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第29話 シュン、昔を思い出す。視点、シュン

 俺は厨房でクッキーを作っている。

2人が風呂から上がってくる前に、菓子を調理しなければならない。

ハナイにやってもらうこともできるけど、彼女は使用人1人で他にも色んな家事をやっている。

迷惑はかけたくないからクッキーぐらいは1人でやらなきゃな。


「よし、完成!」


 使い古して黒い焦げがこびりついたオーブンの中から、甘い蒸気が厨房に広がる。

その匂いに釣られたのか先ほど反省させられた2匹の虫が訪れた。


「あらまぁシュンちゃん! クッキー焼いたのぉ?」


 親父の腕に、ほぼ毎日くっついているお袋がこちらに来る。

親父もお袋に連れられながらも、関心があるのか足取りは引きずられてない。


「一口味見してあげるよぉ」


 親父とお袋がクッキーに手を出そうとするが、俺はそれを防いだ。


「ダメ! これは3人で食べるクッキーなんだから」


 そういうと浮かない顔をして、こちらをじーっと見つめてきた。


「シュン、私たちだって菓子なんてそうそう口にできないのよぉ。それなのに貴重な砂糖と小麦粉使ってぇ、ひどいぃ」


 う、一理ある。

俺は仕方なく無言で2人の口にクッキーを突っ込んだ。


「ん~美味しい! 久しぶりの甘味! これは麻薬に匹敵するわぁ」


 お袋は頬に手をついてとろけた顔をし、しばらくうっとりしていた。


「え? 麻薬食べたことあるの?」


「ないわよ。真面目なこといわないでよ」


 好奇心の旺盛なお袋のことだから、あり得なくもないと思ってしまった。

親父もこちらにグッジョブと親指を立てていい反応をしている。

まあ数が減ったのは仕方ないけど、美味しくできたのがわかったのは幸いだな。


「ねぇシュンちゃん、もう一個ちょうだーい」


「ダメ!」


 語気を強めても手を伸ばしてくるので、2人を厨房から力づくで追い出す。


「けちー」


 お袋は恨めしそうにこちらを見るが、親父がそれを何とか抑えた。


「こらこら、シュンはこれからクッキーに媚薬を仕込むんだから邪魔しちゃいかんぞハニー」


「あ、そうだったぁ。ごめんねぇ、私たちもこっちでやってるからバイバイシュンちゃん」


「そんなことするわけねぇだろバカ親共! 誰かに聞かれてたらまた誤解されんだろうが」


 俺が声を張り上げて言い返すが、2人は自分たちの世界に入り込んでおり、もう時すでに遅しであった。

本当によぅ、変な意識しちゃうからやめてくれよ。


「どうされましたか、シュン坊ちゃま?」


 背後からいきなり声を掛けられた俺は、背筋をビクっとさせながら振り向く。


「ハナイさんか危ねぇ。

はー、心臓止まるかと思った。

またシュエリーさんに聞かれたら大変な目に」


 話半分にハナイは鼻をスンスンと嗅ぎ、厨房に目を向けていた。

やばい、この流れはまた...。


「クッキーですか、味見をしてもいいですか?」


「うぅ、どうぞ」


 ハナイには冒険者になる前、家事全般を教わったから無下にはできない。

彼女に雑事を聞いていなければ、俺はパーティーで雑用もできない本当の無能になっていたからな。

正直感謝してもしきれない。

だが、クッキーがまた減るのは悲しい。


「あら美味しい。腕を上げましたねシュン坊ちゃま」


「え、そうかな。あはは」


 なんだろう、悲しさもありながら嬉しくもあるこの感情。

思い返せば、最初は自分で作っておきながら食べれなかった料理をいつもハナイさんが...。

食べ終えたハナイは窓ガラスの奥に映る満月を眺め、一呼吸置いて話始める。


「本当に立派になられましたね、シュン坊ちゃま。旦那様方もきっと安心していると思います」


「親父たちがねぇ、いつも通りずっと2人の世界入ってイチャイチャしているだけな気がするけど」


「まぁ普段の行いは目に余る所もありますが、領主としてはとても立派で頼りになりますよ」


 領主として立派? あんな親父のどこが頼りになるんだろうか?

内心そう思いながらもハナイが可愛そうになると考え、俺は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


「シュン坊ちゃまが物心をついて間もないころだったでしょうか。

その時から国の税が急に重くなり、民は苦しんでいました」


 あーたしか、飯が質素になりだしたのそんぐらいの時か。

...そうだ、思い出した。

ハナイの昔話から忘れていた目標が記憶から蘇った俺は、その後の話を後悔しながら聞いた。

親父は畑の収穫をすべて民に与え、代わりに自分の財を国に徴収させていたんだ。

民が喜ぶならと段々、俺らの暮らしも貧しくなっていった。


 他の貴族はそんな父の姿を見て笑っていた。

貴族のくせに使い古した一着しか持っていないのかと。

魔法を使えない貴族のまがいものは、そんなみっともないことしか取り柄がないのかと。

俺らの暮らしが貧しくなったのは、他の貴族が民の心配などせず、贅沢な生活を続けたからだというのに。

それでも親父は笑っていた。


「いいかシュン。貴族も民も同じ人間だ。

困っていたら助け合わなきゃいかんぞ。ガハハ」


 思い出した記憶というのは、親父にそう笑いながら頭を掻きまわされた時のことだ。

俺はその時、冒険者になろうと決意した。

冒険者になって、俺の家が他の貴族より凄いということを見せつけたかった。

だけど、冒険者になってから自分が他の奴より使えない奴だと泣き続けていつしか忘れてしまった。


「ということがあって大変立派な方なんです。

ですが、最近の下品なふるまいは目に余るどころじゃないんですけどねぇ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ」


「ハナイさん、俺頑張るよ!」


「え、急にどうなさいました?」


 なんで俺こんな消極的な性格になっちゃたんだろう。

魔法が使えないからってこんな状態じゃいつまでたってもダメだろ。


「カリナさん!!!」


 奮起してやる気になっていると、突然屋敷中にシュエリーさんの声が鳴り響いた。

思えば、彼女が酒場でいってくれた言葉(あなたはそうやってFランクとか馬鹿にされても...)がずっと引っかかって、記憶が蘇ったのかもしれないな。


◆◇◆◇◆


 そんなことを考えつつ、俺はシュエリーのいる風呂場へ駆けつける。


「大丈夫シュエリーさん、て裸!?」


 駆け付けると、ストレートな金髪になったシュエリーさんがいた。

いつもは後ろに結っていたけど、髪を下すと印象が変わって大人びた顔に見える。

それに首から下も小さいけど魅力的...いかん見ちゃダメだ。


「カリナさんが裸のまま急に飛び出し...てシュン! あなた何ジロジロ見てんのよ! ブラスト!」


 理不尽な彼女の風の魔法は、俺の頭に直撃する。


「この変態!」


 親父、これからはシュエリーさんの理不尽も頑張って乗り越えて見せるぜ。

そう思いながら俺は鼻血を垂らしながら仰向けに倒れ込んだ。

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