第2話 あたしはあたし
王子への侮辱罪と言われ、地下の薄暗い牢屋に入れられた桜は声を殺して泣いていた。
(何ここ。マジ意味わかんない。あのガキンチョ、次会ったら絶対マジビンタしてやる!)
静かな牢屋に入れられ、涙も止まった頃、桜はポケットからスマートフォンを取り出した。持っていた学生鞄は取り上げられてしまったが、身につけていたスマートフォンだけは無事だったのだ。
「んーやっぱ圏外か。…てことはこれって本当にあのバズってた異世界召喚?ってやつ?やばー。」
桜はアニメや漫画をそこまで見る方ではなかったが、去年日本中にブームになった『俺が勇者に決まってる!』、通称『俺勇』だけは見ていた。
俺勇は日本の男子高校生がある日突然勇者として異世界に召喚され、剣や魔法の特訓をしながら、パーティを組み、魔王を倒すというもの。笑いあり涙ありのアニメ映画だった。アニメの人気を受け、人気俳優達による実写化もされるほど話題になった作品だ。
「俺勇にも聖女出てきたよね。美香さんがそれってこと?…え、似てな。どっちかって言うとあたしの方が似てるじゃん!!!もうー!てか私が聖女じゃないなら何なの!はっ!勇者とか?やばー!」
「おい!何を騒いでいる!」
一人ケタケタと笑っている桜に怒鳴るように一人の男が近づいて来た。
「別に暇だから独り言言ってただけだし。それくらいいーじゃん。
ちょっ!何!何、今度はどこに行くの!てか一人で歩けるから離してって!」
「…聖女様がお呼びだ。ついて来い。」
サラサラとした黒髪に整った容姿に一瞬胸が高鳴ったが、強引に腕を引っ張るこの男をイケメンだと思ってしまった自分を叱った。
(何こいつ、超嫌な奴じゃん!トキメキ返せ!)
話しかけても無視し続ける男の背を途中置いていかれないよう小走りになりながらも付いて行くと、汚い牢屋とは打って変わって、赤い絨毯の敷いてある長い廊下、高そうな絵画や骨董品がいくつも飾ってあり、キョロキョロしながらと美香の待つ部屋へと向かった。
男は扉の前で止まり、ノックをし扉を開けると、桜に入れと言うように顎を動かした。
(感じ悪!)
「…失礼しま〜す…。」
「桜ちゃん!大丈夫?どこも怪我はない?」
桜が部屋に入ると、座っていた美香が立ち上がって心配そうに話しかけてきた。
「美香さん!うん、あたしは別に大丈夫〜。牢屋とか初めて入ったけど。汚くてビビったわ。」
「そっか、とにかく怪我がないなら良かった。」
「あ!そのお菓子!食べていいやつ?鞄取り上げられちゃったからお腹ペコペコなんだよね!」
「え、あ、うん!大丈夫だよ。紅茶も…あ、ありがとうございます。」
ズカズカと美香の近くに近寄ろうとする桜を傍に立っていた騎士とメイドは眉を顰めて見ていたが、桜は彼等の様子に目もくれず、美香の前の椅子に座ってクッキーを食べ始めた。
メイドは桜に何か言うでもなく、桜用の紅茶をそっと机の上に置いた。
「ありがとうございますっ!いっただきます!…あ〜生き返る!」
「良かった。」
美香は美味しそうに食べる桜に安心したような様子を見せ、その後はモジモジと何かを言いたげに桜を見ていた。
「…美香さん、何か言いたいことあんなら言って?何?」
「あっ、ご、ごめんね。えっと、その、桜ちゃんには謝らないといけなくて…。」
「何を?」
「ウィル王子や神官さん達から話を聞いたの。何百年毎かに、この星の至る所に魔物の発生する穢れが生まれてね、それを浄化したり、街に魔物が入って来ないように結界を張るんですって。それが出来るのは聖女しかいなくてね。」
「へー。マジ俺勇みたいでウケんね。で、その聖女が美香さんってこと?」
「そ、そうみたいなの。わ、私なんかにそんなことできるかなって思ったんだけど、みなさんとても優しい方でね、前回の聖女さんが残された書物も読ませていただいたら、本当に癒しの魔法が使えてね!私もとってもビックリしちゃって。でも私の力で誰かの役に立てるなら、嬉しいなって思って。」
「うんうん、美香さんマジお人好しだもんね。で、それでなんで私にごめんなの?」
「あっ、その、本当は私だけを呼ぶつもりだったんだけど、私が無理に桜ちゃんをあのタイミングで掴んだから、桜ちゃんもこっちの世界に飛ばされちゃったみたいで…。
皆さんも元の世界に戻せる方法は分からないそうで、私も聖女の仕事をしながら調べてみようとは思うんだけど、その、巻き込んじゃって本当にごめんなさい!」
美香は深々と頭を下げたが、桜はその様子が気に食わなかった。
「…美香さんって本当そう言うとこあるよね。」
「え?」
「まぁ帰れないのはちょっとヤバって思うけどさ、別に美香さんのせいじゃないじゃん。あたし美香さんがそうやって悲劇のヒロイン的な?感じになるとこ嫌いなんだよね。」
「あ、ご、ごめ」
「とりまさ、美香さんは聖女?なわけでそれ頑張るって決めたなら頑張ればイイじゃん!あたしはあたしで、帰れるまでやること考えるし!まっ、何とかなるでしょ。ほら、これ美味しいから美香さんも食べなよ。」
「う、うん。桜ちゃん、ありがとう…。」
「マジ美香さん泣き虫なとこ変わんないね。」
「え、えへへ。桜ちゃんが優しいのも変わらないね。ありがとう。」
美香がポロポロと涙をこぼすのを桜は声を出して笑った。そしてつられて出そうになった涙は紅茶で飲み込んだのだった。