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1~はじめてのいせかい~

 何も無い、と形容すればいいのか。

 実際に体験した事は無いが、まるで無重力空間にでもいる様に、上下左右の感覚が薄れていく、まさかこんな形で敗けるなんて、そう思いながら自嘲する。

 敗けたのだと心に刻みゆっくりと目を閉じた。

 

(四葉ちゃん泣いてるかな……守るって言ったんだけどな……)

 

 意識が徐々に徐々に薄れていくのを感じる、生すら諦めかけた瞬間、突然ズシリと重力を感じた。

 

「――者様、勇者様」

 

 言葉が聞こえる。

 聞いた事の無い言葉の筈だが何故か理解する事が出来る。

 

「勇者様、大丈夫ですか?」

 

 自分を呼んでいるのだと気付く、勇者では無いがその言葉は間違いなく自分個人に向けられている物だった。

 その言葉に反応する様に目を開き、辺りを見渡した。

 神殿、と呼ぶ様な内装の20メートル程の円形の空間、声のした方を向くと自分の位置から5メートル程離れた所にいるこれぞお姫様と呼ぶべき肩甲骨にかかる程の紅蓮の髪を自然に流し、少しキツめの眼に控えめの胸ながらスレンダーで160ちょっとありそうな身長をした可憐な少女、周りを囲む様に甲冑に身を包み帯剣した十人の、恐らくこのお姫様を守る為の騎士たち、そして、2メートル程離れた位置にいる制服を着てる事から中学生か高校生と思われる三人、男が一人に女が二人だった。

 この状況、レイは即座に理解する。

 今でこそ其方側の存在になったものの、日々夢想し憧れを抱いてた物、所謂異世界転移、状況を考えるにその中でも勇者召喚と呼ばれる物だと

 

「あの、勇者様?」

「あー、多分俺は勇者ではありません。」

「はい?」

 

 巻き込まれ、と言っていいのかすら怪しい状況、恐らくスプラヌスの策は異次元の狭間に閉じ込めるというので間違い無いだろう。

 歪みに呑み込まれてから直ぐにこの場に来なかったのがその証拠だ。

 だがレイが歪みに呑み込まれた直後に勇者召喚が行われ、引っ張られる様な形でこの世界へと召喚された、というのがレイの推論である。

 

「はぁ……よく分かりませんが話を続けさせて頂きます。」

 

 お姫様は言葉を続ける。

 

「とは言え、恐らく皆様方には勇者召喚(・・・・)と言えば現在の状況をある程度理解して頂けるのではないでしょうか。」

 

 その言葉に反応したのはレイから少し離れた位置にいる男、では無く女の一人、眼鏡を掛け三つ編みにした図書委員と渾名を付けられそうな恐らく身長は160までは無いだろうと思われる女、そんな図書委員と呼ばれそうな女の髪は金髪で瞳はエメラルドグリーンだった。

 

「勇者召喚!聞きました!?(まどか)(れい)!あー!やっぱり日本に来てよかったです!」

 

 見た目に反してその発言はとてもアグレッシブな物で、れい(・・)と言われ一瞬反応しそうになったが、恐らく男の名前が礼なのだろう。

 

「興奮するのは分かるけど落ち着いてニーナちゃん、素が出ちゃってて礼が唖然としてる。」

「おっとと、これは失敬」

 

 そんな様子に普段は見た目通りの猫を被っていて、礼という男はニーナと呼ばれる少女の素を知らなかったのだろうなと思い、つい吹き出してしまう。

 

「おー?お兄さん今笑いましたね、笑う門には福来るですよ!」

 

 ニーナがレイへと近付きながら言ってくる。

 レイは一目惚れの如くニーナを一発で気に入った。

 そんなニーナに対して悪戯心が芽生える。

 先程の様子を見る限りニーナはオタク、しかも割と重度な。

 でなければこんな状況簡単には受け入れられない。

 だからだろう、こんな状況なのだからいいだろうと元の世界では隠すべき力を使う。

 スカートが捲れない様に気を付けてニーナの身体に風を纏わせ、そして一気に空中へ飛ばす、その後ゆっくりと高度を下げ自分の目線に合わせ滞空させて自己紹介をする。

 

