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第45話 怖過ぎ

 馬車を見送った後は、どこかぽっかりと心に穴が空いたような寂しさを感じたが、そんな感傷に浸っていられる余裕などはなかった。


「サクラ様、まずは何から手をつけましょうか?陽が落ちる前に寝床を確保しなければなりませんね。あの家らしき建物を一時的に使用しましょうか。」

「…ん!そうだね、とりまこの村を見て回ろっか。綺麗な家も残ってるかもじゃん!」


 桜の指示に従い、獣人やラングレー達は手分けして村の跡地を見て回った。どの家も家の中は外観どおり、埃をかぶり、今にも倒れそうだという共通点しかなかった。



「この家がまだマシ?今日はここでみんなで寝よっか。」

 村の中の奥の方にある1番大きな家は、元からの造りの差か、壁に穴は空いておらず、窓ガラスは割れているため隙間風を防ぐことは出来ないものの、浄化魔法をかければ一晩の宿には問題なかった。



 翌日桜が魔法で出した水で顔を洗っていると、ラングレーがそっと桜に魔法の使用を勧めた。

「サクラ様の魔法を使えばここでの生活も変わるはずです。」

「…でも魔法を使ったらダメって言われてんじゃん。」

「エドナー様からも許可をいただいてきました。これを。」


 ラングレーは紙とペンを取り出した。桜がマジマジと書面を見つめ、ラングレーの顔を見つめれば、ため息混じりに頷き

「お気持ちは分かりますが、これを取り交わしておくことは大切ですよ。」

と言った。


 桜は書面をラングレーに返しながら、

「えっと、ごめん…。これ、なんて書いてあんのか読んでくれる?」

と苦笑いした。


「は?」

 まさかの返答にラングレーは呆れつつも書面を読み上げた。


「これは『主従契約の書』です。主人となる者、つまりサクラ様についての情報をいかなる理由があろうと他言することが出来ないように取り決める内容が書かれています。獣人達の血をこの印の箇所に垂らすだけで主従契約が完了します。」

「え、何そのキモい内容!怖っ、そんなんあんの!」

「通常この書面を作成するだけでも大変なのですが、エドナー様が手配してくださいました。これさえ取り交わしてしまえば、サクラ様がどれほど異常な魔法を使おうと、それらを他言することは出来ません。」

「…言おうとするとどうなんの?」


 ラングレーが桜の質問に対してにっこりと微笑み返すものだから、桜はヒッと小さく声を上げてしまったが、その反応を見てクスリと笑った後

「どうにもなりませんよ。」

と続けた。


「言えなくなる魔法がかかってますので、サクラ様については、サクラ様が『この内容は話してもよい』と許可を出さない限り、名前すらも口にすることは叶いません。その内容に関しては声が出ないだけで体に何か害があるようなことはございませんのでご安心ください。

 もちろんお望みでしたら筆談で対処しようとした場合は指が折れるとか、罰則を付けることも可能ですが」

「要らない要らない!てか、そんなんあたしやらなくていーよ!」

「何故ですか?また聖女だなんだと騒ぎになったら王都追放程度では済みませんよ?」

「追放って、これはあたしが自分から出てきたんだから関係ないよ!聖女だって話になったのもアナに魔法使ってんの見られちゃったから偶然だし、みんなは関係ないじゃん。」


 桜の発言に対し、ラングレーは再び大きくため息をついた。


「サクラ様は本当に何も分かってませんね。結果的にサクラ様ご自身の意思で王都から出ましたが、以前も王から王都を離れるよう打診がありましたよね?お忘れですか??」

「いや、覚えてるし。」

「…サクラ様を聖女だと呼ぶようになったのはあの火災事故だけが原因ではありません。ご存知なかったようですが、もう随分と前から城から聖女が街に降りてきていると噂になっていたのですよ。」

