第8話 保護者面しないで
美香が驚いた様子を見せ、ベルナデットもどこか誇らしげにする一方で、桜は何が何だか分からずに戸惑っていた。
「え、何なの?何?」
「桜ちゃん、見て!これ左は読めないけど、右側は英語だよ!この本、英語とアストリア語の辞書になってるのよ。」
「英語?…あ、このAppleって、リンゴか。じゃあこの左側のヘンテコな文字が、アストリア語のリンゴってこと?」
「そうそう!」
二人の様子を見て、ベルナデットは淡々と語り始めた。
「アストリア語は26個の文字で成り立ちます。これは先先代の聖女様が、アストリア王国民が共通に使用できる言葉として、お作りになられたと言われています。」
「文字を作ったと言うことは、当時は識字率が低かったんですか?」
「いえ、先先代の聖女様がこの地に舞い降りた際はまだアストリアという国はなかったのです。
当時はアシスタという国とアリアという2つの国がこの地を治め、それぞれの国の言葉が存在していたのです。聖女様はアシスタ国にて召喚され、そのお力で大きな被害が出る前にアシスタ国内の穢れは祓うことが出来たそうですが、アリア国内の被害は、それは酷いものだったとされています。
現アストリア王の祖父にあらせられる、メディオス王がアリア国へ救いの手を伸べ、アリア国はアシスタ国に吸収。これがアストリア王国の成り立ちとされております。」
「そうなんですね。」
美香とベルナデットが話を進めていく中、桜はカタカナや知らない単語が飛び交う会話に付いていくのに必死だった。
「現在のアストリア語はアシスタとアリアの2カ国で使われていた文字を踏まえ、先先代の聖女様がお作りになられました。そして26個の文字は聖女様のお国の言葉と一致されていたということで、次世代の聖女様のためにその本を残されたそうです。」
「なるほど、アルファベットと同じ配列でお作りされたのですね。」
「私どもはその“アルファベット“という言葉を存じ上げませんが、そちらの本で先代の聖女様も言葉をマスターされたとか。」
「ええ!これがあればアストリア語も理解できそうです。文法は日本語と同じ様ですね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
話を進めていく二人の間を桜は割って入った。
「あたし紙の辞書なんて使ったことないし!てか英語も苦手だから、これじゃ無理なんだけど!」
「あ…えっと、それじゃ私が桜ちゃん用に日本語に翻訳しなおそうか?」
「なりません!」
「は?何でよ!あたし英語苦手なんだって!」
ベルナデットは呆れたように桜を睨みつけた。
「そもそもその聖女様がお作りになられた本の写しですら、聖女ではない貴女に見る資格はないのです。それを王のご慈悲によって、何の力もない貴女も見ることが叶っているのです。まして、聖女様のお手を煩わせるなんて!身の程を知りなさい!」
「な…そんな怒んなくてもいーじゃん!あたしだって王様から聖女様の日記の翻訳頼まれてるし、そのために必要なんだからいーじゃん!」
ベルナデットは更に大きくため息をついた。
「いいですか!聖女召喚をしなければならないほどに我が国には穢れが溜まっている、危険な状態なのです。聖女様には言葉をマスターしていただくよりも先に魔法を覚えていただく必要があり、本来言葉など二の次なのです。
ですが聖女様たってのご希望により、先にこの先先代の聖女様の本をお渡ししたのです。聖女様がその本で問題ないのでしたら、私が語学において教えることはございません。今から聖女様とは魔法学について講義を行いますので、貴女はもうお戻りになって結構ですよ。」
「そんな…。」
「ベルナデットさん、魔法学が終わったらで大丈夫ですから、桜ちゃんに語学の授業をさせてもらえませんか?翻訳の仕事は私が勝手に言い出したことなので、桜ちゃんの手助けがしたいんです。」
「なりません。聖女様には覚えて頂かなければならないことが山ほどございます。そんな無駄な時間はございません。そもそもそれでは聖女様のご負担になるだけで、この方を我が国で世話する必要はないのではありませんか?」
「桜ちゃんは私のせいで異世界に来てしまったんです。私の負担なんてどうでもいいんです。私にできることなら」
「…止めてよ!!!そういうのマジでウザい!」
桜はベルナデットに目を潤ませて懇願する美香を大声で止めた。
「もういいよ、あたし、自分で何とかするから!美香さんは美香さんで、自分のことだけやりなよ。」
「まぁ!聖女様に向かってその態度は何です!
聖女様、このような者と関わっていてはいけません。翻訳の仕事なんて、まともに出来っこありませんわ。聖女様にご負担がかかってしまいますが、本来のお仕事が終わってから翻訳していただければ良いのです。そうです、この者には城下で暮らしていただくのがよろしいのではないですか?私から王に話を通させていただきますわ。」
「そんな!私達はまだこの世界のことを何も知らないんです。そんな状態でお城から追い出されたら困ります!私は桜ちゃんの保護者代わりとして、桜ちゃんを守らないと!」
「ですが…」
目の前で自分の話をしているにも関わらず、桜はまるで舞台でも見ているかのような気分になった。
美香はいつもこうだ。
「あのさ!」
桜は美香のスポットライトを大声で取り上げた。
「確かにあたしも今追い出されたら困るから、仕事やるけど、それが終わるまでにはここについてとかも自分で調べる。生活する方法とかも考えて出て行くから。あたしだってこんなとこ居たくないし。
あたしのこと信用できないなら、翻訳したら美香さんに渡せばいいっしょ?確認してもらうだけならそんなに手間かかんないし、後回しでいいならそれでいいでしょ。」
「そ、そうですわね。聖女様が確認されるなら…。」
「じゃ、これ貰って行くから。じゃーね!!!」
「桜ちゃん、待って!」
美香が呼び止める声が聞こえても、桜が振り返ることはなかった。