かくれんぼ その2
私の弟が行方不明になって三日目の朝になった。
一日目は夜になっても帰ってこない弟を探して私と父は一緒に町中を駆け回り、母はクラスメイトの家や学校、知り合いなど電話をかけ続けた。
弟のクラスメイトによると学校で夏休みの宿題をやっていたことぐらいしか情報は得られなくて、弟の通っている小学校はもちろんのこと、近所の公園、図書館、行きそうな場所は全て探したが見つからない。
二日目の朝4時ごろ、夜明け前だろうが構わず警察にも連絡を入れるが一日だけじゃ動いてくれず、家出ならまだしも誘拐とかされていたらと嫌な考えも出てきて吐き気もする。
学校に行っている場合じゃないと休みの連絡を入れることに両親も納得を得て、二日目も一日中弟を探したが見つからなかった。
仲のいい学校の友達には弟がいなくなった事を伝えると、捜索のビラ作りやSNSで目撃情報がないかと協力してくれて涙が出た。
二日目の夜、SNSの捜索用アカウントの方にダイレクトメッセージが届く。
「はじめまして、夜遅くに失礼します。そのあたりだと〇〇大学が近くにありますよね?人探し、物探しで有名な探偵の方が在学中と噂を聞きました。協力してくれるかは約束できませんが、人探しの方法だけでもお話が伺えるかもしれません。もし、進展がないようでしたら考えてみてください。こんな情報ですみません。」
〇〇大学は確かに近くにあり、私の通う高校からも近い。
そんなことよりも大学生の探偵......?なんとも怪しい内容だが明日になればもう三日目だ。
弟が丸一日以上連絡もなく帰ってきていないことになり、藁にも縋る思いだったのだろう。
私は明日、その大学に向かう事を決めた。
朝からだといるかもわからないので昼頃に〇〇大学へ行くことにした。
九月初めの肌にまとわりつくような暑さと、照り付ける太陽の日差しが夢ではない事を証明している。
ただの悪夢であればどんなに良かったことかと反芻しながら校門の前で水を飲む。
学生たちが行き交う中、校門を潜り抜けて付近にある案内板を確認するが探偵事務所なんて文字はもちろんあるはずもない。
近くを歩く女子学生を呼び止めて聞いてみることにした。
「いきなりすみません。この大学に人探しの特異な探偵がいると聞いたのですが、どこにいるのか知っていませんか?」
ここで首を傾げられたらどうしたものかと考えたが、知りたい情報は簡単に出てきた。
「不条君のことだねそれ。いつもサークル棟一階の4番の部屋にいるよ。でもあの人が依頼を受けるのって稀らしいから期待しないほうがいいかもよ?」
ばいばーいと手を振る女学生にお礼を伝えると案内板に視線を戻す。
居場所はわかったものの受けてくれるかは稀だという部分が気にかかった。
(稀と言われたけど、もともと人探しの仕方を聞きたかったのもあるし行くだけ行ってみよう)
気を取り直してサークル棟というのを探してみると、敷地の中でも端の方にあるようで、私は方角を確認して早速歩き出した。
サークル棟に着き扉をくぐるとすぐ目の前に階段があり、案内板を見ると左の廊下の一番奥が目的地のようだ。
四号室の扉の前に来ると、廊下には窓が無く一番奥だからかやけに暗くて薄気味悪い雰囲気を感じる。
私は意を決してノックをする。
コンコンコン......返事がない。
今は居ないのだろうかと考えながらも強めにもう一度ノックをする。
すると奥でゴトン!と、大きなものが落ちる音がしたので私は心配になり扉を開ける。
部屋の中では白いワイシャツに黒のスウェットパンツの男がソファの前に転がっていた。
「朝の講義が終わったから昼寝にふけってればなんだ騒々しい...」
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「お陰様で目覚めは最悪だが、はっきりと目が覚めたよ。」
男はソファに腰かけると指を指す。
その方向を見ると椅子が置いてあるから座れという意味だろう。
「失礼します。」
椅子に座ると男は足を組み、膝の上に組んだ手を置いて私に笑いかけながら話し始めた。
「とりあえず君はここの学生じゃないよね?」
「はい、私の名前は神原凪といいます。近くの〇〇高校の二年生です。」
「よろしく神原さん。僕の名前は不条漣。お目当ては僕ということで間違いはないかな?」
最初の印象と違いすぎる爽やかさに少し面食らってしまうがコクコクとうなずいて肯定する。
「私の弟が一昨日から行方不明で探しているんです!お金が必要なら払います!今はそこまで手持ちがないけど、必ずお支払いします!」
「とりあえず落ち着いて聞いてほしい。人探し、物探しの探偵と言われているが正直なところ他称でね。僕自身は名乗ったことがないんだ。趣味が高じて気づいたら探偵なんて言われているから、お金もいらないし仕事でやってるわけではない。できれば帰ってもらえると助かるんだが。」
「そんな...!」
「とはいえ人探しと物探しは得意なのは本当だ。まあ、条件はあるんだけどね。」
「条件というと探すのを手伝う条件ってことですか?」
「そう捉えてもらっても構わないかな。まずは詳しい話を聞く前に三つの条件を言っておくよ。」
先ほどまでの笑みは消えて真剣な面持ちの彼に緊張が走る。
「その一、話を聞いて僕が力になれないと判断したら諦めてほしい。その二、もし見つけられても無事を保証はできない。その三、どんな事情があろうとも僕が手伝うのは趣味だ。この条件が飲めるのなら話してくれ。」
趣味というところが何か引っかかるものの、弟が見つかるなら何でもいいと私は話し始めた。
「小学5年の弟の行方が分からなくなりました。家出なんかするようなタイプじゃないし、誘拐だとして身代金とかの連絡もない状態で手がかりがほとんどないんです。弟のクラスメイトに聞くと夏休みの宿題をやるために学校に残っていたってぐらいで、もうどうしたらいいか分からなくて...。」
静かに聞いていた不条さんは口を開いた。
「...弟さんの小学校って◇◇小学校かな?」
「そうです!近所を探し回ってもどこにもいなくて...。」
「だとすると僕が力になれるかもしれないな。」
「本当ですか!?お願いします、弟が心配なんです!」
「そうだね、僕の予想通りなら急がないといけない。早速だけど行こうか。」
「行くってどこに?」
「◇◇小学校さ。」
これが私、神原凪と不条漣の出会いであり、いくつもの悪夢を共に行く始まりとなるのだった。