「俺は……佑、黒咲佑だ、よろしくな。」

「おおー!初めまして佑お兄さん、私はニーナ・レベジェフ、ロシアからの留学生でピチピチの15歳の高校一年生ですよ!」

 

 突如として空中へと舞上げられたというのに気にした風もなく自己紹介を返すニーナ、中学生か高校生何方かだとは思っていたが、どうやら高校生らしい。

 レイは男の名前が礼なので仕方無く本名である黒咲佑を名乗る。

 仕方無く本名を名乗ると言うのもおかしな話ではあるが。

 ニーナ自身は気にした様子を見せないもののそれに驚くのは周り、礼と円は唖然とし、騎士たちはレイ囲んだ。

 

「おっと、これは良くないですね、佑お兄さん降ろしてくれます?」

「ん?ああ、ちょっと悪巫山戯が過ぎたな。」

 

 自分たちの世界の危機を勇者召喚なんてものに頼る時点でこの騎士たちの強さは高が知れてる。

 だがレイとしては別に侵略しに来た訳でも無く、ただ巻き込まれた身なのでニーナを降ろし両手を上げた。

 

「落ち着いて下さい!佑……さんでしたね、自分は勇者では無いと仰ってましたが今の力はなんなのですか。」

「生来、とまでは言わないが今のは元々持ち合わせた力だ。

 そして貴女方の期待する勇者では無いのは100パーセント間違いない。」

「そうですか、分かりました。

 確認すれば直ぐに分かる事です。」

 

 お姫様は騎士を下げさせ確認すれば、と言った事の説明を始める。

 

「それでは勇者様方、ステータスと念じてみて下さい。」

 

 ニーナからステータス、と言葉が聞こえて来る。

 念じればいいのにも関わらず。

 ニーナはそのステータス、目の前に半透明なゲーム画面のステータスウィンドウの様な物が現れ、それを見てえらく興奮してる様子だった。

 どうやらそのステータスウィンドウは現れると他人からも見れるらしい。

 そんなニーナの姿に癒されつつも、自分もとステータスと念じる。

 するとあまりにも長く自分を中心に螺旋状にステータスウィンドウが現れる。

 流石にこれは予想外だった為苦笑を禁じ得なかった。

 

「おー!佑お兄さんすごいすごい!」

 

 元々近くにいたニーナはある程度見て満足したのか自分のステータスウィンドウを消して、レイのステータスウィンドウを見てぴょんぴょん跳ねて興奮している様だったが、礼と円は自分自身のステータスウィンドウと見比べ、それ以外のお姫様や騎士は目を見開いてレイを凝視していた。

 そんな周りの様子を気にするでも無く自分のステータスウィンドウを眺める。

 そしてある一点で眼が止まり、お姫様に声を掛けた。

 

「お姫様、これを見て下さい。」

「え?あ、はい……え、本当に勇者様じゃない……?」

 

 称号と書かれた欄、そこだけでも色々と書かれていたしツッコミどころも多かったが、その中の一つを指差してお姫様に見せる。

 

「『巻き込まれし者』だし、俺の称号に『勇者』なんて物は無い、納得してくれたかお姫様」

 

 後でゆっくり見ればいいとお姫様が確認したのを確認してステータスウィンドウを消す。

 

「確かに……その称号は勇者召喚に巻き込まれた勇者様では無い方に付与される称号……ですが同時に希望でもあります。」

「うん?え、なんて?」

 

 希望と言われ流石に首を傾げる。

 確かにレイの知識、創作物の知識ではあるが巻き込まれた奴は大体チートだというのは相場で決まっている。

 だがそういうタイプの奴は大体が暗躍するもの、お姫様の口から希望なんて言葉が出てきたのは完全に予想外だった。

 

「『巻き込まれし者』の称号を持つ方は確かにその殆どが一般の方で真面に戦える方はいません、ですが時に例外の方もいるのです。

 その方は勇者様を遥かに凌駕する力を身に付け、表舞台には出て来ないものの時に勇者様と敵対し、時に勇者様を導く、そんな方が極々希に存在するのです。」

 

