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第13話 やればできるし

 それから数ヶ月、桜は持ち前のコミュニケーション能力を活かし、今ではすっかり騎士寮に溶け込んでいた。


「おはー!朝ごはん取りに来てねー!洗濯物は籠に突っ込んどいてね!」

「サクラ、おはよう!今日も元気だな!」

「もち!今日のパンもマジ美味しいから、食べて練習頑張ってー!」

「おうよ!」


 むさ苦しい寮内で、桜は毎日嬉しそうに仕事をする。これまでのメイド達は体臭や大勢の異性を相手にすることに心身共に疲弊し、長くても一月で辞めていくのが通例だったために、騎士達も嬉しそうだった。


 しかし、るんるんと嬉しそうな桜はあることを忘れていた。


「ローザスさん!洗濯物干しといたー!」

「サクラ、レイクが呼んでいる。」

「え?」



 レイクの部屋を訪ねると腕を組み、偉そうに待ち構えるレイクがいた。

「ちょ、何?あたしも忙しいんだけど。」

「進捗を教えろ。」

「は?」

「翻訳業務の進捗だ。お前の本来の仕事は聖女様が残された日誌の翻訳だろう。まさか忘れていたわけではないだろうな!」

「え、」


 忘れていたわけではない。毎日仕事を終え部屋に戻ったらやろうというは思うのだ。ただ、眠気に勝てないだけで。


「聖女様は来週ご出立される。一度お前に会いたいとおっしゃっているそうだ。その場でこれまでの分をご確認いただくことになった。」

「マジ?」

「今どこまで終わっている?」

「あー、キリ良いとこまでやったら見せるわ。」

「今すぐ持って来い!」


 桜は渋々部屋に戻り、保管していたスクールバッグごとレイクの部屋に持って行った。


「…まだたったの5ページだと!?お前は、一体何をしていたんだ!」

「し、仕方ないじゃん!怒鳴んないでよ!騎士寮の仕事だって覚えることいっぱいあるし、大変なんだもん!それに、別にそんな日記の翻訳、みんな後でいいって言ってて、あんただけだよ。ちゃんとやれって言うの。」

「ッチ」


 レイクはそのまま黙ってしまった。


「…あのさ、あんたはなんでそんな翻訳してって言うの?いや、聖女の知識が知りたいってのは分かるけど、みんなそんな期待してないって言うか…。」


 流石の桜も頼まれていたことを蔑ろにしてしまった事に罪悪感を頂いたが、レイク以外からは美香の聖女業務が終えてからでも良い、二の次と言われ、桜の翻訳業務の進捗を聞かれることなどなかった。



「お前に期待した俺が馬鹿だった。もう行け。ローザスさんが待ってるだろ。」


 桜も答えようとしないレイクにこれ以上問いただすことも出来ず、そっとその場を後にした。



 それから数日、桜の部屋の灯りが消えることはなかった。



 レイクとは特段の会話も交わさないまま、美香と会う日の前日、予定伝達のためレイクはローザスと共に夕食の支度をする美香の元を訪れた。

「…時間厳守だからな、遅れるなよ。」

「おK。明日はじゃあお昼ご飯の準備したら支度するわ。」

「サクラ、昼飯の支度は俺がやるぞ。」

「いいよ!その後の洗濯物とか全部お願いしちゃうし!早めに帰って来れたらそこから手伝うからね!」

「分かった。」

「じゃあ……おい!」


 レイクが離れようとした時、桜は持っていた芋とナイフを落とし、桜の視界が歪んだ。



(うわ、この感覚、懐かしいな…)



 ♢


 『ミルミルマジックバンドで変身!ミルキーピンクのサクラちゃん。』

 そんなふざけたキャッチフレーズでも、目鼻立ちのハッキリとしたその愛くるしい容姿で、桜は一躍時の人だった。

 赤ん坊の時に入れられた芸能事務所。ポスターや雑誌に始まり、子供向け番組に起用されると瞬く間に桜の存在は広まっていった。

 マネージャーである母親によって分刻みで管理されたスケジュールの中、桜はダンスレッスン中にこの感覚を味わった。


(あの時は床に顔ぶつけて、お母さんにめっちゃ怒られたな…)



 今回は気分は良くないが、体のどこにも痛みはない。

 桜が目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。


「サクラちゃん!!目が覚めたのね!良かった!本当にもうびっくりしたんだから!」

 見慣れた顔のローザスだが、いつもよりも声がワントーン高い。


「ローザス、さん?」

「あっ…ゲフッ、ゴホンッ。気が付いたか。」

「いや、いいよ。え、それが素なの?」

「…こんな形して気持ち悪いよな。済まない。さっきは取り乱したがもう」

「なんで?」

「分からないんだ。何故か子供の頃から女性に憧れてしまって」

「いや違くて!なんで隠してんのってこと!キモくなんてないし、むしろ先に知りたかったわ!」


 桜の反応にローザスは目を丸くしていた。

「騎士寮って男しかいないって言うからさ、やっぱなんかあったら怖いな、とか思ってたけど。ローザスさんオネエならあたしと一緒ってことでしょ?したら、色々相談したい時あったからもっと早く教えて欲しかった!」

「き、気持ち悪くないの?こんなデカい体で、女言葉なんて使ってて」

「別に?ローザスさんが使いたいならそれでいーじゃん!」

「う、うわーーーーん!サクラちゃん、貴女、噂と違ってなんて良い子なのーー!!!」

「グェッ、ちょ、マジで苦しい!」

「あ、ごめんなさいね。」

「…体調はどうだ?」


 ローザスの影に隠れて見えていなかったが、レイクも桜が起きるまで待っていてくれたらしい。

「うん、もう大丈夫。明日はちゃんと行くよ。」

「そうか。」

「あ、あとさ、これ。」

 桜はベッドから降り、机から紙を取り出しレイクに渡した。


「まだ全然だけど、10分の1くらい?は終わったかな?」

「お前、いつの間に…。」

「いや、本来それがあたしが頼まれた仕事だし?騎士寮の仕事はあたしが自分でやりたいって言ってやらせてもらってるだけだからさ、それちゃんとやらないと、みんなに迷惑かかるかもって思って。

 まぁ合ってるか自信ないけど…」

「…ベッドに戻れ。日記を音読しろ。俺が先に確認してやる。」

「マ?いいの?」

「いいから早くしろ。終わったら今日は早く寝ろ。」

「おけおけ。えっとね…」


 

 ローザスは「うふふ」と小さく笑い、そっと部屋から出て行った。

 書き方も習っていないアストリア語。お世辞にも綺麗とは言えないが、大きなミスもなく、丁寧に書かれた紙からは桜の努力が伺えた。



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