9
支店長といい、警察といい、ろくでもない野郎ばっかりだ。
――こうなったら、ぼくは徹底的にやるよ!
意を決した吉田は、その晩、郷原課長の推薦で課長に昇進した、伊藤と佐々木の家に向かった。
熟睡している伊藤の枕元に立った。丸の内さんの研修を思い出した。確か、夢の中に現れて、念を送ってメッセージを伝える方法があると言っていた。詳しいやり方は、丸の内さんも分からないようだった。
試しに忍者が忍術をかける場面を思い出し、人差し指を胸の前で合わせ、子供がふざけて浣腸をやるときのようなポーズを取りながら、伊藤、伊藤―、伊藤――、と心の中で呼びかけた。
寝ている伊藤がうなされ出した。
上手くいったようだ。吉田は伊藤の頭上に漂うと、
「貴様あ~、誰のおかげで課長になったんじゃあ~~。ろくでもない支店長の言いなりになりやがって~~。本当に郷原課長からパワハラ受けたと思ってるんかあ~~。支店長に無理に言わされたと正直に言うのじゃ~~。それと、俺の妻が日記を持っている。課長の無実を証明するものじゃ~~。そのことを、本社の人事部に直接言うのじゃ~~。もし言わなかったら、貴様こうなるのじゃあぁぁぁ……」
死神姿の吉田がローブを翻し、大鎌を両手で高く振り上げ、脳天めがけて降り下ろした。
「うぎゃあ~~~」
何かに取り付かれたような悲鳴に伊藤の妻が隣のベッドで飛び起きた。
「どうしたの?」
汗びっしょりの伊藤が、肩でハアハア息をしていた。
「悪い夢を見た。今日、ちょっと本社に行ってくる」
ヨタヨタと起き上がり、真っ青の顔のまま本社に向かった。
本社の人事部に行くと、応接室のソファーに頭を抱えた佐々木がいた。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっとな……」
「もしかして、郷原課長のことか?」
「よ、よくわかったな……。昨晩吉田が夢の中に現れた。奴は死神になっていた……」
吉田は同じことを佐々木にもやったのだ。
「俺のところにも来た。あのおとなしい吉田がマジで怒ってた。殺されるかと思った……」
「人事部に本当のことを話せと言われたよ。俺は、出世に目がくらんで、課長を売ってしまったんだ。あんなに世話になって、課長に推薦してくれたのに……。厳しい言葉もあったけど、あれをパワハラと思ったことなんか一度もなかったよ」
「支店長から無理なこと言われたときなんか、真っ先に助けてくれたんだ。なのに俺は……」
二人はテーブルに両手を叩きつけ泣き崩れた。人事部長が入ってきたことも気づいていなかった。二人は部長に全てを打ち明けた。支店長が人事権をちらつかせ、郷原課長のパワハラ行為を捏造していたこと。この事実を口外しないよう、口裏合わせを強要していたことを。
彼らの告発を重く見た人事部は、会社の弁護士を立て、正式に郷原課長の無実を訴えた。吉田の妻に連絡し、新たな証拠の日記を弁護士に提出した。支店長は、改めて警察の捜査を受けることになった。警察のいい加減な捜査にマスコミが飛びつき社会問題になった。誤解が解けた郷原は、手のひらを返したかのように、部下思いの熱血課長として新聞や雑誌で紹介された。
――ちゃんとやれば、ちゃんとなる。
吉田はホッとした。
だが、それもつかの間のことだった。閻魔から呼び出しがかかったのだ。
閻魔堂に行くと、閻魔大王が烈火の如く激怒していた。
「貴様は誰じゃー。いつの間に死神になったんじゃ~」
閻魔大王の恐ろしさに、ただただ震えていた。
「貴様のテリトリーは、郷原とかいうパワハラ男の死神がいたはずじゃ。奴はどこに行ったんじゃ~」
口から真っ赤な炎を吐き出した。
「やつには、一週間で十人を地獄に落とすノルマを課しておいたんじゃ。それを無視して、とんずらこいたのか。ワシも甘く見られたもんじゃ。この落とし前は、きっちりと貴様につけてもらう。あと三日じゃ。三日以内に十人地獄に落とさなかったら、貴様が代りに釜茹でじゃ~」