1~No.0~
「レイ」
「ん?どうしたクロ」
名を呼ばれ、くるっと振り返る。
クリスマスの夜覚醒した男は謎のオッサンに着いて行き、あの日から既に三ヶ月の時が経過していた。
男は現在この場で『レイ』と呼ばれていて、それなりの立場を手にしていた、レイを導いた謎のオッサンは虎徹と言うらしい。
とは言え『レイ』も『虎徹』も所謂コードネームの様な物でこの場で本名を呼び合う様な者は一人もいない。
今レイを呼んだクロという身長165cm程の高校生ぐらいの見た目で漆黒の肩程度までのセミロングの髪に黒曜石の様な美しい黒の瞳をしたこの女性も勿論本名では無い。
「明日休みを取ると聞いたんですが」
「そうそう、流石に何か緊急事態でも起これば対応するけど基本的には明日は完全オフ予定」
「完全オフですね、分かりました。」
短いやり取りを終えクロはその場を後にする。
クロが角を曲がり姿が見えなくなるのとほぼ同じぐらいのタイミングで腰辺りに衝撃が響いた。
「レイちゃん明日お休みなの?」
その衝撃の正体を分かっているレイは振り向くと、身長が130cm程しかない見た目は完全に小学生の銀と言うよりは白に近い腰まであるロングの髪に金色の瞳をした少女の頭を撫でながら答える。
「せやでー、偶の完全オフの休日や」
「なんで関西弁なのかは分かんないけど完全オフは珍しいね。」
「そりゃまぁそうなんだけど、シロといいクロといいなんで態々確認しに来るんだよ。」
「あれ?クロちゃんも来てたの?」
「後ろから走って来てたんだからクロの事見えてたろ。」
「シロ、レイちゃんしか視界に入ってなかった。」
にへらと笑いながら答えるシロの頭を再び撫でる。
それから二、三やり取りをしてからシロは手を振ってクロの後を追ってクロの曲がった方へと走って行った。
少しの間二人が曲がった角を見詰めていたレイだったが、一瞬笑みを見せてシロが最初に来た方向、二人の向かった先とは逆方向へと歩き出す。
クロとシロとやり取りした場所から数分歩き目的の場所、転送室と書かれた部屋の前に立ち止まり、扉の横にある認証装置にポケットから取り出したカードを翳し、開いた扉を潜る。
「おや、レイこんな時間に此処に来るのは珍しいですね。」
部屋に入って直ぐにある守衛室と書かれたマンションの管理人室の様なスペースから男が声を掛けて来る。
「そもそも此処に来るのが俺の場合珍しいんだけどな。
てか、またサボって寝てたのかよガンマ」
「またってなんですかまたって、偶々休憩してただけですよ。」
「来る度に寝起きのお前しか見た記憶無いんだが……」
「ゴホンゴホン、なんの事やら」
態とらしく咳払いをした、身長はレイより僅かに小さい恐らく170センチ程、黄色い短髪に黄色い眼、守衛室と書かれた部屋から出てきたがその見た目はほっそりとしていて守衛出来るのか疑う外見のガンマに暫くの間ジト目を向けていたレイだが、人が来れば直ぐに対応するし業務を疎かにしている訳でも無いと思い思考を切り替え、雑談をしに来た訳では無いと思い出し話を戻す。
「此処に来る用事なんて一つしかない訳だし、すぐ使えるか?」
「当たり前じゃないですか、そう言えばレイ明日お休みなんですよね、良い休日を謳歌して下さい。」
「ありがとう、まぁ何かあれば対応するから
それじゃまたな。」
ガンマに挨拶し部屋の中央にある機械群へと歩いて行く
その機械群の中央に通常の人間サイズなら二十人近く集まれそうなスペースがあり、そこにあるパネルを馴れた手付きで操作すると重厚な音を立てて周りの機械が稼働する。
機械の稼働から数秒後、そこにあったはずのレイの姿は無く、ガンマも部屋の奥へと戻っていた為、この場を沈黙が支配した。
「んー、完全オフだとやっぱ少し体が重く感じるな。」
転送室から消えたレイは現在小さな洞窟の様な場所にいた。
転送室、名の通り設定してあるポイントに転送出来る施設であり、その転送先は基本的には人目に付かない様に巧妙に隠されている。
その一つが現在いる小さな洞窟である。
