9~魔法を覚えよう~
「なぁベリト、SSランクに魔法使いいないの?」
「そりゃ魔法使いがいるのはいるけど、言っとくが居場所なんて聞かれても困るぞ、俺もそうだったけど彼奴等基本的に定住しないし、俺みたいに未踏の地みたいな人が近付かない所にいる可能性もあるし」
「やっぱりSSランクの連中って奇人変人なのかね……」
「俺を見ながら言うのを止めろ……自覚はしてる。」
レイとベリトが会話をしているのはリビングルーム、レイが手に入れた様々な素材を、ギルドが結構ギリギリまで買い取ってくれたのでその金でそれなりの豪邸を借りた、つまりその豪邸のリビングである。
この家にはレイとニーナ、ついでにベリトが共に住んでいる。
三人で住むには広すぎるぐらいだが行く行くはSSランク冒険者をコンプリートする予定があるのだ、現状で広すぎるぐらいで丁度いい。
現在あの濃密なギルドマスター治療クエストから既に一週間が経過していた。
あれからレイは一度も依頼を受けていない。
別にその分遊び歩いていたと言う訳では無いが、それなりに纏まった金が手に入ってギルドの財政も圧迫させてしまったので依頼を受けるのは自重していた。
因みにあの一日で冒険者ランクAになった、ニーナに腹パンされた。
その後ベッドでめちゃくちゃに可愛がってやった訳だが。
閑話休題
「佑兄、ベリトさんおはようございます。
なんの話しをしてるんですか?」
二人が会話をしていると下着にレイのシャツを被っただけのニーナが起きてくる。
勿論ニーナはレイと同室だし、昨晩はちょっと激しかったのでレイが起きる時に起こさなかったのだ。
ニーナがそんな格好で彷徨いてても二人は特に何も言わない。
ベリトはまだ死にたくないし、レイはベリトが弁えてるのでニーナの格好をとやかく言うつもりが無い。
「いや、ベリトにSSランクの魔法使いについて聞いてたんだよ、ニーナは知ってるか?」
「んー、SSランクの魔法使い……確かカーディナル・キャンベルでしたっけ?」
「そうそうカーディナル、俺が直接会った事のある三人のSSランクのうちの一人だけど会った事があるだけで現在地なんて分かる訳無い。
だから主が理不尽な事言わない様に止めてくれニーナ嬢」
「…………ベリトさんがんば」
ベリトがレイを主と呼ぶのはこの一週間できっちりと主従関係を叩き込まれた為である。
別に奴隷では無いし、そういった隷属契約なんかもしてる訳では無いが、ベリトだって死にたくない。
ベリトからすれば理不尽とも言えるが、レイは一度手に入れたモノをそうそう手放す質ではない、その為の躾である。
だが主と仰げば研究は好きにやらせてくれるし、素材だってある程度はサクッと揃えてくれる。
ベリトにとってこれ以上の環境はそうそう望めないだろうと思う程度には居心地は良かった。
「ところで佑兄、なんでカーディナルさんの話を?」
「ん?あー、そろそろ魔法覚えようかと思って」
「魔法……佑兄私と違って魔法系スキル一律レベルマじゃないですか、これ以上何を覚えると?」
「俺じゃねぇよ、ニーナだよニーナ」
そう言われきょとんとするニーナ、一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。
それから数秒して漸く言われた意味を理解する。
「佑兄!佑兄!私の為にカーディナルさんを探してくれるんですか!一石二鳥ですね!大好きです!」
確かに、ニーナの師匠となりうるSSランクの魔法使いを捕まえてくる、つまりニーナは魔法を覚えられてレイのSSランク冒険者コレクションが一つ増える、一石二鳥である。
「本格的に探しに行くなら俺はパスするぞ、折角主が東奔西走して色々と素材集めてくれたんだから本業を進めたい。」
「本格的に探しに行くならニーナとデートがてら行くからお前を連れてく訳ねえだろ馬鹿か。」
「おー!佑兄とデートですよデート!」
これが今のレイたちの日常的な会話である。
