第23話 許可証って何!?
桜の誘いをエドナーは溜息混じりに断った。だが、もちろんそんなことで食い下がる桜ではない。
「いいから!あたしまだ街のこと全然知らないし、エーさんもスイーツ男子じゃん!一緒になんか甘い物でも食べ歩こうよ!ちょっとならあたしもお金持ってるし!」
「引っ張るな。俺はいかない。ヒューストンが塔の外にいるだろう。連れて行ってもらえ。あいつの方が適任だ。」
「あたしは!エーさんと行きたいの!!エーさんはあたしのこと嫌い?」
「嫌いというかそういう問題では」
「嫌いじゃないのね!おっけ!じゃあ行こう!」
「いや、俺が塔を離れる場合は、王に申告が必要だ。だから無理だ。」
「は?なんで?」
エドナーは言わば歩く兵器。元来の彼の優しさ故に自主的に塔を離れることはしないが、万が一塔を離れる場合はその理由・期間を申告し、王の許可を取るという取り決めがされていた。
「えー、ダルッ!プライバシーの侵害じゃん!」
「だから」
「ま、エーさんが決めてんなら仕方ないね。とりま王様いるか聞いてくるわ。いたらその場で許可取ってくんね!」
「おい!待てサクラ、俺は行くとは」
桜はエドナーに言いたいことだけ言い、また方向を変え、今度は一気に階段を駆け下り、その勢いのまま王のいる本邸へと走って行ってしまった。
もちろん途中でラングレーが桜を捕獲しようとしたが、桜の足は異様に速く、ラングレーの声が聞こえても、もちろん止まろうとはしなかった。
「王様いますかー?あたし、サクラですけど!」
「…テメェ、いい加減にしろよ!!」
いつもニコニコと表情を崩さないラングレーの目が見開き、息が上がっている。
「…ランランって、そんな顔するんだ!」
「クソッ、早く寮に戻るぞ!」
「ちょ、待ってよ!」
ラングレーが桜の腕を掴み強引に連れて帰ろうとした瞬間、王の間の扉が開いた。
「王がお呼びだ。中に入れ。」
「えっ、王様いんの!ラッキー!ありがとうございます!」
桜は意気揚々と扉を開けた騎士に軽く会釈をして中に入り、ラングレーは乱れた身なりを急いで整え桜の後に続いた。
「サクラか。元気にしていたか?」
「王様、こんにちわー!超ダルいこともいっぱいあったけど、とりま元気にしてますっ!」
「ハハッ、そうか。騎士寮で勤めていると聞いたが、問題はないか?」
「あー…用意してくれてたのに部屋使わないでごめんなさい。あたし体動かしてる方が性に合ってて。」
「良い。お前が好きなように動け。」
「ありがとう!あっ、でね、エーさん、えっとエド、エー…」
チラリとラングレーの方に目をやると、わずかばかり口元がピクリと動いた後、桜の横まで移動し、口を開けた。
「本日は突然の訪問、誠に申し訳ございません。魔法研究棟第一責任者であらせられますエドナー・エル・ブライン様との外出の許可をいただきたく参りました。」
「あっそうそう。エドナーなんちゃらさん!一緒に街に行ってデートしたいんです!出来れば今日か明日とか早いうちに!」
「ふむ、そうか。…理由は?」
なんで外に出るだけなのに理由が必要なの?
わずかだがトーンの下がった王の問いに周囲が縮こまる中、桜がムッとした様子を見せると、それを悟ったラングレーがすかさず口を開いた。
「神殿に行き、異世界人でいらっしゃいますサクラ様の適性の鑑定を行いたいと思います。その際、万が一魔力の暴走などが起こった際のために、ブライン様のお力をお貸しいただければ幸いです。サクラ様は聖女の素質はございませんでしたが、異世界人ですので。」
「なるほどな。確かにサクラの鑑定が済んでいなかったな。うむ、そう言うことならば致し方あるまい。許可を出そう。」
「有り難き幸せ。」
ラングレーが垂れた髪の隙間から桜を睨みつけると、桜も頭を下げ
「…ありがとうございます。」
と感謝を述べ、許可証を手に二人は退室した。
優しいどこにでもいるおじさん、のように見えたが、やはり王は王。王が発した何気ない一言でさえも、その場の空気が凍る恐怖を桜は初めて体感し、退室すると同時に背中からは汗が噴き出してきた。
「なんか、結構王様怖いんだね。」
「…許可証がいただけて良かったですね。ブライン様に届けに行きますか?それとも寮に戻られますか?」
桜と会話をする気がないのか、ラングレーの様子はすっかり元に戻ってしまった。桜が唇を尖らせて見せても、ただにこやかに微笑むだけ。
「…そりゃせっかく貰ったんだし、エーさんとこ持っていくでしょ!」
「左様ですか。ではこちらですね。」
「ランラン、さっきの感じで喋ってよ。てか神殿って何?」
「なんのことでしょうか?」
多重人格者なのかと疑うほどにラングレーの表情を崩すのは容易ではなさそうだった。
「さ、研究棟に着きましたよ。私はここに控えておりますので、どうぞお好きにお過ごしください。
ブライン様には先ほどの許可証を見せていただければ事情が伝わるかと。恐らく神殿の説明もしてくださいますよ。」
ラングレーは入口の定位置にピシリと立つと、桜が腕を引っ張ろうとしても微動だにしない。
「もう!ランランのケチ!…じゃ、行ってくるからちょっと待っててね!」
文句を言いつつも、階段を登っていくにつれ頭の中にはより鮮明にエドナーの喜ぶ顔が浮かび、桜の口元は緩んでいくのだった。