表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お互いの好きなところを言い合って陣取りゲームをしたら、彼女が天下統一を果たした。俺のこと好きすぎじゃね?

作者: 墨江夢

「つまーんなーいの!」


 自室にて。

 俺・西川道流(にしかわみちる)の恋人・馬原美弥(まはらみや)はゲームのコントローラーと足を投げ出した。


 今日は金曜日。平日最後の放課後は、毎週お家デートの日と決まっている。

 週替わりでそれぞれの自宅に相手を招き、DVDを観たりゲームをしたり、二人だけのイチャイチャタイムを満喫する。それが俺たちカップルの、毎週恒例の習慣となっていた。


 今週は俺が美弥を自宅に招く日であり、彼女が「ゲームがしたい」と言うもんだからこうして二人で格ゲーをプレイしている。

 既に何作も発売されている超有名ゲームだから、ゲームに疎い彼女も一度くらいはプレイしたことがあるだろう。そう思っていたんだけど……俺の読みが甘かった。


 なにせ美弥は、俺と付き合う数ヶ月前までコントローラーすら握ったことがなかったのだ。

 対して俺はこの格ゲープレイ歴数年で、今や全国ランキング2桁に入る程の猛者である。数ヶ月前初めてコントローラーを触った美弥に、逆立ちしてプレイしたって負ける筈がない。


 熟練極めた俺のコンボ技VS美弥のガチャプレイ。その結果は想像以上に悲惨なもので。

 付け加えよう。コントローラーと足の他に、美弥は試合も投げ出していた。


 一方的な展開が面白くない美弥は、俺の背中にもたれかかって駄々をこねる。


「ねぇねぇ、このゲームつまんないよー。道流が手加減したって、私に勝ち目ないじゃん。私は負けるとわかっている戦いはしない主義なの」


 ……確かに。

 美弥のやつ、「断られるのが嫌だから、プロポーズは道流の方からしてよね」とか言ってくるくらいだ。……プロポーズは、もう何年か待って下さい。


「つまんないつまんなーい」と連呼しながら更に体重をのしかけてくる美弥。体重よりも、ぎゅーっと押し付けられる二つの乳房に理性が保てなくなり、俺は早くも白旗を上げた。


「わかったわかった! 別のゲームを考えるから、離れてくれ!」

「ホント? 私も楽しめるやつ?」

「楽しめるっていうか、美弥でも勝てるやつ。えーとだな……」


 俺は棚に並べられているゲームソフトを眺める。……どうしよう。どのゲームを選んでも、俺が圧勝する未来しか見えない。

 俺が頭を悩ませていると、ありがたいことに美弥が助け舟を出してくれた。


「そんなに悩んでいるなら、私が次のゲームを考えてあげようか?」

「正直、そうしてくれると助かる。ことゲームにおいて俺が美弥に負ける未来が想像出来ない」

「はい、その喧嘩買いましたー。……後悔したって知らないよ? 道流の敗北はもう確定したから」


 フッフッフッと、不敵な笑みを浮かべる美弥。先程までボロ負けしていたのに、一体どこからその自信はするのだろうか?


「それで、何のゲームにするんだ?」

「私が勝てるゲーム、それは……陣取りゲームよ!」





 陣取りゲーム。それは自分の陣地を出来るだけ増やして、相手よりも多くの陣地を獲得するゲームである。

 俺の得意とするテレビゲームではなく、紙とペンさえあればどこでも出来る頭脳ゲーム。……成る程。頭脳ゲームなら俺に勝てると踏んだわけか。ナメた真似をしてくれる。


 俺は全国屈指のゲーマーだ。ゲームで名の付くもので、負けるわけにはいかない。

 連勝記録を、更に伸ばすとしよう。


「ルールを説明するわね。ここに全部で9個のマスがあります。このマスの過半数を自陣にした方が勝利です。……簡単なルールでしょ?」


 3×3のマスを描きながら、美弥は陣取りゲームのルールを説明する。


「陣地はどうやって獲得するんだ? じゃんけんで勝ったら? それともコイントス?」


 格ゲーで勝ったらなんていうのも俺としてはアリだが、そしたら勝負にならないからな。目の前の陣地が、全て俺色に染まってしまう。


「よくぞ聞いてくれました! これがこのゲームの面白いところでね、相手の好きなところを言って、照れさせることが出来たら陣地を獲得出来るのよ」

「……はい?」

 

 何を言っているんだ、俺の彼女は? 思わず聞き返さずにはいられなかった。


「詳しく説明頼む」

「合点承知!」


 なんだよ、その返事は?


「これから順番に、私は道流の、道流は私の好きなところを挙げていくの。例えば、「道流の顔がカッコいいところが好き!」とか」

「そっ、そうだったのか」


 面と向かって「顔がカッコいい!」と言われると、確かに照れてしまう。成る程、こうなったら美弥は陣地を一つ獲得出来るというわけか。


「あっ、今のはあくまで例えだから。道流の顔面偏差値は、せいぜい中の上ってところだから」

「……」


 一瞬にして、顔の火照りが引いた。今お前が獲得した領地、取り上げてやる!


「こんな感じで相手の好きなところを口にして、相手を照れさせたら陣地獲得ってわけ」

「ルールはわかった。でもそのルールだと、先行が有利にならないか?」


 過半数の陣地を獲得した方が勝ちならば、回ってくるチャンスの多い先行が圧倒的優位に立ってしまう。そうなると、ゲームバランスがおかしくなるのではないだろうか?


