第46話 好きにして!
考え過ぎて何も考えられなくなっている桜を連れ戻したのはラビだった。
「サクラお姉ちゃん、何してるの?」
「はっ!ヤバ、考え過ぎて飛んでたわ!なんでもないよ、ご飯にしよっか!」
「うん。」
桜とラビが家へと戻ると、ラングレーはベリアルと話をしていた。桜と目があっても、すぐさま目を逸らし、何もなかったかのような態度に桜はなんだか苛立った。
(あたしがランランのせいでモヤってんのに!マジでこの紙どうしたらいいのよ!)
「…お姉ちゃん?その紙なぁに?」
「えっ、こ、これはあの、その」
握り潰していた紙をラビに指摘され慌てていると、ラングレーが立ち上がった。
「私が説明しましょう。これは主従契約の書です。獣人の皆さんにとっては、嫌な記憶をお持ちの方もいるかもしれませんが、みなさんとサクラ様の安全を守るため、この契約の取り交わしを行いたい。」
「ちょ、ランラン!」
「いいよ。」
「え?」
決断する前に勝手に話を進めるラングレーを止めようとする桜に対し、ラビはにっこりと笑っていた。
「んだよ、そんなのさっさと終わらせて飯にしようぜ。そこに血を垂らせばいいんだっけか?」
ベリアルも当たり前のように契約の準備を進めようとし、メルミアもうんうんと頷いている。
「いや、いいって、まだ内容も話してないじゃん!」
慌てる桜に対し、獣人たちは声を出して笑った。
「お前が俺たちを騙そうとか、悪いこと出来る奴じゃねーってことは皆知ってるよ。」
「で、でもさ」
桜が戸惑っていると、ラングレーが机に紙を置いた。
「内容はサクラ様に関する情報に関しての一切の口外禁止。サクラ様の許可なく口にすることが出来なくなります。同意いただける方は、この村で共に暮らすことを許可します。」
「ちょっと、ランラン勝手に話進めないでって!別にこんなのサインしなくてもみんなで暮らすよ!」
「危険が伴います。何かあってからでは遅いのですよ。」
「でも、なんかこういうのって…」
これによって獣人達が桜に縛られることになる。そんな関係性になることが酷く嫌だった。
母親が芸能事務所との契約書にサインをしたことで全てが変わった。親子という関係性に金銭が絡み、酷く歪な関係になってしまった。彼らとも今の関係のままでいられなくなってしまうのではないか、そんな不安が桜を襲った。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。」
冷たくなっていく桜の手をそっと掴んだのはラビだった。
「ボク達はみんなお姉ちゃんが大好き。それはこれからも、何があっても変わらないよ。」
「サクラが何をそんな嫌だってんのか知らねーけどよ、俺らは人間の常識を知らない。俺たちのせいでお前に何か迷惑がかかったら、それこそ俺らは嫌なんだよ。お前にはここまでしてもらって、感謝してるんだ。もっとキツイ契約にされても、俺らはサインするぜ。」
「何それ。あたし超愛されてんじゃん。ヤバ、泣きそうなんだけどー!」
「あはは、汚ねぇ顔!!」
「ベルアルうっさい!」
桜はラビを抱きしめた後、ラングレーからこの書に対応する魔力がこもっているという筆ペンを受け取り、主人の欄に自分の名を刻んだ。
そして獣人達は一人一人筆ペンの先に指を突き刺し、名の代わりに血を刻んでいった。
「…これで契約は完了です。本来は私も血を刻むべきですが、王への定期報告の任がある為…サクラ様、これをどうぞ。」
「ん?何これピアス?綺麗な青色、サファイア?嬉しい、ありがと!!」
ラングレーの瞳と同じ青い石の付いたピアスを受け取り、桜が装着すると、
「魔力を通せば私の声、思考すらも聞くことが可能です。契約の代わりにこちらを献上いたします。」
と説明した。
「は?激ヤバじゃん。何それ、別にそんなん要らないよ!!」
「受け取っていただけないのでしたら私がこの村に残ることは出来ません。追放の身として、去ります。」
「違くて、別にこんなんなくてもここにいていーよ!」
「いいえ、皆様が契約を取り交わしたのに私だけ何もしないわけにはいきません。追放か受け取るか、選んでください。」
ラングレーの意思は固かった。
「…ーーーっ!もう、魔力通さなければ普通にただのピアスだもんね!いいよ、もう!好きにして!その代わり、ランランもさ、タメ口でいてよ!」
「それは命令ですか?」
「命令とか、そういうんじゃなくて。みんな年齢とか色々バラバラだけどさ、その、か、家族みたいな!そんな感じになりたいの!!!」
桜は耳まで真っ赤にしながら、自分の願いを口にした。
「それはプロポーズですか?」
「違うし!そういうことじゃなくて」
「アハハ、分かってるよ。あー、サクラを選んで正解だったな。見てて飽きない。じゃあ年齢的に、皆の父親は俺で、母親はサクラかな。」
ラングレーが急にタメ口になり腰を掴むものだから、桜は再び赤面した。
「ちょ、近い!!」
「年だったら俺も近くね?」
「ベリアルは黙ってろ。」
ベリアルがラングレーの一言で耳を下げると、桜は腰に当たっているラングレーの手を思い切りつねり引き剥がした。
「誰が誰役とかないから!あたしはあたしだし、ランランはランラン!それで終わり!」
「はいはい。」
「てかさっきランランが言ってた報告って何?」
「あー、しばらくはサクラが何もしないかとか、王都に戻らないようにするとか、色々俺も頼まれてるんだよね。問題なければ無事監視役の任も解かれ、無事退役。村人になれるってわけ。
命令通りこの村ではタメ口でいるけど、馴れ合ってるって思われると別の監視が来ちゃうかもだから、敬語も使わせてもらいますよ。いいですね、サクラ様?」
「だから命令じゃないし!もう好きにしなよ!」
「はははっ、怒んなよな。ほら、食事にして、その後は家の改修しましょう、ね。」
「ちょ、近いって!」
「好きにしていいんだろ?」
ああ言えばこう言う。頭の切れるラングレーに桜が口で勝てるはずもなく、
「ーーーッ。好きにすれば!」
と返すことしか出来なかった。
ラングレーはコロコロと表情の変わる桜を見ては楽しそうに笑っていた。