第8話 シュン、家を追い出される。視点、シュン
俺は今、シュエリーさんによって閉じかけた瞼がぱっちりと開くほど眠気を飛ばされる状況に置かれていた。
どうにかしてシュエリーさんに絡んだものを解けたけど、まだあの匂いや感触を身体が覚えている。
おっと、鼻血。
「いきなりどうしたのシュエリーさん? 話があるなら明日の朝でも」
それでも引く気がないのか、シュエリーさんの顔は真剣そのものだった。
「わかった、ここだとあの子たちが起きちゃうから」
そう言うとこくりと頷き、俺の後をついてきた。
外に出ると暗がりなので少しつまづいた。
「光のマナよ集え、フラッシュ」
シュエリーさんは杖の先に光を灯し、丁度2人の歩く範囲を明るくした。
すごいなぁ、光と水、そして風の魔法を使えるなんて。
1つの属性でも、血統ではない限り並みの努力では魔法と呼べるレベルものは発動できない。
村人出身とあの男たちに馬鹿にされていたが、彼女の才能は勇者族の魔法使いにも引けを取らないと思う。
「ちょっと、どこまで歩くのよ。もういいでしょ、じゃなかった。もういいでございましょう、シュン様」
「あ、ごめん。てかシュン様? なんか最初の対応と違うような、まぁいいや。それで、話があるんでしょ?」
そういうとシュエリーさんは手のひらをすり合わせて、口角を限界まで吊り上げながら話し始めた。
「話というのは〜、パーティーになってくれませんか? ってことです」
「あ〜、そういうば最初に会った時もそんな話してたね」
「はい〜、ニコ!」
シュエリーさんは慣れてないのか、吊り上げた頬を下ろさないために両手で無理矢理それを維持した。
「と、いっても最初に会った時も言ったけど君レベルとじゃ俺は釣り合わないよ」
あ、やべまたこの言い方したら語弊が生まれかねない。
案の定一瞬、シュエリーさんは眉を細めたがすぐに元に戻した。
「でも〜、シュン様も見ていたと思うのですが〜、私も結構強いってところ、わかりましたよね〜」
「あ〜、君がというか俺が、多分君の足でまといになるってことだよ。俺、勇者パーティーじゃMP回復と雑用しかしていなかったんだ。
だから、君が思うような強い仲間にはなれないんだ。どう、わかってくれた?」
よし、多分この言い方なら100%誤解が解けただろう。
シュエリーさんには恩があるから、返したい思いはある。
だけれど、パーティーになったらまた足手まといと言われてしまう。
お互いのためにも、俺はここで身を引くんだ。
彼女は納得したのか顔を俯けてしばらく黙り込んだ。
「本当に勘違いさせちゃってごめんね。でも恩はちゃんと返すからさ。
そうだ! 俺も貴族の端くれだし、従兄弟とかに頼んでパーティーに入れてくれないか頼んであげるよ。
だからさ、もう遅いし帰ろ?」
「......っぱ嫌い」
「えっ?」
「あんた達貴族なんて大嫌いって言ったのよ!!! この馬鹿〜!!!!!」
傾けた耳にノイズモンキー(音で攻撃してくる猿型のモンスター)の雄叫びを浴びたような音が響いた。
あと少しで鼓膜が破れるところだ。
俺はビクビクしながらもシュエリーさんの方をゆっくりと見上げた。
「どうして、どうして嘘つくのよ。やっぱりあなたも村人出身の私のこと、見下してるのね」
怒ったかと思えば今度は泣き始めた。
本当に意味がわからない。
でも女の子を泣かせたままにするのは気分が悪い。
「あ〜、泣き止んでくれよシュエリーさん。本当に俺は弱いんだ君より、まぁ正確には発動するとあまりに威力が高いから魔法を使えないんだよ」
そう言いながら彼女の肩に手を置くと、すぐに追い払われた。
そして今度はむすっと頬を膨らませた。
やばい、またあの大声で叫ばれる。
思わず耳と目を塞いだ俺だが、何も起きなかった。
数秒して目を開けると、シュエリーさんは家の方角に歩き出していた。
「ちょっとシュエリーさん、俺魔法使えないからこんな暗闇で外歩けないんだって! 待ってよ」
「ついてこないで! もうあなたは家に入れないわ! だからこっち来ないで! 犯されたって叫ぶわよ!」
「そんなぁ、無茶苦茶だよ!」
話があるって外に呼び出して、こんな夜中に追い出されるなんて。
なんて、わがままというか自分勝手なんだあの娘。
俺が呆然としながら数分そこに立ち尽くしていると、近くにローブを着た何者かが現れた。
「なんですか? ジロジロこちらを見て」
俺は思わず声をかけた。
人が夜中に迷子になって立ち尽くしているのがそんなに面白いのかこの人。
「あなた、追わなくて良いのですか? 彼女はきっとあなたのことを待っているはずですよ」
なんか聞き覚えがある声、それにこのローブの人の背丈シュエリーさんと同じような?
「君もしかしてシュエ......」
「じゃあねぇ〜おほほ! 絶対にあの子を追いかけて、パーティーに入れてと頼み込むのですよ〜」
やっぱりシュエリーさんじゃないか!
俺をパーティーに入れようとわざと芝居したのかもしかして?
ローブの子に手を伸ばすが、ひらりと避けられた。
「待て! シュエリーさんだろ絶対!」
「違いますよー、早くあの子を追いかけてパーティーに入りなさい! おほほ」
パーティーに入るかは置いといて、今度あのシュエリーさんから離れれば野宿確定だ。
俺は死に物狂いでローブ姿の彼女を追いかけた。
「ちょっと、私じゃなくシュエリーを追いかけなさいよ!」
「いや君がシュエリーでしょ! さっきも言ったけど、俺魔法本当に発動できないんだって! このまま君に逃げられたら困るんだよ!」
「また嘘つくのねあなた!」
「やっぱりシュエリーさんじゃないか!」
「そうよ、シュエリーよ! ていうかなんでフラッシュを使って帰らないのよ! こっち追いかけないで泣いている女の子を追うのが男ってものでしょ!」
くそぉ!
なんで嘘じゃないってわかってくれないんだ。
俺とシュエリーの追走劇は彼女の家にたどり着くまで続いた。
「はぁ、はぁやっと着いた」
「あなた、本当に馬鹿ね。
魔法を使えばすぐに私ぐらい捕まえられたのに。
というか捕まえなくても自分の家に帰ればいいのに。
もしかしてパーティーにはならないけどかわいい私に惚れたから、彼女になるならとか言い出すんじゃないでしょうね?」
シュエリーさんは汗を垂らしながらこちらを睨む。
「おらぁ! さっさと居場所教えろガキぃ!!!」
俺が息を整えてシュエリーに応えようとしたその瞬間であった。
シュエリーさんの家の中から男の荒々しい声が鳴り響いた。
「ミエリー! エミリー!」
彼女が鬼気迫る顔で扉を開けると、中には3人の男たちが双子を取り囲んでいた。