17
気がつくと、頭と喉から血を流し、芝生の上でグチャグチャになった俺を眺めていた。
――俺が俺を眺めてる?
自分の視線が少しだけ高くなる。
自分が抜け殻になって浮かんでいるようだ。
やっと気がついた。
これが幽体離脱というやつか……
死んだ俺の横で、犬が上を向いて嬉しそうに尻尾を振っていた。
俺はあいつに噛まれてここに落ちたのか?
奴と一緒に落ちたのに、何でぴんぴんしてるんだ?
犬は誰かを見送るように、空中の一点を見つめていた。
犬の視線に目を向けたとき、死んだはずの見覚えのある顔が空いっぱいに浮かんでいた。
――貴様、なんでそこにいる!
罵声を浴びせるたびに、半べそかいてオドオドしていた情けない野郎が、俺を小バカにしたような眼つきで見下ろすと、フッと笑って消えて行った。
自分の身体がどこかに向かって上昇しようとしていた。
だが重いのか、なかなか上がって行かない。
何処からか、黒ローブを纏った男が現れた。
「久しぶりにドブの中で発酵させたような、ゲロみてぇにくせぇ魂を見つけたぞ」
俺の横で、不快そうに鼻をつまんでいた。
「わりと普通のツラしてるんだな……」
意外そうに顔を近づけた。
「それにしても貴様の魂、笑っちまうぐらい、奥の奥まで腐りきってるな。よくそこまで腐らせたもんだな」
「うるせー、誰だか知らんが関係ないだろー」
突然現れた妙な男に怒声を上げた。
「おっと大ありよ。もともとここで死神やってた奴が彷徨い幽霊になっちまって、俺が隣の地区と掛け持ちしてるのよ」
真っ黒なローブの奥で、狡猾そうな目が鋭く光っていた。
「おあつらえ向きが来たってわけよ。こんな腐りきった魂、どうあがいたって天国ロードは昇らんよ」
「俺は天国に行くんだ。人生リセットして生まれ変わるんだ」
「無理だな。貴様は今日から死神だ!」
男が大鎌の先で地面に円を描き、中に唾を吐き捨てた。
唾が染み込むと、底の見えない暗闇がぽっかりと口を開けていた。
「そこは地獄の入口よ。閻魔堂の横に繋がっている。案内役の赤鬼と青鬼がいるから、場所を聞いて、閻魔大王に挨拶してくるんだな」
男がローブを広げると、掃除機のような風が起こり、身体が穴に吸い込まれていく。
「やめてくれー。俺は地獄になんか行きたくねー」
男は容赦なくローブを扇ぐ。
「母ちゃん、助けてくれえぇぇぇ――」
重石のような身体が穴の中にごろりと落ちた。
穴から漏れる僅かな光がみるみる小さくなり、やがて米粒みたいな点となり、何も見えなくなった。