第43話 結局のところ
二回扉を叩けば、中から「どうぞ」と聞き覚えのある女性の声が聞こえて扉を開けた。
「…失礼しま〜す。」
「桜ちゃん!久しぶり!!」
嫌そうな顔をしている桜とは対照的に、美香は満面の笑みで桜を出迎えた。
「…美香さん、久しぶり。」
声は懐かしい美香のものだが、見た目は随分と変わった。旅から帰って来てくたびれた様子かと思いきや、肌艶も良く、髪も随分とサラサラになっている。化粧は変わらずほとんどしていないようだが、それでも問題ないほどに、美香は輝いて見えた。
「騎士寮のお仕事はどう?最近は街でも働いているって聞いてびっくりしちゃった!流石は桜ちゃんだね、凄い!」
「あー…まぁなんとかやってるよ。美香さんは?旅してたんでしょ?」
「うん、魔物は怖かったけど、皆さんが良くしてくださるし、何も不自由しなかったわ。穢れを祓えるのも私だけだと思うと、頑張らないとって思えてね、不思議と力が湧いてくるの。」
「へー。」
嬉しそうに語る美香の話を話半分に聞いた。美香はもう前の世界に未練など無さそうだった。
「貴様の態度は変わらないな。少しはミカを見習えないのか。」
この嫌みな声も懐かしい。ウィリアム王子だ。
「王子も相変わらずですね。」
「貴様、自分の立場が分かっていないようだな。」
「立場?聖女じゃないのにやって来た邪魔な異世界人ってことでしょ?」
「ハハハッ、少しは知恵がついたようではないか。」
王子の言葉にまた手が出そうになったのをグッと堪えた。
「だが、それが分かっていながら、城を抜け出し、獣人と徒党を組み、聖女を名乗っているようだな。」
「なっ、別に聖女を名乗るつもりなんて!」
「黙れ!王都の平民街では貴様の開発したという変な飲み物が流行っているようだが、あれに麻薬のような成分でも入っているのではないか?風紀を見出す肌を露出した服を着た平民も増えている。」
「ただのタピオカだし!いちゃもんつけてくんなよ!」
「ま、待って、桜ちゃん!!」
立ち上がった桜を宥めるように、美香が手を伸ばして来た。
「私から説明するね。あのね、聖女って本当に特別な存在なの。この世界では、神様のような、そんな存在でね。だから、聖女を気やすく名乗ってはいけないんですって。」
「は?だからあたし別に」
「桜ちゃんも悪気はなかったよね?でもね、聖女は同じ時に一人しかいない。桜ちゃんが聖女であってはいけないの。分かるよね?」
美香の宥めるような声が余計に苛立ちを助長させた。
「…だからあたしにどうしろって言うの?」
「うん。穢れが祓い終わるまでお城の中にいて欲しいの。」
「は?なんであたしが外に出ちゃダメな訳?」
「私が各地で穢れを祓っていれば、その噂が広まって、聖女が穢れを祓う旅に出ていると分かるでしょう?それだけでも皆の心は安心するわ。
でも今みたいに桜ちゃんが街にいて、聖女が王都に留まっているってなったらみんな困るの。身分証明書なんてない世界だから。だからもう街には出ないで」
「意味分かんないんだけど!」
桜は美香の言葉を大声で遮った。
「美香さんは美香さんで聖女の仕事すればいい。あたしはあたしでやりたいようにやる!」
「貴様、聖女に向かってなんて態度だ!」
「うっさい!あたしは聖女じゃないんだからいいじゃん!ほっておいてよ!」
「誰のおかげで生活できていると思ってるんだ!翻訳業務も終え、騎士寮の仕事もお前の代わりなどいくらでもいる。それを追い出さないで置いてやっていることが分かっていないのか。」
「じゃあ出ていくし!王都からもいなくなる!それならいーんでしょ!!!」
「はっ!言ったな!ならば出て行け!!我々が王都を離れるまでに出て行け!約束だぞ!」
「ウィル様、やめてください。桜ちゃん、ほら、一緒にごめんなさいしよ?」
桜は近寄ってきた美香を払い除け、
「あたしのこと子供扱いすんなって言ってんじゃん!ウザい!こんなとこ出て行くから!!」
と言い残し、勢い良く部屋を飛び出した。
桜の護衛として部屋の前で待機していたレイクは慌てて桜の跡を追った。
「おい、急に出てきてどうしたんだ!説明しろ!」
レイクが桜の腕を掴むと、桜の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「また王子に何か言われたのか。」
「…別に。あたし、この街出て行くから。」
袖で涙を拭う桜に、レイクはそっとハンカチを取り出し渡した。
「…ありがと。」
「出て行くと言ったって、アテもないのだろう。街での騒ぎが原因か?」
「知ってたんだ。」
「当然だ。」
「そっか。」
「…王もご存知だ。」
「マジ!?」
桜ははぁとため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。
「なぁんだ、城から出たりとか獣人のみんなに会うのとか、色々言われるのかと思ってたわ。」
「お前の行動について監視、護衛はしているが、禁止されていることはほぼない。
…王都を出たければそれも自由だが、監視されている事実は変わらないな。」
「監視とか、なんかキモいね。」
「結局あいつの言う通り、あたし王様のおかげで生活できてるんだよね。」
桜はポツリとこぼした。
しばらくの沈黙の後、桜は思い切り両頬を叩き、すくっと立ち上がり歩き始めた。
「おい、どこへ行くんだ?」
レイクの問いは無視したが、答えるまでもなく、桜の進む方向で桜の考えを悟った。
レイクは止めることもなく、黙って桜のすぐ後ろに着いて行ったのだった。