第3話 お仕事確定
桜と美香が談笑していると、ウィルが横から入ってきた。
「お前に仕事をくれてやる。」
机にドンと置かれたのは一冊の分厚い本だった。
「は?何これ。てかあんた、いたの!マジでさっきもだけどさ、態度悪すぎ!勝手に呼んでおいて、しかも帰せないならとりま謝れ!」
「貴様!また王子に向かってそのような口を!!」
「桜ちゃん!」
「よい。ミカから聞いたがお前はまだ学生だそうだな、教養がないのだろう。それに…」
「な、何よ。」
ウィルは桜の全身をジロジロと見ては、ため息をついた。
「その服装からして、お前は娼婦だったのだろう。」
「ショーフ?何それ?あたし、JKだし。読モもやってた人気JKなんだから!」
「JK?ドクモ?何だそれは?」
「あ、女子学生のことです。読モと言うのは読者から選べれたモデルのことですね。」
「ふん、お前ごときがモデルだと?…乳はでかいようだからな、ヌードモデルか。」
ウィルが鼻で笑うと、気が付けば部屋にパンッという音が鳴り響いた。桜の平手打ちが決まったのだ。
「このエロガキ!王子だか何だか知らないけど、人が嫌がること言っちゃダメだって習わなかったわけ!?私はまだ誰にも裸なんて見せたことなんてないんだから!あーースッキリした!」
桜は清々しい顔をしながら熱を帯びた手を冷ますようにヒラヒラと振っていたが、ウィルは固まり、ただただ呆然と叩かれた頬にそっと手を当てていた。
(やば。これはまた牢屋行きかな…)
「王子!!大丈夫ですか!おい、お前、その女を取り押さえろ!!」
「ちょ、ちょっと痛いから!分かったよ、さっきのとこに行くんでしょ!」
後ろに控えていた先ほどの黒髪の男が再び桜の両腕を掴んだが、美香はそれを必死に止めた。
「お待ちください!私達のいた国にはこのように王族の方と接する文化がなく、桜ちゃんも急に連れて来られて動揺しているだけなんです。ね、桜ちゃん。ウィル様に謝ろう?」
「は?私悪いことしてないし!酷いことしてんのそっちじゃん!」
「…もうよい。私は部屋に戻る。ミカ、そいつをどうするかはミカに任せる。」
「ありがとうございます。」
ウィルは桜を睨みつけた後、部屋を出て行き、つられて数人の騎士も部屋から居なくなっていった。
「もういーでしょ!話してよ!マジ意味わかんないんだけど。」
桜は腕を払い、ドカッと音を立ててまた椅子に腰掛けた。美香も興奮を冷ますように紅茶を飲むと、ウィルが置いていった分厚い本を桜に差し出した。
「何?」
「あのね、さっき私も確認したんだけど、私達アストリアの方々とお話は出来ているけど、文字は違うみたいなの。」
「マ?確かに普通に会話出来てんもんね。全然気付かなかったわ、ウケる。」
「この本はね、前回の聖女様が残された日記なのだそう。でも全て日本語で書かれているみたいで、皆さんは読むことが出来ないんですって。」
「へー。」
「それでね、桜ちゃんにはこの本の内容をアストリア語に翻訳して欲しいの。そうしたらお城で桜ちゃんの生活も全て面倒見て下さるって。この世界は魔物もいるって聞くし、帯刀も許可されてる。もう安全な日本とは違うから、しばらくはここで生活していた方が安心だと思うの。」
「え、ちょっと待ってよ。あたしアストリア語?なんて出来ないし、翻訳とか超難しそうじゃん!無理だよ!」
「ならば出て行け。」
困惑している桜の後ろから、先ほどの男が声を発した。
「アストリア国内は穢れから大量発生した魔物によって多くの犠牲が生まれている。家を失い、その日の食事に困る民が大勢いるのだ。
お前の面倒を見るために民から集めた金を消費するならば、国のために働け。それが出来ないならば出て行け。」
「は?マジいきなり何なの?てかこんな本が何の役に立つわけ!?」
「聖女のもたらす力は穢れを祓う力や結界を張る力だけではない。異世界の技術・知識もまた、聖女の力なのだ。先代の聖女様は医学の知識を持たれた方だったと聞く。その内容が分かれば救われる命があるやもしれない。」
「私も今から勉強しないといけないんだけどね、聖女としての仕事もあるから、桜ちゃんのお仕事にいいかなって思ったんだけど、どうかな?」
眉ひとつ動かさない男と、オドオドとしている美香。二人が桜の様子を伺っている。
本音を言えばこんな場所からはさっさと出て行きたい。でも美香の言う通り、ここから出て行ってどうしたらいいか分からない。外がどんな様子かも知らないし、何より自分の力で誰かを救うことができるかもしれない…
桜は美香の手から本を取り上げ、
「翻訳が終わるまではここにいてあげる!終わったら出て行くからね!こんなのヨユーだし!」
とそっぽを向きながら宣言した。