「今午後五時か……カラオケでも行くかな久し振りに、とは言え此処からだと流石に距離あるし、ちょっとだけ解放するか、別に今から完全オフである必要も無いしね。」
ポケットから取り出したスマホで時間を確認しながら呟く
相変わらず独り言が多い男である。
洞窟から出てその場で飛び上がり、方向を確認すると眼にも止まらぬスピードで飛行し始める。
洞窟から十数キロは離れている目的地まで一分と掛からず到着したレイは、受付を済ませ三時間程ヒトカラを楽しんだ後、裏メニューにキングサイズなんて物が存在する牛丼チェーン店で腹を満たして近くにある漫画喫茶へと向かい、そこで一晩を過ごした。
アラーム、ではなく通話の通知音で目を覚ましたレイは通話相手と少しの会話をした後会計を済ませ、漫画喫茶を出て通話相手と合流する。
「おはよう梨衣」
「おはよう、行こう。」
軽い挨拶だけ済まし梨衣の車の後部座席に乗り込むと大きめのゴミ袋を渡される。
「また?」
「ふふん、よろしくね。」
やれやれといった感じに溜息を吐きつつも、レイの瞳は愛おしそうに梨衣を見詰めていた。
レイと梨衣は幼馴染で二十年以上の付き合いである。
若い頃色々とあったものの、今では数ヶ月に一度はこうして会いお互いの欲求を満たす関係であった。
向かう先は所謂そういう事をする場所で、かと言って道中の会話に色っぽい話も艶っぽい話もなく淡々としている。
時に貪り合い、時の各々の時間を過ごしそして昼頃になって現在ゲームして遊んでいるのとは別のスマホが鳴った。
「はぁ、完全オフだってのに鳴ったって事はそういう事か……」
頭を掻き今手にしてるスマホを投げ出して鳴ってるスマホを手にし、画面を見るとそこにあった名前はクロ、つまりは緊急事態である。
もう一度頭を掻いて通話ボタンをタップする。
「クロ、完全オフだっての分かった上での連絡だよな?」
《私が煩わせる必要の無い事でレイを煩わせる訳無いじゃないですか。
それでターゲットなんですが……》
「あー、いい、感知した。
直ぐに着けるから切るぞ」
《了解しました。》
溜息を吐くとスマホの通話を終了させ、バッグからBluetoothイヤホンの様な物を取り出し装着し、その装着した物を二回叩くとクロの声が聞こえて来る。
この装置は所謂念話の様なやり取りをする為の通信装置であり、基本的に仕事中はこの装置でやり取りをする事になっている。
「どうしたの?」
「んー、仕事、かな」
「んー?」
若干眠たいのか梨衣の反応は怪しかったが気にする事無くレイは能力を完全にオンにした。
クロやシロが完全オフを重要視した言い方をしていたのはこの為である。
本来なら不可能な事なのだが、レイは能力をオンとオフ切り替える事が可能であり、強弱が付けられるものの完全にオフにして覚醒前のただの人と同等の状態になる事が出来る様になっていた。
「梨衣、ベッドから出ないでね。」
「んー、はーい。」
荷物や衣服をベッドに纏めて置き、ベッドの上で丸くなってる梨衣の頭を数回撫で餌を撒く
あまりに強い力だと逃げられる可能性もあるので微量な所謂気や魔力と呼ばれる力を放出する。
その僅か数秒後、壁をぶち破り何者かがレイへと突っ込んで来た。
それを受け流し数メートル前へと投げ飛ばすと突っ込んで来た者の正体が顕となる。
「ひゅー、綺麗なお姉ちゃんだ事」
態とらしい口笛を吹くレイの目の前にいたのは一糸纏わぬ姿の女性だった。
もちろん壁をぶち破り尚攻撃を仕掛けて来る様な存在がただの女性な訳無く
「吸血鬼、かな。
クロ今現場に誰が向かってる?」
《十一が向かってます。
しかし場所が悪いので移動は二輪、到着までまだ三十分程かかります。
十一に繋ぎますね。》
《レイさんすいません!今動けるの僕しかいなくて!》
「いい、安全運転で飛ばして来い。」
そんなやり取りをしている中、目の前の女性は身体中をまるで蝙蝠の様な物で覆い、そしてその姿が一転してドレス姿に変化していた。
「我が名は男爵家ダンソールが次女、バソリー・ダム・ダンソールなり!
