第24話 色気ヤバ!
桜が再びエドナーの部屋の扉を思い切り開けると、エドナーは桜の手に持っているものを見て目を大きく見開き、口をハクハクと動かし固まってしまった。
「ふふーん!エーさんのためにあたし頑張ったよ!これでデート行けるね!いつが良い??今日はもう暗くなって来ちゃったから、来週の同じ日にど?」
「…俺は自分の仕事の都合で動いているから予定などない。だが」
「おけー!じゃあ来週またチャージしにもらいに来るから、終わり次第一緒に街に行こ。」
「どうやって王の許可を得たのだ。」
「ん?ランランがなんか神殿がどうとか言ったらこれくれたよ。あ、エーさんに渡しとくね。」
王からの許可証には確かにエドナーの外出許可及び街での行動の許可が下りていた。目的は神殿での異世界人桜の鑑定。そして下部の方には、万が一王国の脅威になり得る可能性がある場合、エドナーに対応を一任する旨が記されていた。
(…なるほどな。)
「あっちょっと!皺になるじゃん!握力バカなの?せっかく王様から貰って来たんだから、大切にしてよね!」
「あ、ああ。すまない。では、神殿に行くのだな。」
「まあ、一応目的言えってなったからそれも行くけど、そっちはついで!せっかくだからさ、甘い物とか色々食べてデートして来ようよ!」
「いやだが許可証には神殿へ行くとのみ書いて」
「イイからイイから!じゃ、あたしランラン待たせてるから行くね!またね〜!」
嵐のように要件を述べると手をひらひらと振って、またすぐに塔を下っていってしまった。
「…またね、か。」
エドナーは桜がいなくってからもしばらく扉を見つめていた。
♢
翌週、桜がいつものようにエドナーの元を訪れると、一見誰か分からない男がいつものように桜を受け入れ、手慣れた手付きでモバイルバッテリーの充電を行ない始めた。
「…見過ぎだ。」
「あっごめんごめん!だってエーさん、いつも髭もじゃだし、髪もボサボサだったから、ビックリしてさ!」
エドナーの元を訪れる者など数える程しかおらず、それも全て業務連絡。桜のように友人のように話をしてくる者などいなかった。そのためエドナーが身なりを整える必要などなかったのだが、今日は違っていた。
「…今日はデートなのだろう?ならば少しくらい身綺麗にしておかなければな。サクラの護衛達には及ばんが…。変だったか?」
「いやいや!エーさん超素敵だよ!大人の色気ムンムンっていうか!てか絶対いつもそうしておいた方がいいよ!」
「…ふっ、そうか。」
「やば、孕んだわ。」
「はら?」
「いや、なんでもない!!こっちの話〜!」
髭で隠れていた口元が見えるようになったからか、心なしかエドナーも浮き足立っているように見える。桜もつられて気分が上がっていった。
「あっ、ねーねー、髪の毛ちょっといじっていー?充電の邪魔になる?」
「いや、もう慣れたからな。問題ない。」
「ありがと!ワックス持ってる?」
「わっくす?」
「んー髪の毛につけて、ヘアスタイルいじるやつ!」
「ああ、整髪剤か。そこの戸棚の中にあるかも知れないな。」
「これ?…え、めっちゃプルプルしてんだけど。何これ。」
「少し前に流行った物だったか。今も騎士団では愛用者が多いと聞くが。」
「いやいや、これ何?ワックスなの?」
「透明スライムと香油を混ぜた整髪剤だと聞いたぞ。」
「わー、めっちゃファンタジー。えっ、普通に手で触って平気?」
「ああ。」
「おけ!」
缶の中にあったのはイメージしていたワックスではなく、透明なゼラチンのような塊。
恐る恐る手に取ると、ほのかに爽やかな香りが漂う。
エドナーの髪をかき分けながらわずかにソレをつけてみると、確かにソレはワックスのようだった。
「やば!このワックス超良い!ベタつかないけど艶感出るし、最強じゃん!」
「…気に入ったのならやるぞ。」
「ダメダメ。あたしには合わないし、エーさんのことだから、これ誰かからの貰い物でしょ?
この香りエーさんにぴったりだよ。爽やかだけど、ふんわり甘くて、優しい匂いがするじゃん。くれた人にちゃんとありがとって言わないとダメだよ?」
「…そうだな。」
エドナーの部屋には様々な物が綺麗に手付かずの状態で、まるで雑貨店のように置いてある。これらは確かにエドナーへの贈り物だった。と言っても桜が考えうような物ではなく、エドナーが塔から出たいと言わないよう、王都で流行っている物は一通り王からの命によってエドナーの部屋まで送られてくる。ただそれだけだった。
オジスタンの菓子もその一環であったのだが、最近は桜(時にカイル)のために多めに貰うようにしていた。
「よっし!出来た!見てみて、めちゃカッコ良く決まったと思わん?」
「…俺はよく分からない。だが桜の横に歩いても変じゃなければそれでいい。」
桜はエドナーの背中にパンっと張り手をかますと、良い音が部屋に鳴り響き、エドナーの丸まった姿勢が正された。
「あたしの横で歩く時は、もっと顔上げて歩こ!エーさんマジでカッコイイからさ、あたしに自慢させてよ。」
ニカっと満面の笑みで笑う桜はとても綺麗で、叩かれた背中ではない、体中がジンジンと熱を帯びていくようだった。
「充電もう終わったよね?じゃ、行こ!歩いて行ってもいいけど、オジさんとこに来る業者さんの馬車に乗せてもらったら楽だからさ!げっ、結構時間ギリかも!エーさん、早く早く!ダッシュ!」
「あ、ああ!」
部屋から出るのは穢れによって発生した魔物討伐の時くらい。何もない日にフラッと出るなど、何年ぶりのことだろうか。
人並外れた魔力によって幼い頃から恐れられ、両親からも見放された。それでも自分の力が誰かの役に立てばと魔法を使えば、異名をつけられ共に戦った仲間からも恐れられた。
そして成長とともにどんどん大きくなる体によって、エドナーを知らない者ですらも彼を見ると怯えるようになってしまった。
そんな周囲からの目を恐れるようになり、部屋に閉じこもるようになっていた彼の元に現れたのが、桜だった。
部屋から出るのが怖い。人に恐れられることが怖い。
そう思っていたが、桜に引っ張られる形で勢いのまま部屋から出てしまった。
踏み出してみればそれはなんてこともないことで、ただ部屋の中を歩く一歩と変わらない一歩だ。だが、彼にとって、その一歩の重みを乗り越えられたことは、非常に大きなことだったのだった。