「マ?全然知らなかったんだけど。」

「サクラ様は随分と目立ちますし、一度カイルと共に街に行かれた際、貴女を王の客だと紹介しましたからね。

 この国の騎士まで付けた、随分と若い女性。聖女召喚の儀が執り行われたことは周知の事実。サクラ様が聖女なのではないか、と憶測するには充分でしょう。」


 確かにあの貴族街の服屋の女性店員にそんなことをラングレーが言っていた。しかしコソコソと何かを言われているのはこの地に降り立った瞬間から慣れっこだったため、何を言われているか気にしたことはなかった。


「聖女ミカの活躍で各地の穢れは順調に祓われているようですが、国民の生活は未だ改善されておりません。そんな中誰しも見て見ぬフリを続けてきた獣人達に手を差し伸べているサクラ様の姿は、王都に住む住民たちの心を射止めたのでしょう。

 ミカ様は一度御出立のパレードでお姿を見せたきり。王都に住む者にとっては、噂話程度のミカ様より痩せ細っていた彼らを救ったサクラ様を聖女だと信仰するのも無理はありませんね。」

「マジか。でもあたし聖女って柄じゃなくね?」

「それはまぁそうですね。聖女の物語は人気ですので、私も子供の頃から何冊も読み聞かされましたが、どれもサクラ様とは結び付きません。ミカ様の方がよっぽど聖女らしい聖女ですね。」


 自分が言ったことではあるが、こうも当然のことを言っているかのようににっこりと笑い返されると少し腹が立つ。


「ですが、一人でも聖女ミカ様を疑うような方がいるのは困るのですよ。」

「あー、聖女は一人じゃないといけないんだっけ?」

「はい。聖女は一人しかいないと言われていますし、実際今回も聖女はミカ様お一人です。

 聖女が各地の穢れを祓って周っているという事実は、国民の不安を取り除く要因になります。しかしもしも王都に聖女が残っていると言う話が出でもすれば、国民の反感を買うでしょう。

 鑑定の結果大した才能がないことも分かりましたし、不安要素でしかない貴女を早く王都から離したかった。それが王の本音でしょうね。」

「ふーん。難しい話は良くは分からないけどさ、とりま王都から出て行ってくれてみんなハッピーってことでしょ?それがなんでこの紙に繋がんの?」


 桜の問いに再びため息をつく。


「いいですか。今王都から出て行けたのは、貴女の才能が平民並みだと思われているからです。こんな何もない土地を与えられたのも、魔物に襲われるか飢え死にしても良い、むしろそうなれば良いと思われているのでしょう。」

「え、それは考え過ぎじゃない?王様怖めだけど、結構優しいじゃん。」

「…エドナー様が王都を出られない理由をご存知ですか?幼少期にこの主従契約の書を結ばされているからです。彼は王の許可が無くては王都から一歩も外に出ることは叶いません。」

「え」

「サクラ様も、もしも魔法が使えることが発覚でもすればエドナー様と同じか、もしくは…。」


 ラングレーの言葉の続きを聞くことが桜も出来なかった。

 考えないようにしてはいたが、この世界では簡単に人が死ぬのだ。騎士寮にいた人の中にも、怪我をしている人や、ローザスによってそっと荷物を片付けられている部屋がいくつもあった。桜自身も、王子に手をあげた際など、本物の剣を突きつけられたことが何度もある。あれは冗談ではなく、本気で殺すつもりだったのだ。


 深く考えないようにしていた事実を、考えれば考えるほどに背筋が凍った。



「…とにかく、国にとって聖女という存在は唯一無二の存在であり、聖女の存在を騙るのは重罪。即死刑になり得るのです。彼らがまたサクラ様を聖女だと言ったり、サクラ様のことを不用意に話でもしたら何があるか分かりません。この契約を取り交わすことは、彼らの身を守ることにも繋がるのです。よく考えてみてください。」



 ラングレーが再び主従契約の書を渡すと、桜は突き返すことが出来ず、書を見つめたままその場から動くことができなかった。


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