お互いの好きなところを言い合って陣取りゲームをしたら、彼女が天下統一を果たした。俺のこと好きすぎじゃね?
「つまーんなーいの!」
自室にて。
俺・西川道流の恋人・馬原美弥はゲームのコントローラーと足を投げ出した。
今日は金曜日。平日最後の放課後は、毎週お家デートの日と決まっている。
週替わりでそれぞれの自宅に相手を招き、DVDを観たりゲームをしたり、二人だけのイチャイチャタイムを満喫する。それが俺たちカップルの、毎週恒例の習慣となっていた。
今週は俺が美弥を自宅に招く日であり、彼女が「ゲームがしたい」と言うもんだからこうして二人で格ゲーをプレイしている。
既に何作も発売されている超有名ゲームだから、ゲームに疎い彼女も一度くらいはプレイしたことがあるだろう。そう思っていたんだけど……俺の読みが甘かった。
なにせ美弥は、俺と付き合う数ヶ月前までコントローラーすら握ったことがなかったのだ。
対して俺はこの格ゲープレイ歴数年で、今や全国ランキング2桁に入る程の猛者である。数ヶ月前初めてコントローラーを触った美弥に、逆立ちしてプレイしたって負ける筈がない。
熟練極めた俺のコンボ技VS美弥のガチャプレイ。その結果は想像以上に悲惨なもので。
付け加えよう。コントローラーと足の他に、美弥は試合も投げ出していた。
一方的な展開が面白くない美弥は、俺の背中にもたれかかって駄々をこねる。
「ねぇねぇ、このゲームつまんないよー。道流が手加減したって、私に勝ち目ないじゃん。私は負けるとわかっている戦いはしない主義なの」
……確かに。
美弥のやつ、「断られるのが嫌だから、プロポーズは道流の方からしてよね」とか言ってくるくらいだ。……プロポーズは、もう何年か待って下さい。
「つまんないつまんなーい」と連呼しながら更に体重をのしかけてくる美弥。体重よりも、ぎゅーっと押し付けられる二つの乳房に理性が保てなくなり、俺は早くも白旗を上げた。
「わかったわかった! 別のゲームを考えるから、離れてくれ!」
「ホント? 私も楽しめるやつ?」
「楽しめるっていうか、美弥でも勝てるやつ。えーとだな……」
俺は棚に並べられているゲームソフトを眺める。……どうしよう。どのゲームを選んでも、俺が圧勝する未来しか見えない。
俺が頭を悩ませていると、ありがたいことに美弥が助け舟を出してくれた。
「そんなに悩んでいるなら、私が次のゲームを考えてあげようか?」
「正直、そうしてくれると助かる。ことゲームにおいて俺が美弥に負ける未来が想像出来ない」
「はい、その喧嘩買いましたー。……後悔したって知らないよ? 道流の敗北はもう確定したから」
フッフッフッと、不敵な笑みを浮かべる美弥。先程までボロ負けしていたのに、一体どこからその自信はするのだろうか?
「それで、何のゲームにするんだ?」
「私が勝てるゲーム、それは……陣取りゲームよ!」
◇
陣取りゲーム。それは自分の陣地を出来るだけ増やして、相手よりも多くの陣地を獲得するゲームである。
俺の得意とするテレビゲームではなく、紙とペンさえあればどこでも出来る頭脳ゲーム。……成る程。頭脳ゲームなら俺に勝てると踏んだわけか。ナメた真似をしてくれる。
俺は全国屈指のゲーマーだ。ゲームで名の付くもので、負けるわけにはいかない。
連勝記録を、更に伸ばすとしよう。
「ルールを説明するわね。ここに全部で9個のマスがあります。このマスの過半数を自陣にした方が勝利です。……簡単なルールでしょ?」
3×3のマスを描きながら、美弥は陣取りゲームのルールを説明する。
「陣地はどうやって獲得するんだ? じゃんけんで勝ったら? それともコイントス?」
格ゲーで勝ったらなんていうのも俺としてはアリだが、そしたら勝負にならないからな。目の前の陣地が、全て俺色に染まってしまう。
「よくぞ聞いてくれました! これがこのゲームの面白いところでね、相手の好きなところを言って、照れさせることが出来たら陣地を獲得出来るのよ」
「……はい?」
何を言っているんだ、俺の彼女は? 思わず聞き返さずにはいられなかった。
「詳しく説明頼む」
「合点承知!」
なんだよ、その返事は?
「これから順番に、私は道流の、道流は私の好きなところを挙げていくの。例えば、「道流の顔がカッコいいところが好き!」とか」
「そっ、そうだったのか」
面と向かって「顔がカッコいい!」と言われると、確かに照れてしまう。成る程、こうなったら美弥は陣地を一つ獲得出来るというわけか。
「あっ、今のはあくまで例えだから。道流の顔面偏差値は、せいぜい中の上ってところだから」
「……」
一瞬にして、顔の火照りが引いた。今お前が獲得した領地、取り上げてやる!
「こんな感じで相手の好きなところを口にして、相手を照れさせたら陣地獲得ってわけ」
「ルールはわかった。でもそのルールだと、先行が有利にならないか?」
過半数の陣地を獲得した方が勝ちならば、回ってくるチャンスの多い先行が圧倒的優位に立ってしまう。そうなると、ゲームバランスがおかしくなるのではないだろうか?