 その点に関しては美弥も気付いていたようで、しかしながら、その不平等性を解決するつもりはないようだった。


「その通りだよ。だから、先行は道流に譲ってあげる」

「良いのか? 後悔したって知らないぞ?」

「かかって来いやコンチクショーめ」


 だから何だよ、その返し? これから互いの好きなところを言い合おうっていうのに、何でそんなに殺伐とさせるの?


 先行の俺は、早速美弥の好きなところを考えた。


 ……………………。

 

 ……ダメだ。全く出てこない。

 勘違いして欲しくないのだが、美弥の好きなところがないわけじゃない。一生一緒にいたいと思えるくらい大好きだ。

 だけどいざどこが好きなのかを具体的に挙げるとなると、なかなか出てこないもので。だって彼女を好きだというのは、理屈じゃなくて本能なんだもの。

 好きだから好きなのだ。理由なんて、それだけである。


 結局俺が捻り出した回答は……


「……顔が可愛いところ」


 嘘じゃないよ! 贔屓目抜きにしても、美弥は可愛い女の子だよ!

 しかし事前に美弥が「俺の顔がカッコいいところが好き」という例示を挙げていたこともあり、案の定彼女はこれっぽっちも照れていなかった。


「……破局?」

「いやいやいや! それだけは勘弁して下さい!」


 そのまま土下座しそうな勢いで否定を続ける俺に、美弥は「冗談よ」と微笑みかけた。


「道流のことだから、そんな答えが出てくるとわかりきっていたもの。言ったでしょ? このゲームなら、私が必ず勝つって」


「次は私の番ね」。そう言ってから、美弥は俺の好きなところを口にする。


「先週、後輩の女の子に告白されていたでしょ?」

「ん? あぁ、そんなこともあったな。……って、何で知っているんだよ?」

「偶然目撃したからね。証拠写真見る?」

「今すぐ消しなさい。……ていうか、やましいことなんて何もないぞ?」

「うん、知ってる。「俺には人生を賭けて幸せにすると決めた女性がいるから、君とは付き合えない」。そう言って、キッパリ断ってくれたよね?」

「……一言一句覚えているんじゃねーよ」

「絶対忘れてやらないもんね。だってーー私のことを大切にしてくれる道流が、大好きなんだもの」


 ……。小っ恥ずかしくなり、俺は思わず美弥から視線を外した。


「はい、照れましたー!」


「ダウト!」と言わんばかりに、美弥は俺を指差してくる。クソッ、やられた。


 1巡目は、美弥が1マス獲得で終了した。





 美弥が宣言していた通り、互いの好きなところを言う陣取りゲームは彼女優勢のまま進んでいった。


 俺のターン。


「美弥ってさ、友達が俺のことを悪く言っていると、咄嗟に否定してくれるだろ? そこが好きだ」

「うん、知ってる」


 こんな感じで、彼女は「知ってる」の一言で全てを終わらせてくる。

 既に熟知していることだから、照れないと? この女、強キャラすぎるだろ。


 続いて美弥のターン。


「道流って、デートの時とかお昼奢ってくれる時あるよね」

「そういうところが好きだって? 俺はお前のお財布か」

「……みたいにすぐにツッコミを入れてくれるところが良い。話していて凄く楽しい。そういうところが好きだよ」


 …………。

 不覚にも、また照れてしまった。


 それからも美弥はあの手この手で俺を照れさせてくる。

「道流ってさ、眠い時一瞬白目になるよね。え? よく見てるって? だってそこも好きなんだもん」とか。

「プールに行った時、道流ってば他の女の子の水着をチラチラ見ていたよね。やらし〜。でもそれ以上に私の水着を見てくれていた。嬉しかったし、そういうところも好き」とか。

 あー、もう! 恥ずかしすぎてどうにかなりそうだわ!


 美弥があしらい、俺が照れる。そんなやり取りを繰り返して、8巡目が終わる頃には……あと1マスで美弥の完勝というところまできていた。

 

 惨敗ではなく完敗だ。

 ここまでくると、悔しいという感情すら湧いてこない。いっそ清々しいね。


 しかしそれでも一矢報いたいという気持ちはあるわけで。せめて1マスだけでも手に入れようと、往生際悪く抗うことにした。


「そうやって、俺の知らない俺の良いところも知ってくれていて、好きだと言ってくれる美弥が世界で一番大好きだよ」


 別にキザなセリフを言ったわけじゃない。

 照れてくれたら儲けくらいの気持ちで口にした、心からの言葉だ。なのだが……


 ブワァっと、途端に美弥の顔が今まで見たことのないくらい真っ赤になった。

 頬はおろか、耳の裏まで赤く染まっている。……え? もしかして美弥さん、照れちゃってます?


 やがて観念したのか、真っ赤になった顔を隠して両手をそーっと上げる。


「一発逆転。私の負けです」


 俺の言葉が余程恥ずかしく、そして嬉しかったのだろう。

 天下統一目前で、彼女は全ての陣地を失った。さながら、本能寺の変のように。


 さしずめ俺は明智光秀か? 三日天下にならないように、精進しないとな。なんて意気込むわけだけど、多分無理だろうな。


「次は絶対負けないから。もっと道流のことを知って、好きになって、勝ってみせるんだから」


 なんて言う彼女を見ながら、情けなくもそう思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