貴様名を名乗れ!」
「うへぇ、よりによって貴族かよ……はぁ、めんどくせぇな……」
溜息を吐いて致し方無しと思い、レイもバソリー同様名乗りを上げる。
「日本国政府直属対超常異常組織、通称ギルド所属、戦闘部隊Numbers筆頭No.0がレイ
名乗り合ったんだ、逃げんじゃねぇぞ」
ニヤリと笑いながらレイは名乗る。
しかし念を押したにも関わらず、レイの名を聞いた瞬間バソリーは全力で離脱しようとした。
レイは貴族では無いが吸血鬼貴族の間では戦いの時に名乗り合ったならばそれは決闘の合図、本来ならばそこから逃げ出すなど言語道断
だが、バソリーはそれでも逃げを選択した。
相手が悪過ぎる、No.0それは史上最強の証、歴史上最強の生物とされるレイが相手では恥も外聞も捨てて逃げ出すのは致し方無いと言えば致し方無い事ではある。
「ま、そもそも逃げ出す出さない以前に逃がす訳ねぇんだけどな。」
そこからの出来事は正に一瞬の出来事であった。
吸血鬼の速度はただの人間が見ればまるで瞬間移動の如く
だから例え相手が何者であろうと、バソリーは逃げに集中すれば逃げ切れると考えた。
しかし相手は史上最強生物、レイからしてみればそんな速さを持つ吸血鬼ですら止まって見えると言っても過言では無かった。
終わってみれば一瞬、訳も分からない内にバソリーは拘束され四肢を引きちぎられ、床に縫い付けられていた。
「あのねバソリーちゃんとやら、俺今日は完全オフの予定だったのよ。」
達磨状態になったバソリーの頭を鷲掴み宙ぶらりんの状態にしながら言葉を続ける。
しかしその続けた言葉はバソリーに向けた物では無い。
かと言って通信で繋がってるクロや十一に向けた言葉でも無かった。
この場にいるのはレイと梨衣、そしてバソリーの三人の筈、その筈だった。
「ヴィー、男爵級吸血鬼って何処までなら死なないかな。」
「吸血鬼の不死性なんて始祖様以外大差無いわよ、私と同じぐらいでも問題無いわ。」
確かにそこには誰もいなかった筈、それなのに、いつの間にかレイの背後に腿にかかる程に長い金髪、深紅の瞳をした身長170はありそうな、紅蓮のドレスに身を包んだ妖艶な女性が存在していた。
その女性を見てバソリーはただでさえ青かった顔を最早紫と言ってもいい程の色に染める。
レイは後に知った事だが吸血鬼同士というのは相手の階級が分かる物らしく、自分より上の者が現れた事により実力ではレイより劣るはずのヴィー、NumbersNo.6ヴィクトリアを見てレイを見た時以上に顔を真っ青にしたらしい。
「じゃあ、十一が来るまで相手してくれや。」
《いっ、急いで行きますー!》
その会話を聞いていた十一は流石に不憫に思いアクセルを全開にして警察と鬼ごっこしたのは別の話
「No.11現着しました!」
「チッ、早かったな。」
「ねぇ、今舌打ちしました!?滅茶苦茶急いで来たんですよ!」
その甲斐あって三十分予定だった十一の到着は十数分にまで短縮された。
「はいはい、ご苦労ご苦労」
「美人のお姉さんの次は可愛い子来たねえ」
「ヴィーにくっ付くの止めて今度は十一かよ。
まぁいいや、事後処理するから少しの間構って貰ってろよ。
十一、梨衣の相手しててくれるか。」
レイは労う様に適当に十一の頭をくしゃくしゃっと撫でると、先程まで梨衣にベッタリ引っ付かれてたヴィクトリアと虫の息のバソリーを連れ二人から少し離れたところで話を始める。
「えと、梨衣……さんですか。」
「あー、十一そいつ俺とタメだぞ」
「ええ!マジっすか。」
十一が驚くのも無理は無かった。
梨衣の見た目は26歳の十一よりも若く、もっと言えば幼く見えるのだ。
端的に言えば合法ロリである。
「梨衣さんって特に力も感じないですし一般の方ですよね?