その点に関しては美弥も気付いていたようで、しかしながら、その不平等性を解決するつもりはないようだった。
「その通りだよ。だから、先行は道流に譲ってあげる」
「良いのか? 後悔したって知らないぞ?」
「かかって来いやコンチクショーめ」
だから何だよ、その返し? これから互いの好きなところを言い合おうっていうのに、何でそんなに殺伐とさせるの?
先行の俺は、早速美弥の好きなところを考えた。
……………………。
……ダメだ。全く出てこない。
勘違いして欲しくないのだが、美弥の好きなところがないわけじゃない。一生一緒にいたいと思えるくらい大好きだ。
だけどいざどこが好きなのかを具体的に挙げるとなると、なかなか出てこないもので。だって彼女を好きだというのは、理屈じゃなくて本能なんだもの。
好きだから好きなのだ。理由なんて、それだけである。
結局俺が捻り出した回答は……
「……顔が可愛いところ」
嘘じゃないよ! 贔屓目抜きにしても、美弥は可愛い女の子だよ!
しかし事前に美弥が「俺の顔がカッコいいところが好き」という例示を挙げていたこともあり、案の定彼女はこれっぽっちも照れていなかった。
「……破局?」
「いやいやいや! それだけは勘弁して下さい!」
そのまま土下座しそうな勢いで否定を続ける俺に、美弥は「冗談よ」と微笑みかけた。
「道流のことだから、そんな答えが出てくるとわかりきっていたもの。言ったでしょ? このゲームなら、私が必ず勝つって」
「次は私の番ね」。そう言ってから、美弥は俺の好きなところを口にする。
「先週、後輩の女の子に告白されていたでしょ?」
「ん? あぁ、そんなこともあったな。……って、何で知っているんだよ?」
「偶然目撃したからね。証拠写真見る?」
「今すぐ消しなさい。……ていうか、やましいことなんて何もないぞ?」
「うん、知ってる。「俺には人生を賭けて幸せにすると決めた女性がいるから、君とは付き合えない」。そう言って、キッパリ断ってくれたよね?」
「……一言一句覚えているんじゃねーよ」
「絶対忘れてやらないもんね。だってーー私のことを大切にしてくれる道流が、大好きなんだもの」
……。小っ恥ずかしくなり、俺は思わず美弥から視線を外した。
「はい、照れましたー!」
「ダウト!」と言わんばかりに、美弥は俺を指差してくる。クソッ、やられた。
1巡目は、美弥が1マス獲得で終了した。
◇
美弥が宣言していた通り、互いの好きなところを言う陣取りゲームは彼女優勢のまま進んでいった。
俺のターン。
「美弥ってさ、友達が俺のことを悪く言っていると、咄嗟に否定してくれるだろ? そこが好きだ」
「うん、知ってる」
こんな感じで、彼女は「知ってる」の一言で全てを終わらせてくる。
既に熟知していることだから、照れないと? この女、強キャラすぎるだろ。
続いて美弥のターン。
「道流って、デートの時とかお昼奢ってくれる時あるよね」
「そういうところが好きだって? 俺はお前のお財布か」
「……みたいにすぐにツッコミを入れてくれるところが良い。話していて凄く楽しい。そういうところが好きだよ」
…………。
不覚にも、また照れてしまった。
それからも美弥はあの手この手で俺を照れさせてくる。
「道流ってさ、眠い時一瞬白目になるよね。え? よく見てるって? だってそこも好きなんだもん」とか。
「プールに行った時、道流ってば他の女の子の水着をチラチラ見ていたよね。やらし〜。でもそれ以上に私の水着を見てくれていた。嬉しかったし、そういうところも好き」とか。
あー、もう! 恥ずかしすぎてどうにかなりそうだわ!
美弥があしらい、俺が照れる。そんなやり取りを繰り返して、8巡目が終わる頃には……あと1マスで美弥の完勝というところまできていた。
惨敗ではなく完敗だ。
ここまでくると、悔しいという感情すら湧いてこない。いっそ清々しいね。
しかしそれでも一矢報いたいという気持ちはあるわけで。せめて1マスだけでも手に入れようと、往生際悪く抗うことにした。
「そうやって、俺の知らない俺の良いところも知ってくれていて、好きだと言ってくれる美弥が世界で一番大好きだよ」
別にキザなセリフを言ったわけじゃない。
照れてくれたら儲けくらいの気持ちで口にした、心からの言葉だ。なのだが……
ブワァっと、途端に美弥の顔が今まで見たことのないくらい真っ赤になった。
頬はおろか、耳の裏まで赤く染まっている。……え? もしかして美弥さん、照れちゃってます?
やがて観念したのか、真っ赤になった顔を隠して両手をそーっと上げる。
「一発逆転。私の負けです」
俺の言葉が余程恥ずかしく、そして嬉しかったのだろう。
天下統一目前で、彼女は全ての陣地を失った。さながら、本能寺の変のように。
さしずめ俺は明智光秀か? 三日天下にならないように、精進しないとな。なんて意気込むわけだけど、多分無理だろうな。
「次は絶対負けないから。もっと道流のことを知って、好きになって、勝ってみせるんだから」
なんて言う彼女を見ながら、情けなくもそう思うのだった。