第11話 良いこと閃いた
調理場に行くと、前日同様、暗い顔をして料理人が座っていた。
「あのー、すみません、そのスープって分けてもらうことできますか?」
「これか?こんなんでよけりゃあ…ほれ。これでいいかい?後ろの騎士様もいるか?」
「ワンくんももらいなよ!いい匂いするよ!」
「ハハハッ、子供が遠慮すんな。ほら。」
料理人にしては逞しい見た目の男は、オルジスタンという名だった。
「OK、じゃあオジさんね!」
「おい!」
「いい、いい!
それよりお前さんら、あれか?騎士寮に来た奴らか?」
「騎士寮?」
「ほれ、聖女様が召喚されたから、もうすぐ巡礼の旅が始まるだろ。それで国中から新しい騎士を募集して、騎士寮用のメイドも募集してるって聞いたが。違うのか?」
オルジスタンの話を聞いた桜の目に光が宿り、ニヤリと笑うと
「うん!ありがと!オジさん、また来るね!ワンくん、行こ。」
と礼を述べて急ぎ足で厨房を後にした。
「おい!どこに行くんだよ!」
「美香さんのとこ!」
「え、聖女様のとこに?おい、ちょっと待てよ!」
途中部屋に戻り日記と翻訳した紙とともに小走り気味に美香がいつでも来てと言っていた、聖女のために用意された別棟へ向かい、桜は止めようとするカイルを無視して扉を叩いた。
「桜ちゃん、会いに来てくれて嬉しいわ!さっ、座って!」
美香は嬉しそうに二人を迎え入れようとしたが、カイルは「外で待っている」と言い、中に入ろうとはしなかった。
聖女である美香に対し、なんの約束もなしに突然訪問をしてきた桜へ、美香の側近も良い顔はしていなかったが、この世界での自分に対する悪い対応に、桜ももう慣れっこだった。
「桜ちゃん、朝ごはんは食べた?歴代の聖女様が残してくださった知識で、食べ物はあまりあっちの世界と変わらないみたいで良かったね。」
「…あのさ、これ。多分ちゃんと翻訳できてると思うんだけど。」
桜が日記と紙を渡すと、美香は嬉しそうにそれを受け取った。
「すごい!もう始めたんだね。えらいね!うんうん、大丈夫だよ!ちゃんと合ってる。」
「え?いや、ちゃんと確認してよ。美香さんだってまだ読めないでしょ?」
「あ、えっとね」
「ミカはもうアストリア語をマスターしたんだよ。お前とは出来が違うんだ。」
聞き覚えのある、嫌な声。二度と会いたくなかった、桜がビンタしたウィリアム王子だった。
「ウィル様、おはようございます。」
「ミカ、おはよう。体調は大丈夫か?」
「はい、みなさんが良くしてくださるので。」
「そうか。何かあれば遠慮なく言ってくれ。
ところで何故ミカの部屋に朝から変な女が来ているんだ。」
多重人格者なのかと思うほどに、ウィリアムは桜と美香に対しての態度が違った。
「あ、桜ちゃんが翻訳のお仕事をもう始めてくれたんです。それの確認を。」
「何故ミカがそんなことをしなければならないのだ。」
「あたしもその話がしたくて来たんですっ!
美香さんにミスってないか確認してもらうって言ったけど、急ぎじゃないならあたしが全部終わって、美香さんも仕事終わったらでいいかなって。発音は一緒だからさ、騎士の人に確認してもうのOKしてくれれば、美香さんの確認の手間も減るしどうですか、王子様?」
桜の態度にムッとしつつも
「ミカの手間が減るならば、お前の騎士にだけは内容の共有を許可する」
と渋々ながら承認を得られた。
王子に会いたくなかった桜は美香を通じて許可を得ようと思っていたが、直接話ができたのは不幸中の幸いだった。
「用が済んだなら出て行け。ミカは忙しいのだ。」
「もう1個だけお願いなんだけど。」
「まだ何かあるのか!」
「あたし騎士寮で働きたい!翻訳の仕事ずっとしてても頭パンクするし、人が足りてないならさ、丁度いいでしょ?」
「…勝手にしろ!ただし今の部屋は片付けるからな。もう今の部屋には戻れないと思えよ!父上に泣きついても無駄だぞ!」
ウィリアムはニンマリといやらしい笑みを浮かべていたが、桜は眩しい笑顔で
「サンキュー!じゃ、朝から失礼しましたー!」
と清々しく出ていった。
美香は一人ぽかんとした表情を浮かべていたが、桜はカイルを引き連れ、鼻歌混じりに部屋へと戻って行った。
「ワンくん、ランランと、あの黒髪の人、えっと」
「レイクさんか?」
「そ!二人に伝えてくれる?あたし騎士寮で働くからって。」
「本気か?あそこは男しかいないし、今からでも謝ってここにとどまらせてもらったほうがいいぞ。」
「いーのいーの。ここホテルみたいで良いけどさ、なんか居心地悪いし。あたし人に何かされてるだけなのって苦手なんだよね。
てかみんなの部屋も騎士寮に移っちゃうのかな?それはごめんね。」
「…俺たちは元々騎士寮に住んでる。お前の担当の日だけこの部屋に待機していただけだ。」
「そっか。じゃあ良かった!でさ、ワンくん。」
「なんだよ。」
「騎士寮ってどこにあんの?」
「お前!そんなことも知らないで働くって言ったのかよ!」
「えへへへ。」
カイルは自由な桜に呆れていたが、いつの間にか桜のペースに巻き込まれ、絆されていた。桜もまた、文句を言いつつも素で接してくれるようになったカイルが大好きになっていたのだった。