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天国の歩き方  作者: 三田村 保歩
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公務員になったからといって、希望する職種に就けるとは限らない。このあたりは現世の新入社員となんら変わらない。郷原は丸ちゃんにアマテラス様宛の推薦状を書いてもらい、丸ちゃんのサポート要員として指導教官に採用された。丸ちゃんもツネゴンズのマネージャーとの二足の草鞋が限界で、サポート要員の申請を出そうとしていたところだった。

早速、公務員の制服である白装束が支給された。新しい白装束に袖を通し、帯を結ぶと気持ちが高ぶった。初めてスーツを着て、ネクタイを締めた新入社員のころを思い出した。

最初、現世と天国の中間地点にあるプラットフォームのレクチャー担当になった。担当地区はT302、丸ちゃんの担当地区をそのまま受け継いだ。

仕事がはじまると、毎日のように魂がプラットフォームに昇ってきた。色々な魂が昇ってきた。ひとつとして同じものはなかった。みんな現世で様々なことがあり、それが魂の色や大きさ、重さに反映されていた。

プラットフォームにたどり着いた魂に、天国行きのチケットを渡した。あそこに見える白い(ホワイト)地球(アース)がこれから向かう天国だと説明した。不安そうに昇ってきた魂も、それを聞き、初めてホッとした表情になった。

個別のレクチャーでは、自分の経験から、天気の状況、矢が刺さった魂の天国ロードの昇り方など、天国ロードを昇るときの心得を細かくアドバイスした。

会社と違って、年齢も性別も性格も経歴も様々な魂が昇ってきた。それでも、だれかれ問わず、精力的にレクチャーの仕事に取り組んだ。もともと教えることは好きだった。やっぱり性に合っていた。コース選択は正しかったと改めて思った。

評判はすこぶるよかった。みんな郷原のレクチャーを聞いて、これからはじまる天国生活に希望を持って天国ロードを昇っていった。

郷原の仕事ぶりが評価され、一年後、一週間研修の指導教官に昇格した。

最初は丸ちゃんクラスの副担当だったが、ツネゴンズのシーズンがはじまると、丸ちゃんは研修初日に一言挨拶をして、あとは、飲み会用の日本酒とワインを差し入れするぐらいになり、今では研修のほとんどを彼に任せ、ツネゴンズのマネージャーに専念するようになっていた。

郷原はそれがありがたかった。自分のことを全面的に信頼してくれているのだろうと解釈した。だんだん自分の色を出し、熱血教官になっていった。もちろん、パワハラには十分注意して……。


指導教官になって二年が過ぎた頃、丸ちゃんから手紙が届いた。この頃丸ちゃんはツネゴンズのマネージャーとして、試合だ、練習だと毎日のように飛び回っていた。

手紙には『ツネゴンズのファンクラブに入ること』一言だけ書かれており、入会書類が同封されていた。

天国の指導教官になれたのも丸ちゃんのおかげで、このときから二人の間に師弟関係が出来ていた。丸ちゃんの命令に「ノー」はありえず、すぐに入会申込書を返送した。

もっともファンクラブとはいえ、年会費がかかるわけでもなく、たまにツネゴンズの応援に行けば良いだけだ。ただ、他チームのファンクラブに重複して入ったり、こっそり応援なんかしているところが見つかれば、丸ちゃんの回し蹴りぐらいでは済まないだろう。

ツネゴンズのマネージャーがすっかり板についた丸ちゃんは、先日の天国日報のスポーツ欄の特集記事に、名物美人マネージャーとして紹介されていた。現世のころから裏番長的存在の丸ちゃんは、ここでも体育会的上下関係を徹底し、「姉御様」とチームメンバーに恐れられながらも慕われる存在として取り上げられていた。


天国の野球チームは、炎のストッパー津田監督率いる「ツネゴンズ」。国民栄誉賞の鉄人衣笠監督率いる「テツジンズ」、燃える男星野監督率いる「センチャンズ」。ID野球の野村監督率いる「ボヤキーズ」の四チームがあった。

福利厚生の一環として、アマテラス様がお認めになった野球チームの人気は絶大で、変化の乏しい修業の気分転換として、なくてはならない存在になっていた。修行者はそれぞれひいきの球団があり、最近はファンクラブも出来て、球場では応援合戦も繰り広げられていた。

