第20話 ヘルプミー!
カイルとも距離が縮まり、騎士寮の仕事も翻訳の仕事も慣れてきた一方で、桜がいつか起きてしまう、恐れていたことはある日突然やって来た。
「ぎゃーーーーー!死んだ!マジ死んだぁぁああ!!!!!」
「おい、どうした!」
「いきなり大声出すなよ!」
この日はレイクが護衛担当の日。カイルはレイクが担当の日に極力休みを取るようにし、桜の翻訳業務の傍ら勉強を見てもらっている。桜の部屋にレイクとカイルが集まって机に向かうこの光景は、最早見慣れたものだ。
「やばい、モバイルバッテリーの充電も死んだんだけど!!」
「え?あぁ、サクラが持ってたスマホ、だっけ?使えなくなったのか?」
「お前がいつもコソコソ使っていた魔道具か。魔石が必要なのか?」
「魔石なんかじゃ動かないの!これは充電して使うんだから、電気が必要なんだよー。あー、ヤバ、翻訳ももう無理かも…。」
「何だと!?どうにかしろ!」
「んなこと言ったって…あ!なんかさ、魔法で時間を戻すとか、物を直すみたいのないの?」
「そんなことできるわけないだろ。」
「だよねぇ…。とりあえず終わった分まで渡しとくね。」
先代聖女の日記の内容はレイクが待ち望んでいるアリアの情報は出てこないが、一方で国内(聖女曰く恐らく国外の各地でも)に蔓延っている感染症対策の必要性が伝わらないことを嘆く文が増えてきていた。カイルは両親が感染症で亡くなったことがあるためか、聖女が望んでいたスラムなどの衛生環境の良くない場所の整備を王に進言したが、財政状況も悪く、穢れの浄化がいつまでかかるかわからない中、優しい王も首を縦に振ることは出来なかった。
そのため聖女の日記から、予算をかけずに出来そうな対策案がないか、桜と共にレイクはより一層真剣に翻訳を取り組んでいるのだが…
「おい、この“ワクチン“とはなんだ?“テンテキをする“とはなんだ?」
「えー!それも伝わんないの!!」
アストリア語にない言葉が多かった。魔法が発達しているこの世界において、外傷は魔法で治療し治してしまうため、医療技術は発展していないのだ。
先先代の聖女の辞書で見つけられない単語は、発音から単語を書き起こしているのだが、読めはしても何かを伝える必要が出てしまい、翻訳業は難航していた。もちろん桜自身が説明できないものも多く、スマートフォンに入れていたオフラインでも使用できる辞書アプリを駆使して説明文も書き足す作業をしていたのだが、それによって桜の相棒であるスマートフォンの命が途絶えてしまった。
「あーーー!もう、無理だよー。スマホが死んでるとか無理、耐えられない。あたしの命なんですけど!!」
「なに!?それはお前の命が入っているのか!回復術師を呼んでくる!」
「ちがーうっ!!!別に本当に死なないし!喩えだから!」
「なんだ、脅かすなよな。」
「…それくらい大切なんだよ。ずっとネット繋がんないからみんなどうしてんのかとか確認できないし、意味ないのかもだけど。それでもあたしにとっては手放せないものなの。」
桜がスマートフォンを握りしめ項垂れていると、カイルがモバイルバッテリーを手に取った。
「電気って雷みたいなやつだって桜言ってただろ?なら雷の魔法をこの箱の中に閉じ込めたらどうだ?」
「閉じ込めるって…あっ!なんか前にテレビで実験やってたわ。なんか雷の威力だと普通にスマホぶっ壊れるんだけど、魔法なら弱々雷ってできるよね??」
「俺は魔法が使えないから分からないけど…レイクさん、出来ますか?」
桜が祈るようにしてレイクを見つめた。
「…出来なくはないだろうが、威力を調整するってことはコントロールに長けた人じゃないと無理だろうな。特に魔法の属性の中でも雷の魔法は使える者が限られてる。俺が知っている中でそんな事が出来そうな人は一人しか知らないが…」
「ま、まさかあの人ですか?」
「ん??何?誰?あたしも知ってる人?」
二人の表情は暗かった。
「いや、サクラは知らないよ。城の奥にある魔法研究棟で暮らしてるから。気難しい人だから、難しいかもな…。」
「いいよいいよ!どーせ何もしてなくても使えないんだし、モバイルバッテリー持って行ってみてさ、試させてもらおうよ!」
「俺はお前らのチェックしているから二人で行ってこい。今なら王子はいないから城に入っても問題ない。棟から出てくる事も滅多にないから今日もいるだろう。」
「OK〜!じゃあワンくん、案内よろ!」
「えええ、レイクさん行かないんですか…いいか、サクラ、余計なこと言うなよ!」
「任せなさいって!ほら、レッツゴー!」
レイクを部屋に残し、二人は城へと向かった。桜の足取りは軽かったが、カイルの耳は垂れ下がったままだった。
城まで行き、途中オジスタンのいる厨房や旧桜の部屋、そして聖女の塔を抜け、サクラは初めての魔法研究棟に足を踏み入れたのだった。
(テンション上がるー!)