第30話 カリナの揺らぎ。視点、カリナ
私は裸のまま、屋敷の外のある木の下に到着した。
風呂場の窓から、イヴァンの使者が合図を送っていたからだ。
恐らく監視対象の報告と、何か追加の命を下すためのもの。
「カリナ、これをやるから服を着ろ」
使者に渡された長い布を身体に巻き付ける。
「よし、報告を頼む」
「はい」
私は監視対象の戦闘能力や性格、家柄などを事細かに説明をした。
「報告は以上です」
「うむ。それでは、こちらもイヴァン様の命を渡す。これを読み、臨機応変に実行しろ」
使者から渡された紙を開くと、そこには暗殺の詳細な計画が書かれていた。
これでようやく任務の終了目途が経ったな。
◆◇◆◇◆
後日、私はギルドの集会所で暗殺対象の2人を探した。
「シュエリーさんとシュンさんちょっとよろしいでしょうか?」
私が声を掛けると、顔をしかめたシュエリーが猛ダッシュで近寄ってくる。
「あ! カリナさん! 昨日はなんで急に飛び出してったの?」
「急用を思い出しまして、すいません」
「そ、そう。それなら仕方ないのかしら? でも心配になるからちゃんと声かけてね」
「はい」
心配しなきゃいけないのは自分の命だろうに。
まぁ、気づかずに死んでいくのだから無理もないが。
「カリナさんはいこれ」
シュンは突然、私の手に紙袋を置いた。
「なんですかこれ?」
袋を開けるとクッキーが数枚入っている。
「カリナさんの分残してたんだ。よかったら食べて?」
ふん、面白い。
死にゆく者の最後の料理、こいつの作る味は2度と誰も口にすることはなくなる。
私が食べて覚えておいてやるか。
無言で私はそれを口に運んだ。
ん? なんだこれは。
砂糖は控えめだが、黄身の濃厚な甘さが口全体に広がる。
あぁ、これを牛乳で流し込めばさらに…。
「どう?」
ハッ!
いかん、気をしっかり持つのだ私。
これからこいつらを死に追いやる計画を実行するのだぞ?
「うまかったです」
私は無表情で限りなく感情を抑えて答えた。
これ以上、彼らに深入りしては危険だ。
距離をしっかりとらねば、いくら私といえど殺しを躊躇う可能性がある。
「そっか、俺の腕もまだまだか。
シュエリーさんは気に入ってくれたんだけど」
「ふふん。シュンは何もわかってないのね。
カリナさんは耳でお返事するのよ。ほらピコンって」
しまった、気が緩んで耳が反応していたか。
くそ、この女に完璧に感情を読まれているとは。
「本当だ! 喜んでるみたいで可愛いね、シュエリーさん」
「そうね、カリナさんって意外と天真爛漫で面白いわよね。ふふっ」
こいつらはなぜ私の耳を可愛いと言うのだろうか?
いつもなら気持ち悪がられるはずなのだが。
きっと馬鹿にされてるに違いない。
「気持ち悪く無いのですか? 私の耳」
本心を聞き出してやる。
「「ぜんぜん」」
「な、なんでそんなこと。私、今まで…」
「見る目がないのよそいつらは。
私はセンスがあるからほら、わかるのよ。ね、シュン」
「え? あ、うん」
「何よその空返事はシュン!」
私を差し置き、シュエリーはシュンに文句を垂れ始めた。
あぁ、この人たちと話せば話すほどどんどん剣が鈍るような、そんな気がしてきた。
早めに、これ以上深入りしないために、計画を進めなければ。
「お二人とも聞いてください。
実は今日は話があって、イヴァン様直々にお2人に行っていただきたいクエストがあるんです」
そう話すと2人は顔を見合わせ、同時にこちらを向いた。
「直々、嘘でしょ? Fランクと村人冒険者の私たちにそんな」
「うん、こんなチャンス滅多にないよシュエリーさん」
「では、詳しい話はあちらの部屋でしましょう。どうぞ」
「「はい!!!」」
落ち着け私、殺すのが使命だ。
これ以上感情を揺らしてはいけない。
淡々と、そして冷静にこいつらを村を破壊したあの竜だと思えば。
そうだ、こいつらは私から全てを奪った。
だから殺す、情などいらん。