ところで、アマテラス様が野球チームをおつくりになった目的は福利厚生だけではなかった。もう一つの重大な目的がある。地方活性化だ。

地球と同じ大きさと地形の天国には、あちこちに天国の入口が存在するが、地球と同じで人口密度の高い地区と低い地区が存在する。天国にも賑やかな地区があれば、寂しい地区もあり、地方活性化はここでも必要なのだ。

これら四チームは、各チーム年間三十試合、各チームと十試合対戦する総当たり戦を行い、天国リーグ全体で、年間六十試合のペナントレースが組まれていた。このうち半分の三十試合は地方開催で、試合結果や順位は天国日報のスポーツ欄にも掲載されるのだ。地方でも野球人気は高く、修行者の楽しみになっていた。

そんな折、丸ちゃんからまた手紙が届いた。

『こないと半殺し』

やはり一言だけ書かれており、観戦チケットが同封されていた。この年、津田監督率いる「ツネゴンズ」は、星野監督率いる「センチャンズ」と優勝争いを繰り広げ、今週末の七月十二日が優勝決定戦になっていた。場所はH094とあるがよくわからない。天国のざっくりした地図では、現世でいうと、北海道の南西部あたりのようだ。

現世では間違いなくパワハラに該当するこの誘いだが、断るという選択肢はあり得なかった。這ってでも行かねばならない。ただ、指導教官も大事な仕事であり、公務を休んで行くわけにもいかない。あれこれ悩んでいると、立て続けに三通目の手紙が来た。

三年に一度必ず受けなければならない指導教官の免許更新研修を、わざわざツネゴンズの優勝決定戦の日程に合わせ、試合会場近くで受けられるように手配したとのことだった。


郷原は雲っ子に乗って更新研修の会場に向かった。雲っこは天国での移動手段で、公務員が使う便利な乗り物だ。専用笛を鳴らすと、タクシーのようにそこら辺に浮かんでいる雲がやってきて、行き先を告げると、勝手に風が吹き、行きたいところに運んでくれる。

研修会場は、S556とある。現世でいうと札幌あたりのようだ。

三日間の免許更新研修を無事に終え、優勝決定戦の当日、ふたたび雲っこをつかまえてH094の試合会場に移動した。雲っこを降りると、海が見え潮の香りがした。海岸線に穴のあいたドーナツ型の岩が見えた。

――なべつる岩……。

初めて来たはずなのに、鍋の取っ手のような特徴のある岩を見たとき、なぜか名前が浮かんできた。いつどこで見たのか思い出せないが、間違いなくどこかで見た記憶があった。

海岸線のなべつる岩を左に眺めながら、更に五分ほど歩くと球場に着いた。

球場といっても、観客席は木のベンチが五列に並んでいるだけで、両軍ベンチもほったて小屋だ。それでも観客席は地元の人達で一杯で、郷原のチケットはネット裏、最前列の両軍ベンチの様子が良く見える特等席だった。

今年の天国リーグは四チームの戦力が均衡し、稀に見る接戦で最終試合を迎えていた。

ここまで、ツネゴンズとセンチャンズが十五勝十四敗で同率首位。テツジンズとボヤキーズが十四勝十五敗で並び、本日、ツネゴンズ対センチャンズの優勝決定戦が行われるのだ。試合開始前の両軍ベンチには張り詰めた緊張感がみなぎり、観客席では応援合戦が繰り広げられていた。


いよいよ、球場にプレーボールがコールされた。

ボールもグラブもバットも手作りだが、豊富な練習量と元々野球が大好きな連中の集まりで、ファインプレーが随所に見られる好ゲームが進んでいった。

試合は緊迫した投手戦で、ゼロ対ゼロのまま九回表を迎えていた。

この回、津田監督が自らマウンドに立ち、センチャンズの三番から始まるクリーンアップを三者三振に打ち取った。

九回裏のツネゴンズの攻撃は六番からだ。センチャンズのピッチャーは、この回から今年抑えのエースとして成長した甘いマスクの若手ピッチャーだ。一五〇キロを超えると思われるストレートと、落差の大きいフォークボールが武器だ。

先頭バッターは全くタイミングが合わず、三球三振でワンアウト。だれもが延長戦を覚悟したが、七番バッターがフォアボールでしぶとく出塁した。気の抜けた投球を見た星野監督が、鬼の形相で目の前のベンチを蹴飛ばした。あまりの迫力と恐ろしさで若手ピッチャーの顔面が蒼白になった。八番バッターが手堅く送りバントでツーアウト二塁。ここでラストバッター広本(ひろもと)がコールされた。武ちゃんの登場だ。

三塁側、ツネゴンズベンチのど真ん中、メガホン片手の丸ちゃんが、

――ここで打たなかったらぶっ殺すわよ!

