第25話 マブでしょ
桜とエドナー、そして護衛役のラングレーの3人は、荷馬車に乗り、街へと向かっていた。
「今日は正式に王の許可を得た上での外出ですので、馬車のご用意が出来ていたのですがね。」
食材などが積んである、本来人が座るようにはなっていない荷馬車の中はガタガタと大きく揺れ、ラングレーは不愉快そうな顔をしていた。加えて本来今日の護衛担当はカイルだったのだが、王の確認を取ったのがラングレーだったため、レイクの指示により担当を変えさせられてしまったのだ。
「いーじゃん!なんかお城から来ました〜みたいな馬車乗っていくとさ、ジロジロ見られそうだし。こっちの方がのんびり出来そうじゃん。」
「…帰りは用意した馬車に迎えに来させます。」
「おけおけ!じゃあさ、神殿?そこに来てもらうようにすれば?そしたら街回ってその後神殿行って、乗って帰れば楽じゃん。あ、でも今から連絡できる?スマホないんだっけ。」
「…サクラ様の魔道具がなくとも伝達手段はいくらでもありますのでご安心ください。」
ラングレーが懐から取り出したのは小瓶。中には紙が丸めて入っている。そこにラングレーが何かを囁くと、小瓶の中の紙がスーッと一人でに外に出ては鳥の形に変形し、城に向かって飛び立っていった。
「…ッ!!!スッ、スゴッ!!!!ランラン、魔法使いじゃん!ヤバ!!」
「…こんなもの大した魔力も使いませんし、魔道具さえ持っていれば誰でも使えますよ。恥ずかしいので大きな声で騒がないでください。」
ラングレーは冷ややかな笑顔で人差し指を口に当てると、『黙れ』と圧をかけてきた。
「…ヒューストン様の家系は水の魔法が得意なのでしたね。魔力量も騎士団の中ではトップクラスなのでは?」
縮こまっていたエドナーが樽を見つめたまま不意に口を開けた。
「様だなんて、よして下さい。私はただの騎士団に所属している一騎士です。ブライン様の方が階級は上のはずですよ。私の魔力などブライン様に比べれば大したことはございません。」
「…俺は、偉くない。ただ魔力が多かっただけだ。」
ラングレーとエドナーの会話は噛み合っているようで噛み合っておらず、荷馬車の中には気まずい空気が漂った。
「…もうっ!エーさん、人と話す時はちゃんと目見る!顔上げなきゃダメじゃん!せっかく髪もセットして、イケメンにしたのに勿体無いでしょ!!」
桜がエドナーの頬を軽く両手で挟み込むように叩き、顔をグッと上げさせた。
「す、すまん。」
鼻と鼻がぶつかる程の距離に現れた桜の顔から離れるように、エドナーが顔を上げると桜は「よし」と満足気だった。
「…随分と仲がよろしいのですね。」
恐怖の対象として恐れられているエドナーと桜の様子を、ラングレーも目を丸くして見ていた。
「え?フツーじゃん?エーさんとあたしマブだから。」
「まぶ?聞いたことのない言葉ですね。」
「マブは親友ってこと!ねっ、エーさん!」
「えっ?」
「いや、そこで疑問で返さないでよ!あたし達マブでしょ!」
「あ、ああ…その、サクラが良いのなら…」
「どっちが良いからとかじゃないっしょ。あたしもエーさんが好きで、エーさんもあたしが好きなら、マブでしょ!」
「そうなのか。では俺たちはマブだな。」
「でしょ!ランランは、その変な敬語やめてくれないからまだマブじゃないね。」
「…お好きにどうぞ。」
サラリと桜が言った何気ない言葉だったが、エドナーの心臓はバクバクと早くなっていった。
ラングレーは桜がなんの意図もなく言っていること、一方でエドナーが耳まで紅く染めて嬉しそうにしている様子を見て、はぁと溜息をつき頭を抱えた。
先日同様に街の中心である広場で降ろしてもらうと、桜はまたスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。
「ランランも入ってー!エーさんももうちょい屈んで!」
「先日もお撮りになられていたじゃないですか。」
「そうだけど、記念じゃん!思い出残しとかないとさ。」
「サクラ様のいた世界では、随分と記憶力が乏しいのですね。わざわざ画として保存しなければ覚えておけないのですか?誰に見せるのですか?」
「マジでランラン、一々ウザいんだけど!もういいよ、エーさん二人で回ろ!」
「いや、だが」
「日が暮れ始めたら神殿に行くから!それでいいでしょ!エーさんだって超強いなら、ランランいなくても安全でしょ!」
ムキになる桜がエドナーの腕を引っ張りラングレーとは反対方向に進もうとするが、エドナーはオロオロと二人の顔を交互に見ていた。
「…そうですね。では、私は私で自由行動とさせていただきます。ブライン様、お手数をおかけしてしまって申し訳ないのですが、サクラ様のお世話をおまかせしてしまってもよろしいですか?」
「俺は構わないが」
「世話って!子供じゃないし!もういいよ、エーさん行こ!」
「俺は街について詳しくないが、いいのか?」
「いいよ!むしろあたしも見て回るのは初めてだから、一緒に探検しよ。聞いて回ればいいし。ほらっ、行くよ!」
「あ、ああ。」
桜はエドナーの腕を引っ張りながらその場を後にした。ラングレーは小さくなっていく二人をにこやかに見送ったのだった。