第9話 あたしのせいじゃないけど
桜が勢いよく自室に戻り息を荒げていると、朝いたメイドとは違うメイドが昼食を運んできた。
「あ、ありがと。昨日の後ろにいたメイドさん、だよね?名前は?」
メイドは桜の声など聞こえないかのように、黙々と机に支度をしていく。
「あのさ!聞こえてんなら返事くらいしてよ!言いたいことあんなら言えばいーじゃん!」
「こちらが本日の昼食となります。終わりましたらお声がけください。」
頑なに話をしようとしない態度に、桜はメイドの肩を掴んで無理矢理に目を合わせようとした。
「人と話す時は目くらい合わせなさいよ!あんた一応それが仕事ならさ、ちゃんとやりなよ!ウザいんですけど!」
「ひっ!!わ、私にも手をあげるおつもりですか!だ、誰か!助けて!!!」
「はぁ?」
突然大声で騒ぎ始めたメイドを庇うように、隣の部屋からラングレーが入って来ては、昼食の片付けは自分がすると言い、涙目のメイドを部屋からそっと追い出した。
ラングレーの顔は驚いたように見せていても、ほぼ変わらず、常ににこやかに微笑んでいた。それはメイドを部屋から出し、扉を閉め桜を見つめた時も変わらなかった。
「あ、あたし何もしてないから!」
「私に弁解される必要はございませんよ。お怪我がなければ何よりです。では、私は部屋に戻りますので、何かあればお呼びください。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何か?」
隣の部屋に行こうとするラングレーを呼び止め、桜はメイドが置いていった昼食を指差した。
「…ありがと。良ければ、その、一緒に食べようよ。」
「それは御命令ですか?ああ、毒味は済んでいるはずですよ。」
「ち、違うよ!別にお礼にもならないけど、朝も紅茶淹れてもらったし、一人で食べるより一緒に食べた方がいいじゃん。ランランのお昼は別にあるの?ないならこんな食べれないし、残すのも勿体無いから一緒に食べようよ。」
ラングレーは一瞬嫌そうに眉間を寄せたが、すぐにいつもの微笑み面に戻り、椅子に腰掛けた。桜は嬉しそうのラングレーの正面に座り
「いっただきまーす!」
と両手を合わせて頬張った。
「うん、スクランブルエッグ、半熟でうまっ!ケチャップ欲しくなるねー。」
ラングレーは微笑み返すだけで、食事を終えるまで口を開くことはなかった。
「ご馳走様!ランラン、片付けあたしがやるからそのままでいいよ!ありがと!」
「…左様ですか。では」
「あ!でも、ごめんだけど返す場所教えてもらえる?」
「…やはり私が返してきます。」
「いいよ!てかお城の中も知っておきたいし、食後の運動がてら?一緒に行こうよ!」
ラングレーはまた一瞬だけ表情を崩したが、すぐさまにっこり微笑んだ。
ラングレーは桜に合わせて進んではいるが、桜を案内しようという態度は見せず、真っ直ぐに厨房へと向かった。道中、すれ違うメイド達は桜に挨拶をするどころか、そそくさと鉢合わせないように動き回っていた。
「なんかさ、メイドさん達?なんでこんなあたしのこと嫌ってんの?あたしなんかした?」
「…サクラ様が気にされることではないですよ。」
「いや、気になるでしょ!」
「気にされたところでどうとでもなる問題ではないですから。」
「どういう意味?」
ラングレーはふと足を止めた。目線の先に目をやると、美香が歩いて行くのが見えた。たくさんの騎士やメイド達に囲まれ、楽しそうに笑っていた。
「美香さん…。」
「サクラ様にはご理解し難いかもしれませんが、我が国は窮地に立たされています。穢れが各地に発生し、国内の土地、国民は皆貧窮しています。聖女召喚は莫大な魔力・費用がかかることですが、それでも成功するかも分からない聖女召喚に望みを託さなければならないほどに。結果は成功。皆がミカ様の聖女としてのご活躍を願っております。しかし…」
ラングレーは桜に視線を下ろした。
「あたしが邪魔ってこと?そんなの仕方ないじゃん!あたしだって来たくて来たわけじゃないし!」
「ええ、もちろんです。サクラ様が悪いことなどないのですよ。ただサクラ様がいらっしゃったことで、通常の聖女召喚以上の魔力・費用が消費されたというだけです。
今もサクラ様の生活には莫大な費用がかかっていますが、王はサクラ様にも聖女様同様に扱うよう命じておりますし、何も気にせず過ごしていただいて問題ございません。
もしメイド達の態度が気になるようでしたら、何もしないことですね。皆が聖女様のお近くに行きたいと願っております。ですがサクラ様付きになってしまえばそうはいかない。その気持ちを踏まえ、静かに翻訳業を行なっていただくのが宜しいかと。まぁもう遅いかもしれませんが。
あ、ここが厨房ですね。戻して来ますのでこちらでお待ちください。」
部屋までの帰り道、桜がラングレーに質問をすることはなかった。