 まさかの王道殺し、チート物を王道と言っていいのかは賛否が分かれるが。

 そもそもそんな巻き込まれチート野郎が出てくる場合は勇者様では無く勇者(笑)と決まっている。

 しかし、今のところ礼にそんな様子は無い。

 自分の知識が通用しない可能性が出てきて僅かながら焦る。

 レイの能力を持ってすれば生き残るのは容易だろうが、問題は自分の考えるテンプレが存在しない可能性だった。

 この男、異世界に来ても余裕である。

 

「んで、勇者では無い俺はどうすればいいお姫……ところでお姫様のお名前を伺っても?」

「失礼しました、申し遅れました。

 わたくしはこの世界リアーズのファイブレイ大陸に属する五カ国が一国、シャンデラ王国の第二王女、カテリーナ・ファイ・シャンデラと申します、以後お見知り置きを」

 

 お姫様、カテリーナは流石は一国の姫と言うべき美しいカーテシーをして堂々と名乗った。

 

(ファイブレイ(・・)大陸ね、俺はレイって二文字に好かれてんのかね。目の前の男子高校生も(れい)だし……とりあえず聞く事聞いたら追い出されなきゃ情報収集の為に図書館にでも行くか……あるよな?)

 

 そんな考えをしながらチラとニーナを見る。

 仮にも図書委員と呼ばれる様な見た目をしているニーナもレイと同じ様な考えに至っているのではと思い見る、とニーナと眼が合う。

 

「佑お兄さん図書館もしくはそれに準ずる場所に行こうとしてますか?」

 

 レイにだけ聞こえる程度の声量で聞いてくる。

 自分と同じ考えをしているのだろうとニーナを見たものの、まさか言われるとは思っておらず、レイにしては珍しくその思いを僅かに表に出す。

 

「多分お姫様の様子を見る限りは追い出される、という事は無いでしょうし一緒に行きましょうか、けどこの世界私の知識と言うか認識と言うかからちょっとズレてるんですよねえ。」

「それは俺も思った、なんて言えばいいのか分からないが、敢えて言うならこの世界は優し過ぎる(・・・・・)とでも言えばいいのかな。」

「あー、言い得て妙です。」

「まぁ一種のテンプレであるクソみたいな国だったらさっさと滅ぼして別の国に行ってたろうけど」

「佑お兄さんの出鱈目なステータスを見た後だと本当に出来そうで笑えないです……」

「――聞いてましたか?」

 

 コソコソと話をしているとカテリーナから声を掛けられる。

 レイとニーナが話してる間カテリーナによる現状の詳しい説明がされていた。

 勿論レイはニーナと話しながらもカテリーナの話は耳に入っていたし、僅かでも耳に届いていれば話半分に聞いてたとしても全て書き出せと言われれば書き出せる。

 

「聞いてましたよカテリーナ姫、魔族に魔物に魔王に魔王を操っていると言われる存在をぶち殺す為に先ずは訓練をするんでしょう?」

「ぶちころ……言葉はよろしくありませんがその通りです。

 ですが佑さん、もう少し聞いてるという態度をした方が良いと思われますよ。」

 

 呆れた様に、もしくは諦めた様に言われ流石に悪かったなと反省する。

 後悔はしていない。

 そんな話をしているとコソッと執事風の男性がカテリーナに近付いて耳打ちする。

 

「では、いつまでも立ち話もなんですし、食事の用意が出来ていますので、もう少し詰めた話は食事をしながらでも致しましょう。」

 

 そう言って部屋を出て行く

 どうするべきかと判断に困っていると偶々眼が合った騎士が顎でカテリーナについて行くように言ってくる。

 その騎士に感謝を込めてヒラヒラと手を振ってカテリーナの後を追うべくレイも部屋を出た。

 その後ろにはピッタリとニーナが、そして少し離れて礼と円が着いてくる。

 最初の部屋を出て五分程歩いた場所でカテリーナは足を止める、此方ですとカテリーナ自ら目の前の扉開いて中に入るよう促す。

 お姫様自らは珍しいな、なんて思いながらその部屋へと入るとそこには正しく貴族や王族が食べる様な豪華な食事が用意されていた。

 だが部屋に入った瞬間ある事にレイはその予知と呼べるレベルの直感力で気付いていた。

 ご飯、と今にも飛び付きそうなニーナを抑えカテリーナを見て言う。

 

「カテリーナ姫、王族ってのは客人、しかも自分たちが召喚した勇者に()を食わせるのが正しいもてなしの仕方なのか?」

 

 レイの言葉にギョッとしてニーナ、礼、円もカテリーナに視線を移す。

 その言葉に、どっちに転んでもレイからしたら予想内の反応なのだが、カテリーナは一瞬何を言われたのか分からないと言う表情をして、そして本気で怒る。

 

「何を仰ってるのです!そんな訳ありませんわ!

