第12話 頑張る
「つ、疲れた…。」
桜は騎士寮内にあるメイドのベッドでぐったりと倒れ込んでいた。気が付けば夜も更け、お腹からはすごい音が鳴り出している。
「ローザスさんのとこ行こ。」
桜は手洗い桶から水を汲んで手を清めると、寮父であるローザスの元へと向かった。
食堂にいたローザスはヘトヘトの桜を見ると、何も言わずシチューをお椀に装い、テーブルの上へと置いた。
「ありがとうございます!いっただきまーす!んーウマッ!」
「…今日はもう仕事は終わりだ。食事が済んだら早く寝ろ。」
「お風呂ってない、ですかね?」
「…湯を沸かしてやるから使え。」
「ありがとう…。」
無愛想ではあるが、ローザスは出会った時から優しかった。
遡ること半日前。
カイルに案内され、桜は騎士寮へとスクールバッグに日記と紙を詰めてやって来た。
桜の部屋があった建元とは30分程離れた場所にある、古めかしい煉瓦作りの建物だった。建物の周りには騎士と思われる男達が素振りや走り込みをしていた。
カイルは先に他の二人の判断を仰ぎたいと、桜を外で待たせ寮内の部屋にいたレイクとラングレーを呼び出した。
「あたしもここに住む!騎士寮のメイドさんやるから!」
と元気よく提案する桜に対し、ラングレーは何も言わず、レイクは
「寮内の仕事をこなすなど、お前には無理だ。今すぐ部屋に戻れ。」
とすぐさま突っ返してきた。
負けん気の強い桜がはいそうですかと折れるわけもなく、寮の入り口で騒ぎになってしまった。
「こー見えてもあたし料理できるし!掃除もするし!できるから!」
「そういう問題ではない!大体お前には翻訳業務があるだろう!」
「それもやるけど!ずっとそればっかやってても疲れちゃうし、今すぐやらなくても良いって言うならやった方がいいことやりながらのがいいじゃん!」
「お前な!」
「うるさいぞ。何を騒いでるんだ。」
「デカっ!」
背の高い桜よりも頭1個分大きいレイク。そんなレイクすらも覆い隠せるほどの体格だった。
見れば他の人とは違い、エプロンをし、洗濯籠のようなものを持っていた。
「ローザスさん、すみません。すぐに場所を変えます。ほら、行くぞ。カイルとラングレーも。」
「あの!あたしここで働きたいんですけど、責任者の人ですか!?」
「おい!」
レイクの話など聞かず、桜はローザスに飛びついた。
「俺はここの寮父のローザス。募集していたメイドか?」
「ローザスさん、こいつは聖女様の召喚に巻き込まれた者で、メイドでは」
「サクラです!メイドやったことないけど、メイドしたいんで、今日からここに住まわせてください!よろしくお願いします!」
レイクの言葉を遮るように、桜は頭を下げてローザスに手を差し出した。
今まで誰からも握り返されることのなかった桜の手は、大きなローザスの手に包まれ
「仕事をするなら誰でもいい。ちゃんと働けよ?」
と、ローザスの温もりを感じた。
「ありがと!めっちゃ頑張る!」
桜の目は嬉しそうに、キラキラと輝いていた。
「じゃあまずはお前の部屋の支度をしよう。俺の部屋の隣がメイドの部屋だ。お前達の部屋も変更する必要があるか?」
カイルとラングレーはレイクを見つめた。3人のうち、決裁権があるのはレイクのようだ。
レイクは観念したように、
「…いや、同じ寮内にいるならば良い。ローザスさんの隣なら安心だしな。」
と俯きながら答えた。
こうして桜の居住地は、煌びやかなお城の一室から、むさ苦しい騎士寮へと移ることになった。
騎士寮内は部屋にあったような魔法石で整備された器具もなく、水を汲むのも井戸から汲み上げ、火を沸かすのも火打ち石を叩きつけるという、なんとも古典的な方法で、過酷な肉体労働ではあったが、自由があった。
短いスカートの制服のままでは業務に支障が出ると、ローザスが桜に合わせて作ってくれたシャツにズボンも、古着の丈を合わせただけのものであったが、王様が用意してくれた豪華なドレスよりも嬉しかった。
「あの、あたしマジ頑張るから。この服も、大事に使う、います。」
「ただ布を貼り合わせただけだ。着替え用にもう何着か作っておく。他に必要なものがあれば言え。それと俺は貴族ではないからな、気を遣わなくても良い。」
「…ありがとう。」
桜はローザスからもらったお湯を水で薄め、もらったタオルで体を拭いた。よく考えてみれば、城の中では豪華なお風呂があったにもかかわらず、まともに使うことができず、全身水浸しになるだけ。暖かいお湯が使えたのは久しぶりだった。
「気持ちいい…今日は、もう、限界だけど、明日からは翻訳もやって…そんで…」
気が付けば桜は深い夢の中へと落ちていった。