ドスを利かせた声で武ちゃんを送り出す。緊張した面持ちでバットに唾を掛け、バッターボックスに立つ武ちゃん。バットをいつもより一握り短く持ち、必死で球に食らいつくが、伸びのあるストレートについていけず、あっという間にツーナッシングと追い込まれた。

――こらー、タケぇ~ 気合入れんか~  

丸ちゃんのメガホンの声が観客席まで届いた。ピッチャーは遊び球を放らず、渾身のストレートを投げてきた。二球ファールで粘った後の第五球、ようやく前に飛んだ打球は、セカンド後方にフラフラと上がり、ライト前にポトリと落ちた。丸ちゃんがメガホンを放り投げ、ベンチを飛び出し腕をぐるぐる回していた。二塁ランナーが迷うことなく三塁を蹴りホームに向かった。クロスプレーだ。

――どっちだ?

球場全体が固唾をのんだとき、一呼吸おいた審判が、セーフ! 

両手を大きく広げてコールした。

試合終了、一対ゼロでツネゴンズの勝利だ。

――ツネゴンズの初優勝だ! 

――やったぞー、よくやったー 

歓喜に包まれる三塁側ツネゴンズのベンチと観客。

そのとき、一塁側センチャンズのベンチから、

――何で今のがセーフなんや。おい、審判! どこ見てるんじゃあこのボケが~

星野監督が三塁側の歓喜のスタンドを凌ぐ怒声でベンチを飛び出した。それを合図に一塁ベンチの全員が飛び出した。飛び出さないと罰金でも課せられるかのように統制がとれていた。現世で星野に刻まれた燃える男の闘魂精神はここ天国でも何ら変わっていなかった。魂の奥の奥まで染みわたり、一度や二度死んでも変わらないのだろう。

それを見た三塁側ベンチから、

――ほしの~こりゃあ~ 試合は終わったんじゃ~~

ものすごい瞬発力で丸ちゃんが星野に向かって突進した。日頃から「姉御様」とチーム内で恐れられている丸ちゃんを筆頭に、三塁ベンチの全メンバーが一斉に球場になだれ込んだ。郷原の目の前で両軍選手が睨み合う。

「審判がセーフと言ってんだからセーフでしょ」

両軍選手の隙間から、星野監督のむなぐらをつかみ上げ、真っ向から詰め寄る丸ちゃんの姿が目に入った。

「何じゃお前は~~。ここは男の世界じゃ~ 女の出る幕じゃね―」

面食らった星野が丸ちゃんの手を振り払った。

「女の出る幕じゃねー? 誰が決めたんじゃ、昭和親父のコンニャロメがー」

啖呵を切った丸ちゃんが、間髪あけず足を高く振り上げ、得意の回し蹴りを星野の横っ面に食らわせた。全く無防備に両手をズボンの後ろポケットに突っ込んでいた星野がよろめいた。

――え? 

球場にいる全員が、目の前の出来事を把握するのに間があった。

――このアマぁ~~ 監督になんてことするんじゃ~~

――姉御お~~ ここはワイどもにお任せくだせぇ~~

両軍入り乱れて、収拾付かない大乱闘がはじまった。もはや試合どころではなかった。とても天国にいるとは思えぬ光景だった。

――おとこほしの~ おんなに負けんな~

――マルチャンいいぞー、もっとやれ~

観客も修行中であることをすっかり忘れ、試合以上の大盛り上がりだ。

やがて、審判の「退場~~」のアナウンスがこだました。

最初にベンチを飛び出した星野監督と、前代未聞の回し蹴りを食らわせた丸ちゃんに、退場と来季一年間の謹慎処分が下された。


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