第19話 自信持ちな!
その夜桜がいつものようにローザスに貰ったお湯で体を拭き、髪を洗っていると、ノックする音が聞こえてきた。
「あ、ごめんなさい、今手が離せないんだけど、誰ですかー?」
「お、俺だ。カイルだ。」
「ワンくん?ちょっと待ってね。」
桜はタオルを体に巻き、髪を拭きながら扉の鍵を開けカイルを招き入れた。
「なんて格好してんだよ!?」
「え、今お風呂タイムだったんだもん。」
「じゃあもっと後でまた来るから」
「別にワンくんならいーよ。後で来るのめんどいじゃん。もう拭くだけだし。ほら、誰かに見られる前に早く入ってよ。」
桜に半ば強引に押し切られ部屋に入ったカイルだったが、幼く見えると言えど15歳。桜を見ていることも出来ず、扉に目を向け棒立ち状態となった。
「座れば?」
「こ、ここでいい!」
「あっそ。で、どしたの?なんか怖い夢でも見た?」
「子供扱いするなよ!」
「アハハ、ごめんごめん。」
「これを返しに来たんだ。」
カイルは桜から目を逸らしながらチョコレートの箱を取り出した。
「あ、もう食べた?甘かったでしょ!最初だからさ、定番っぽいやつ選んだんだけど、苦手だった?」
「…食べてない。俺なんかがやっぱり食べるわけにはいかない。」
「は?何それどゆこと?」
桜は髪を乾かす手を止め、カイルの肩を掴むと、カイルの瞳を覗き込んだ。
「お前だって街での様子を見ただろ。俺達みたいな獣人は、魔物と人間が交わって出来た、穢らわしい存在だって言われてんだよ。俺みたいなのはやっぱり気軽に街になんて近寄ったらいけないんだ。」
「…それ誰が言ってんの?」
「誰って、みんな言ってるよ。」
「みんなって誰だよ。あたしは言ってない!カイルがいたら嫌だとか、あたしは絶対思わないし、ローザちゃんもレイクやランランだって、絶対思わない!カイルは誰を気にしてんの!誰を見てんの!」
「そ、それはそうだけどでも」
「でもじゃない!カイルは王様から選ばれて騎士やってんでしょ!そりゃ聖女様じゃないけど、あたしだって一応異世界から来た系だし。その騎士に選ばれたんだから胸張りなよ!」
「それは偶然サクラと年が近そうだからで、別に俺は」
「ちょ、マジで言ってんの?はぁ…ワンくん一発気合のビンタね。」
「え……痛ってぇーーー!」
桜の華麗な平手打ちがカイルの頬にを直撃した。
「あのね、あたしは18。レイクと同い年。騎士寮には18歳の人もっといただろーが!」
カイルは目を丸くしてタオル1枚で仁王立ちで鼻息を荒くする桜を見つめた。
「王様がワンくんにお願いしたいって思ったから選ばれたんでしょ!ワンくんに期待してるからでしょ!自信持ちなよ!そんなん言ってるとさ、他の人にも失礼だよ。」
聖女ではない方、だとしても桜という異世界人の護衛騎士に任命されるということは、名誉なことである。
聖女である美香には毎日多くの騎士が入れ替わり立ち替わりで護衛につき、桜にはわずか三人の護衛。桜の護衛になった故に聖女美香の護衛が任されることは無くなってしまったが、少数精鋭で編成された桜の護衛を任されるというのは、美香の護衛騎士の内の一人よりも、王からの信頼が厚いとも言える。
「…悪かったよ。」
「分かればいーの。とりまはい、ここ座って。」
桜がベッドをポンポンと叩くと、カイルも渋々ちょこんと桜の横に腰掛けた。
「あたしは元々バカだし、この世界の常識とかも知らないけど。でもワンくんはさ、最初に部屋に来てくれた時から優しかったじゃん。レイクも眉間に皺寄せてばっかだし、ランランなんて何考えてるか謎だし。」
「別に俺は何も」
「何もしなかったのがあたしにとっては嬉しかったの!みんながあたしのこと娼婦だとか馬鹿にしてきて、聖女様の担当になりたかったとか言ってる中でさ、ワンくんだけは文句言わずにそばにいてくれたじゃん。
勉強だって、一緒にやってくれるの超嬉しいし、今日も嫌だったのに一緒に街に行ってくれて。ワンくん、ううん、カイルはとっても優しくて良い奴だよ。だからまだ15なのに、王様がカイルを選んだんだと思う。あたし、カイルが護衛騎士になってくれて良かった。いつもありがとね!」
カイルは黙ったままだったが、尻尾がパタパタと揺れて嬉しそうだった。
「…あたしさ、あたしのいた世界では、ちょっと有名人で。子供の頃はテレビとか出たりしてて、親もバカみたいにはしゃいでてさ。でも大きくなるにつれてうまくいかなくなってって。子供の時仕事ばっかしてたから勉強も全然出来ないし、親も離婚してメンタルやられちゃって。
なんかもう全部しんどいなぁってなった時に出会ったのがギャルの友達でさ。ギャルっていうのはあたしみたいな格好してる人なんだけど、みんな嫌なことあってもめっちゃ明るいの!周りからバカにされることもあるんだけど、でもこれがあたしだし気にしないでいよって、楽しくいられるんだよね。」
「サクラの職業はその、ギャルというものだったのか?」
「んーー職業ではないんだけど、気持ち的な?マインド強めって感じ?
まぁあたしが言いたいのは、カイルは自分が獣人なのをそんなに恥ずかしいって思う必要ないってこと!あたしが好んでギャルやってんのとは違うだろーけど、でも、あたしは獣人好きだよ!耳と尻尾とか最強可愛いじゃん!」
「プッ。お前、なんだよその最強可愛いって!」
カイルは尻尾をブンブンと振って笑い出した。桜は少し恥ずかしそうにしながら、年相応に笑うカイルを見て胸が熱くなった。
「…もう!そんな笑わないでよ!いーじゃん!」
「サクラといると悩んでんのがアホらしいな。」
「ワン…カイルがウジウジ悩んでんのがいけないんでしょ!」
「今までみたいにワンくんでいいよ。あだ名つけられたのって始めてだったんだ。
俺の母さんは城で働いててさ、でも父親が誰かは知らないんだ。獣人ってそんなもんだって母さんも言ってた。
母さんが死んじゃった後も王様がここにいて良いって言ってくれたから何不自由なく暮らしてるし、俺はラッキーなんだよ。騎士団のみんなも良い人だから、人種差別はそんなに感じないしな。でも街に行くとさ…。」
カイルの耳が気持ちと連動しているように垂れてしまった、と思いきや顔を上げたと同時にピンと立った。
「でもサクラが言う通りだよな!俺は獣人であることを恥ずかしいと思ってない!俺たちはさ、人間のように魔法は使えないけど、感覚が優れてるし、俺のような犬獣人は脚も速いんだぜ!」
「うんうん!そーだよ!獣人最強!ワンくん最高!」
「おう!俺達は最高だ!!」
「こらっ!夜に何騒いでるの!」
ドアの前からローザスの声が聞こえてきた。ローザスの部屋は桜の斜め向かい。桜の部屋から漏れ出た音で起きてきたのだ。
「そうだ!」
桜はにっこり笑ってローザスに紅茶を頼むと、カイルと3人で深夜のティータイムをした。カイルにとっての初めてのチョコレートは、口の中に広がる甘味と、ちょっぴりしょっぱいものだった。