第5話 超感じ悪!
桜は誰からも握り返されなかった手をスッと下ろしながら、キレそうになるのをグッと堪え、笑顔で
「えっと、ごめん、名前もう一回聞いてもいい?メイドさん達は初めましてだし。これから仲良くなるのに名前覚えたいからさ!」
と気さくに接した。が、誰からも返答はなく、桜の眉間がピクピクと動き出した頃ラングレーが口を開いた。
「私はラングレー・ヒューストン。我らはサクラ様とお呼びすればよろしいですか?」
「ちょ、様とかマジキャラじゃないからサクラでいーよ!
年近いって王様が言ってたけど、みんないくつ?あたしもうすぐ18!てかみんなタメ口でOK?」
桜の明るい声とは裏腹に、みんなの表情はどんどん曇っていく一方だった。
「…我らは王の命によりサクラ様をお守りするだけです。この者達も身の回りの世話をするのみ。友人ではありませんので、サクラ様が気を遣う必要はございませんよ。したいようになさってください。」
ラングレーの声は優しく穏やかではあったが、その言葉は明らかに桜を拒絶しているものだった。
「…あっそ。じゃあタメ口使わせてもらうわ。」
「今後我ら3名の騎士は交代でサクラ様の警護をさせていただきます。部屋を出る際などは必ずお声がけくださいますようお願い申し上げます。本日は御用がなければこちらで失礼させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「うん。えっと、そのメイドさん?達は?」
3人ともが同じような顔でそっぽを向いていたが、桜に話しかけられ、中央にいたリーダーらしき女性がやっと口を開けた。
「私達の本日の業務は湯浴みのお支度、お手伝い、その後身支度を整えさせていただいて完了となります。必要であれば軽食や寝酒をご用意致しますがいかがなさいますか。」
「え、湯浴みってお風呂のこと?」
「それ以外に何があるのですか?」
後ろの二人のメイドがクスクスと笑い出した。
「…あたしお風呂くらい自分で入れるし、手伝いとか要らないから!」
「…左様ですか。では私どももこれで失礼させていただきます。」
メイド達が出て行くと、その後に続く形で騎士3人も何も言わずに部屋から出ていった。
「マ、マジ感じ悪!!ウザすぎでしょ!何なの!!!!!」
締め切った部屋の中、桜は一人悶絶した。来たくて来た訳ではない異世界。無断で呼び出され、帰る術もない。にも関わらず、この世界でも桜は要らないと言うのだ。
「ふっ…悔し、マジ、ムカつく…」
気が付けば、大粒の涙がポロポロと両目からこぼれていた。
ティッシュらしきものは部屋から見つけられず、桜はスクールバッグからハンカチを取り出し、擦らないように目元をトントンと叩いた。そして朝作った弁当を取り出し、空腹を満たした。
「やば。ぐしゃぐしゃじゃん、ウケるんだけど。めっちゃ可愛く出来たのに…。」
冷たいお弁当が喉を通る度、桜の目からはまた涙がこぼれ出ていた。
「ご馳走様でした!よし、お風呂入ってスッキリしよ!」
桜は弁当箱を仕舞うと、部屋の中を捜索し始めた。部屋の中には机と椅子、奥に大きな天蓋付きのベッド。そして左右に扉があった。
「あれ?こっちは鍵かかってる。」
左の扉は鍵がかかっていて開かず、右の扉の奥にトイレとバスルームがあった。
「えー猫脚のバスタブじゃん!超可愛い!写メっとこ!!」
まるで海外のホテルのような部屋に、沈んでいた桜の心は癒された。
「絶対これいいね貰えるっしょ!投稿しなきゃ、あ、出来ないんか…。
ま、いいや。とりまお風呂お風呂!気分変えなきゃ!えっと、これがシャンプーかな?香りはいいけど、海外製のって痛むんだよなー。なんか持って来ればよかった。」
見たこともない文字らしき記号が印字されているガラスのボトルを開ければ、ふわりと花のような良い香りがした。成分など読めるはずもなく、とりあえず全てのボトルをバスタブの近くに並べ、濡れないように服を扉の近くに畳んだ。
そして蛇口と思われるバスタブに付いているレバーに手を伸ばした。レバーは2つあり、赤い石と青い石が付いており、桜は赤の方を少しだけ捻った。
「え、キャーーーーーーーー!!!!!」
桜がレバーに触れた瞬間、石が光り輝き、レバーは吹っ飛び、勢いよく水が溢れ出てきた。
「何事だ!!!!!」
騒ぎを聞いて駆けつけて来たのはレイクだった。
「お前、何をした!」
「何もしてないし!ってか、ちょ、待って、こっち来ないでよ!!!バカ!変態!エッチ!!!」
「な!…チッ。これでも着ていろ!」
レイクは付けていたマントを桜に投げつけると、退室しているように指示した。桜はレイクのマントに身を包み、床に置いていた制服を掴みながらバスルームを後にした。
(もうー!マジ最悪!有り得ないんですけどー!!!!!!)