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【完結】恋愛案内人  作者: 安部マリヤ
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恋愛案内人 第五章 「初恋は複雑な味」 中編

 長い長い一週間が経ち、やっと連絡がきた。

 素早く携帯を取った。聞かされた内容は、どの予想とも違い、なおかつ想像をはるかに超すものだった。



「連絡が遅くなってごめん。兄貴が自殺した」



 あんなにも仲が良くあんなにも楽しそうに話していた彼のお兄さんが……。言葉が出なかった。返信できなかった。


 二日してなんとか言葉を返そうと思い「大変な時に連絡をくれてありがとう。気持ちをどれぐらい理解できているのか私にはわからないけれど、すごくしんどいと思う。だから私のことなんていいから、自分のことを優先してください」と連絡した。返信はなかった。


 一カ月ほどが経っただろうか、彼から電話がかかってきた。


 どきっとした。取るべきか取らざるべきか。いい話じゃないだろうなというのは予測がついた。だけど、無視することなどできるはずもない。



「ごめん、別れよう」



 やっぱり。私は駄々をこねるような人間ではない。彼のことを察するに女性と恋愛をする余裕なんてないんだということぐらいわかる。バカじゃないんだから。みっともなくすがれば迷惑になることなんて、わかってる。

「わかった」と言って電話を切ろうとしたが、でもやっぱりバカな自分が出てしまい

「また会えるよね?」と聞いてしまった。彼は「そういう日が来れば会えるかも」と元気なく言って、電話を切った。

 何を聞いてるんだ、とは思ったがやっぱり彼に会いたかったし、彼の元気の源になってあげられてない自分が悔しかったし、どうしてお兄さんが自殺したのか聞きたかったけれど聞けなかったし、いや聞いたところでどうすることもできないんだけれど、もうとりあえず頭の中がぐるぐる回って、苦しいという気持ちが爆発して目をつぶったら大量の涙が溢れてくると同時に……



「ゴーン…ゴーン」



 どこかから、古時計の音がする。お祖父ちゃんの家にあった、大きな古時計の音。

 懐かしい…。

 視界が真っ暗になったと思ったら、私は「神愛薬局」と書かれた古い小屋? 家? とにかくその前にへたりこんでいた。




「ここどこ?」




 周囲を見渡していても、何も見えない。ただ真っ暗な空間に、ポツンと電球が光っているだけ。

 すると、ガラッと引き戸が開いて、中で男性が手招きをしている。「早く入っておいで」と。

 よくわからないが、とりあえず外(真っ暗で分からないけど)でへたりこんでいるのもちょっと怖い。。

 でも知らない人についていってはいけないというのも基本中の基本。と、頭の中でぐるぐるといろいろなことが回ったが、体が糸に引かれるように、すくっと立ち上がり、店の中へと入ってしまった。

 店主であろうその人は、袴に白衣、曇った眼鏡に煙草、隣には学ランを着た美少年を従えている。見える範囲の家具はアンティークだろうか、どれも年季が入っているが……とりあえず情報量が多すぎる! 私はちょっとパニックを起こしていた。



「そこ座ってもらえるかね?」



 と店主が言う。



「どなたですか?」



 とりあえず名前を聞いた。



「我? 諒介という、ここで恋愛案内人をやっている」



 と自己紹介をされた



「隣のあなたは誰?」



 今度は美少年に声をかけてみた。



「僕はここの助手です。竜矢と言います」



 いや待てよ、名前を聞いてどうするんだ。ここは一体何なの?と思っていると、紙を一枚取り出して諒介という男が話し出す。



「桜田美央、24歳独身、相手は田中陽翔、こっちも24歳、同い年ね」

「どうして私の名前を?」



 彼の名前もどうして……。

 諒介と名乗る男は「我は何でも知っている、神だから」と笑った。神様なの? ということは、私は彼に別れを告げられたショックで死んだ?



「今、ショックで死んだと思ったか? 面白いな。失恋のショックは心臓を抉られることと同じダメージを受けるから、死んだと思ってもおかしくはないが……」と、男はまた笑った。

「諒介さん、笑いごとじゃないです」



 助手が制止する。



「私の考えていること、わかるんですか?」

「わかるよ、何でも。だから我は神なんだよ」



 神とやらは、また笑う。



「神様なら、私が今一番欲しいものがわかりますか?」

「彼の心だろう? 君が初めて愛して、彼のためなら死ねるすら思えた、彼の心だ」



 どきっとした。私は彼の心が欲しい。死ぬほど欲しい。また振り向いてほしいし、元気になってほしい。簡単じゃないかもしれないけれど、お兄ちゃんを忘れるほどの愛を与えてあげたい。私の願望が、というよりいろいろ渦巻いていたものが、何か心の中でかちっと音がなるように、はまった。そう、複雑なパズルのピースがぴたっとはまった、あの感覚。



「どうする? 彼を思う気持ちを己の維持するための薬がある。それを飲むかい? 飲み続けなければならないが。それとも、彼に自分の気持ちを、思うがままぶつける機会を手にするか……」



 恋愛案内人と名乗る男は、今思えば不思議なことを聞いてきた。でも私は、そこには気づかず、本心を伝えた。



「私は、自分の気持ち、想いを彼にもう一度伝えたい。自分の気持ちを吐き出したいです!」



 すると神だか恋愛案内人だか、どちらでもいいけれど、とりあえず諒介さんと呼ぼう。諒介さんは立ち上がり、私のもとへ歩いてくる。とても背が高い。下駄の音がカラカラとする。助手が諒介さんの手を握る。



「では行こう、彼のもとへ。彼に思いの丈を、ぶつけるのだ」



 そう言って、私を抱きしめた。氷のように冷たい。心臓の音もしない。



「目をつぶって」



 耳元で囁かれ、私は目を閉じる。一瞬、風が吹いた音がする。暗くなったと思ったら、すぐにぱっと明るくなった



「目を開けて」



 私は、恐る恐る目を開けた。


 彼がいた。


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