第34話 カリナ、遠い日の記憶が蘇る。視点、カリナ
「待て! 私と戦え!」
私が彼らの背に叫びかけても、意味がなかった。
代わりに後ろのゴブリンキングが命を刈り取りに来る。
巨体の割りにスピードがあると言われるゴブリンキングだが、矢のせいか魔法石の力を使わずとも回避できる。
モンスターごときに殺されたいわけではない。
お前が邪魔をしなければ、私は償うように死ねた。
「許さない」
私はローブを脱ぎ捨て、腰の双剣を抜く。
こちらに咆哮を浴びせながら突進してくる化け物。
いくらスピードがあろうと単純な動きしかできないなら...。
「グルァアアア!!!」
ギリギリで避けて、ただこいつの体重に任せて刃を向ける。
それだけで、こちらから切り込むより肉を深く絶てる。
私はゴブリンキングの懐に入り、振り落としてきた右腕を胴体から切り離した。
膝を着き、苦しむ巨体に私は止めを入れるため剣を突き立てた。
最後に耳をつんざくほどの奇声を発したが、刃が首に到達すると沈黙した。
これでようやく、静かになったな。
私が暗殺に失敗した今、洞窟の入り口は塞がれているだろう。
となれば、シュエリーたちの逃げた先を追ってもまだ間に合う。
だが、見つけたとしてどうするんだ?
また倒してもらうために攻撃するのか?
いや、本当は許してもらえるんじゃないかという甘い気持ちも混じっている。
まったく、殺し過ぎて私の思考回路は壊れてしまったようだな。
どちらにしても虫がいい話だ。
私は自分が生きるために今まで何人も命を奪ってきた。
悪人だろうと善人だろうと関係なく。
ここまでして生きながらえる価値が私にあるとは、自分でも思えない。
だが、助けてくれた祖母の言葉が私を生へ執着させていた。
—数年前—
私たちダークエルフの村里は、辺境の山奥にあった。
豊かな自然、鳥の囀り、家族のような共同体。
その全てがゆったりとした時を作り、満たされた日々を私に与えてくれていた。
しかし、川の流れを塞ぎ止めれば水はたちまち干からびるように、一瞬にして私の日常は崩壊した。
翼竜のブレスによって、森は焼け野原と成り果てたのだ。
魔法石で身体能力を高められるとはいえ、周囲を炎で覆われれば逃げることはできない。
だが私と家族はまだ燃え広がっていない方向を見つけ、避難を試みた。
年老いた祖母は苦渋の決断の末、置いてこうと父と母はいう。
私は反対し、村へ引き返した。
村は煙が他以上に酷く、視界も呼吸も腕で覆っても防ぎきれない。
それでも私は祖母を探した。
「お婆ちゃん!」
血眼になって探していると、ようやく祖母の顔が視界に入る。
「待ってて、今助けるから!」
祖母の身体は、崩れ落ちた木材の下敷きとなっていた。
呼吸は微かにしているが、早く助けなければ危険だ。
しかし、木材は持ち上げられなかった。
魔法石を埋め込んだ身体、普通ならこの程度の木材の量なら簡単にどかせる。
でも出来なかった。
私は今まで、怒鳴られても訓練をしてこなかったからだ。
ずっとこの村に居れれば、力なんて必要ない。
その考えが、祖母の命を繋ぎ止めることをできなくした。
手をこまねいていると、下敷きとなっている祖母が声をかけた。
「もういいカリナ。私を置いて逃げなさい」
「でも! それじゃあお婆ちゃんが!」
必死の私に、祖母は首を振った。
「私は死ぬ。だけれど、カリナに言葉を授ける。
その言葉を思い出せば、いつだってお婆ちゃんはお前に会いに行くさ」
「嫌だ! 聞きたくない!」
聞いたら祖母は消えてしまう。
そう悟った私は耳を塞いだ。
だが、今聞かなければ祖母の声を忘れてしまうかもしれない。
助けたいと思いつつも、無理なことに気付いてる。
私は拒否したものの、手に隙間を作った。
「これから先、お前は辛い人生を歩むだろう。
孤独で、明日も生きれるかわからないほどのな。
だが、それでも希望を捨ててはいけない。
大変な人生でも生きていれさえすればきっと、一度はチャンスが来るもんだ」
「チャンスって何の?」
「それはお前のために命も顧みない、大切な仲間との出会いだ。
いつかそんな仲間と出会えたと思えたなら、大事にしなさい。
いいな、カリナ」
それから間も無く、祖母は目を閉じた。
私は祖母から離れることができず、その場で悲しみに暮れた。
煙によって呼吸がだんだん苦しくなってきたその時、イヴァンが現れた。
イヴァンは翼竜を追い払うと、連れていた魔法使いたちに火消しを行わせる。
「ほう、ここはダークエルフの村があったのだな。
運が悪い者たちだ…ん? 小娘、まだ生きているな。
どうだ? 私の奴隷となるなら生活を保証してやるが」
—現在—
「お婆ちゃん、私は…」
私が魔法石に指を触れたその時だった。
「グルァァア!」
聞き覚えのある咆哮が辺りに残響する。
また一体、こちらに来ているみたいだな。
「「「「グルァァア!」」」」
「…なっ!?」
どうやら、あいつの最後の奇声は仲間を呼ぶものだったらしい。
数え切れないほどのゴブリンキングが押し寄せていた。
「ふっ、仲間のためか」
いいだろう、お前らと刺し違えるのも悪くない。
私は腰の鞘を外し、双剣を強く握りしめた。