よくまぁレイさんの、その、一方的な暴力を見て平気そうにしてますね。」
「あーうん、それはまぁ平気なんだけど色々既にキャパオーバーと言うか……ゆ……えっとレイだっけ、彼奴があんな事になってるってので理解はしたけど脳が追い付いてない。」
「理解出来るっての充分凄い事だと思いますけど……でも少し会わない間に恋人がこんな状況になってたらそりゃ驚きますよね。」
十一の言葉に梨衣はポカーンとした表情を見せた後、大爆笑した。
その梨衣の状態に訳が分からない十一が今度はポカーンと梨衣を見る。
「あのね――」
「言っとくが梨衣は別に恋人じゃねぇぞ」
梨衣が口を開こうとしたタイミングで、十一の頭をくしゃくしゃとさせながらレイが戻って来る。
「あれ、ヴィクトリアさん帰ったんですか?」
「ああ、あの吸血鬼はヴィーに預けた。
吸血鬼の事は吸血鬼に任せた方がいいだろ。」
会話をしながら十一の横を通り過ぎベッドに腰掛けたレイは梨衣に手招きし、自然と梨衣もそれに従いレイに膝枕されるような体勢となる。
その自然過ぎる行動に眉を顰める十一を見てレイと梨衣は顔を見合わせて笑う。
「それで?」
「これで、まぁ偶に会ってこういう事する程度の関係な訳よ。」
言いながら梨衣の頭を撫でるレイの瞳は愛おしい者を見るそれだった。
「でもレイさん、絶対梨衣さんの事好きですよね。」
「好きだよ、愛してる、でも別に恋人では無い。」
「僕にはよく分からないです。
てかそれ絶対に聞かれちゃいけないワンツートップいますね……」
十一のその言葉とほぼ同時に僅かな気配を感じ、小さな溜息を吐く
「十一、もう遅い。」
それは殺気、狙いは梨衣だった。
だが殺気を向けながらも何かをしてくる気配は無い。
分かっているから、梨衣に、レイの大切に何かをすれば自分であろうと問答無用で殺される事を
「壱歌ちゃん、それ以上殺気向けてると……コロスぞ」
NumbersNo.1である壱歌は自分に向けられた、自分が向けていた以上の殺気と威圧により判断が僅かに遅れてしまった。
その結果が頭部だけとなった自分の姿、壱歌の種族は鬼の最上位である鬼神、鬼神は心臓か頭部どちらかさえ残っていればその他のパーツの復元なんて一秒未満で出来る事、しかし今はその一秒と掛からない筈の復元が全く出来ていなかった。
「ごめんね壱歌ちゃん、暫くそのままでいてくれる?」
頭部だけの壱歌をレイは抱き抱える。
「レイ……ごめん……」
「マンガとかアニメとか見てても思ってたんだけど、なんでこう全然死なない生物ってあの状態で喋れるの?」
「梨衣さんこの状況見て思う事それって半端ないっすわ。」
壱歌を抱き抱える直前に優しく床に下ろされた梨衣は十一の横でそんな感想を言っていた。
「神イイぃぃぃぃイイいいいい!!!!!」
壱歌の頭を、と言うより頭しか無いが、撫でていると壱歌のいた位置とは反対側から何者かが某三世のダイブの如く飛び込んで来る。
何が来ているのか当然ながら分かっているレイは、其方を見る事もなく四肢切断からの壁に縫い付けるコンボを決めた。
「まぁ……壱歌さんがいるんだしそりゃいますよね……」
「何あのどちゃシコイケメンのくせに発言が怠惰の人みたいな生き物」
「ドライさん、アレでも一応種族人間です。
ただ魔の道に進んで今200歳ぐらいだったと思いますけど」
「不老で半不死みたいな感じなのね把握」
「梨衣さんの理解力半端ないっすね。」
「オタクですから」
「オタクはそんな万能の言葉じゃ無いです。」
「お前ら仲良いな……」
二人のやり取りにレイは呆れた様な、もしくは困った様な笑みを浮かべる。
そんな表情をしたところで動いて話す頭部を抱えて撫でてるので絵面は完全にホラー、と言うよりサイコパスなのだが。
「さて、それじゃ俺の話でもしようか……十一が。」
「なんで僕任せなんですか……」
「俺は此奴等、特にアレをお仕置きする系の仕事があるんで、それにお前俺のファンだろ。」
「色々言い方ァ!
……全部話しちゃっていいんですね?」
ニコリと笑って頷き、壱歌を抱えたまま磔にしたドライの元へと歩く、ドライに向ける笑みは完全に狂気を孕んでいたが。
「では、レイさんの話を始めましょうか。」
それをいつもの事と、気にする事無く十一は語り始める。