すっかり忘れさせてあげるから。はい、愛子、水をお出しして」

「忘れたくはないんです!」

「へえ……? 忘れたくはない? じゃあどうしたいの?」

「結ばれたい、結ばれたいんです……。でもこの思いは決して誰にも伝えられない。気づいてさえももらえない。一生誰にも言えないことなんです」


 彼女は涙を流した。


 諒介は、涙を流す女にまったく動揺も同情もしていない無表情な顔だった。



「伝えたい気持ちがあるのだったら、今伝えないと……伝えられるときに伝えないと後悔するよ? いなくなってからじゃ遅いのだよ」

「でも……」



 綾子は声を詰まらせる。



「自分の気持ちを伝えられる薬があるのだが、ものは試しだ。飲んでみるかい?」

 彼は笑みを浮かべて、薬箱から、オブラートに包み込んだ粉薬を取り出す。

「飲んでごらん、さあ」



 綾子の手は少し震える。それも当然だ。初めて入った、しかも相当に怪しい薬局で、見ず知らずの妙な男から出された白い粉薬。

 こんな得体のしれないもの、慎重な綾子ならずとも、普通だったら誰も絶対に飲まない……飲まないはずなのに……。

 綾子は手に取ってそれを水と一緒にぐいっと飲んだ。

「良い飲みっぷりで」と諒介はくすっと笑った。



「これでなんとかなるとは思えないけれど……」



 高揚したり気分が悪くなったりするのかと思いきや、何も変化がないことに綾子はホッとした。でも、少し期待もしていた分拍子抜けもした。



「まあ、ものは試しだよ、なんでもね。さあ、お客様のお帰りだ、愛子、扉までご案内して」

「ハイ、マイドアリガトウゴザイマス、マタ、アエタライイネ」



 綾子は扉を出て、歩みを進める。一体、何だったのかしら……。



「あ、お代」



 不意に我に返り、薬代を払っていなかったことに気づいた綾子は振り返ったが、もうそこには何もなかった。すると途端に体が火照ってきた。喉も痒くて仕方ない。これが薬の作用なのだろうか、どちらにしても、今日は仕事を休んでこのまま帰ろう。綾子は体の変調をこらえ、足早に家路についた。

 そこにはいつも通り、洗濯物を畳む竜矢がいた。見慣れた風景だ。



「おかえり、姉さん。仕事は休み?」

「竜矢、話があるの」



 どうしても伝えたくて仕方がなかった。あの薬、あの薬のせいだ。

 綾子は、口を押えた。



「何、話って?」



(ああ、どうしよう伝えてしまう、この気持ちを話してしまう。どうしたら……)



 口を押えても、とても止まらない。喉から溢れ出すように、綾子は言葉を発してしまった



「私は、竜矢が好き」



 竜矢は少し驚きながら「そりゃ兄弟だし家族なんだもの。僕も好きだよ」と笑いながら言った、



「そうじゃなくて!」



 綾子はまたしても語気を強めてうつむいた



「どうしたの? 姉さん……今日は様子がおかしいよ」



 綾子の肩に手を伸ばしさすろうとしたその手を払って、こう言った。



「私は、男性として竜矢が好きなの。私は昔から竜矢が好きなのよ」




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