 この料理は勇者様方の為に城のコックに丹精込めて作って頂いたものです!

 毒なんて入ってる筈ありませんわ!」

 

 証明してやる、とでも言うようにテーブルに近付き目の前の料理を口に運ぶ

 レイの見立てでは致死性の毒では無く恐らくだが麻痺毒の類だろうとは考えているが、カテリーナの手を掴み阻止した。

 

「分かった、嘘は吐いてないみたいだし、最低でもカテリーナ姫は関わってねえんだろう、なら……メイドかな。」

 

 この場には王族の食事の場という事もあり多数のメイドや執事、それに騎士が壁際に控えていた。

 レイは全ての者を一瞥する、反応は無い。

 

「食事の用意をしていたのに、この場にいないメイドはいるか?」

 

 そう言って再び反応を見る、ビンゴだ。

 

「そこの緑髪のメイド、何か知ってるな?」

「え、いや、えっと……実は一緒に準備をしていた子が一人見当たらなくて……」

「そのメイドの特徴は?」

「えっと、確か水色髪でツインテール、身長は私より低かった……と思います、初めて見る子だったので何となく気になっただけでそれ以上は覚えてません、申し訳ありません……」

 

 その程度でも何も情報が無いよりはマシだとその場でスキルを使う。

 

「『探査(プローブ)』『生命探知(ライフディテクション)』『魔力探知(マナディテクション)』『地図(マップ)』」

 

 四つのスキルにより頭の中に精巧なリアルタイムの3Dマップが表示される。

『探査』『生命探知』『魔力探知』は元の世界でも同じ様な事は出来たが、その時は特に名称も無く感覚で使っていた。

 それがこの世界に来て明確なスキルとして発生して、使い勝手は明らかに元の世界より上がっていた。

『地図』はさっきステータスウィンドウを見てる時に偶々眼に入ったスキルだ。

 

「見付けた。」

 

 ニヤリと悪い笑みを見せる。

 大半の者はそれを見て引いていたが、カテリーナは特に気にした様子も無く、問題はそんなレイを見て顔を赤らめたニーナだろう。

 レイの頭の中には現在王城の正確な地図が表示されている、毒を仕込んだであろうメイドと思われる存在はいまだに王城内をウロウロしていた。

 追おう、としてそう言えば異世界物の定番のスキルもあったなと思い料理に『鑑定(ジャッジ)』を使用する。

 すると材料、調味料に隠し味まで事細かな情報が浮かび上がる、その中に麻痺毒と書かれているのも見つけた。

 更にその麻痺毒と言う単語に注視すると、何から抽出された毒なのか、製作者は誰なのか、そしてまさかの毒を盛った人物の情報まで出てきた。

 明らかに情報量が多かったが『鑑定』の横に書かれたレベルが10なのが関係しているのだろうとは思いつつ考えを振り切って部屋を出る――

 

「あー、念の為『鑑定』で毒が入ってるのを間違い無く確認した、麻痺毒だから食っても死にはしない、筈だ。

 信じられないなら高レベルの鑑定持ちに見てもらうか、いねぇなら適当な奴にでも食わせてみろ、じゃあ俺は犯人を追うから」

 

 ――前に思い出した様に早口で鑑定結果を伝え今度こそ部屋を出る。

 走り出そうとしてレイからしたら誤差程度だが重み、そして首に手が回されるのを感じた。

 

「私も行きますよ!」

 

 それはニーナだった、何か知らんがやけに懐かれたもんだと思いながら振り解く事も無くそのまま駆け出す。

 ニーナを落とさない様にある程度セーブ(そもそも全力疾走なんてしたら建物に被害を出すが)しながら走るがこの世界に来て元の世界より力が上がっているのか、普通の女子高生なら振り落とされるであろう速度でも問題無くしがみついていた。

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