傍から見ればベリトの扱いは良いとは言えないが、今までほぼソロでの活動だったベリトからすればレイやニーナとのこの生活はそれ程悪いものでもなかった。
そうと決まれば先ずは情報収集である。
その為にギルドへ向かう事に決める。
「という訳だから先ず着替えてきなさい。」
「おっと、確かにこの格好で外を出歩く訳にはいかないですね、急いで着替えてきます。」
それから五分程でキチッと冒険者スタイルのニーナが戻ってくる。
相変わらずのシーフの様な格好である。
魔法系スキルは『生活魔法』含め一切使えないが、職業やスキルは明らかに魔法職なのだが。
ベリトに留守を任せ二人はギルドへ向かうべく家を出た。
「情報収集に行くって事はルナは禁止なんですよね?」
「ああ、いつも通り『森羅万象』で手に入った情報を聞くのは禁止だな。
何もかもを使わないってなるとルナが拗ねるし」
《確かに私の本懐はマスターに使ってもらう事ですが、使ってもらえなかったからって拗ねませんよ。》
言葉ではそう言うが、明らかにその声音は拗ねている。
最近のルナが可愛くて堪らないマスターであった。
どんどん人っぽくなっていくルナはとても可愛い。
レイはそんなルナが大好きなのである。
時々ルナの、性質上仕方無いとは言えレイに対する依存にも近い発言に、ニーナが遠い目をする理由は、レイは何故だか聞くのが怖くて聞けていない。
とは言えギルドマスター治療クエストからの一週間はベリトに頼まれた素材集めなどでルナの能力をフル活用していたのだ、ここで少し縛るぐらいは許してもらいたい訳である。
「しかし一週間、あの一日程では無いですが十分濃かったですよね……」
言われてみれば確かに濃いと言ってもいいのかもしれない。
世界中とまでは言わないがこの一週間でかなりの範囲を回り、レイが『門』や『転移』で行ける場所はかなり増えていた。
基本的にはレイは移動手段も縛る。
この世界にある力ならガンガンに使うが、この世界では空間転移などの移動系の魔法やアイテムは現在は存在していない。
現在は、と言ったのはそれらの移動手段は完全なロストテクノロジーなのである。
だからそれをポンポン使う事はしていないのだ。
ポンポン使わないのはこの世界のイベントやクエストをやる時、ギルドで受けた依頼をこなす時、後は人が多い場所など衆目の集まるような場所や時だけで、ベリトから頼まれた素材集めはそれらの移動手段含め全ての能力を利用した訳なのだが。
つまり個人利用では使える物はガッツリ使います、という訳だ。
因みにニーナは常にレイと行動してた訳では無く、その殆どはギルドで依頼を受けていた。
最速ランクアップ記録は一瞬で抜かされた挙句、ランクも二つも上をいかれてしまったのだから依頼に注力していたのは仕方の無い事だろう。
「という訳でやって来ましたギルド、俺からしたらなんだか凄く久しぶりな気がして懐かしさすら感じるよ……」
「いや、佑兄なんだかんだで毎日来てるじゃないですか……」
そんな中身の無い会話をしながらギルドの中へ入る。
中へと入ると時間が時間だけに人は疎らだった。
時間、と言えば今までは移動時間などを体感の何となくの時間で判断していたが、この一週間の間にレイのUIには時間表示がされるようになった。
この世界にも一応時計の様な物はあるのだが、レイはそれを一度しか見かけた事が無い。
その理由は時計の作製はロストテクノロジーで遺跡などから発掘された物を何とか使える様にしているだけで、現在真面に使用出来る時計の数は千も無いらしい。
この時計やギルドカード作成機を作ったロストテクノロジーは『魔導』と呼ばれる技術で、時計やギルドカードを作る為の装置等は『魔導具』と呼ばれる物なのだと言うのは安定のルナさん情報である。
この魔導という技術は元の世界の様々な回路や基板に近しい物を作る事が出来る程の技術である為、元の世界の現代技術をある程度理解(瞬間記憶能力で様々な知識を取り込んでいる)しているレイが魔導技術を扱える様になればなんでも、という訳にはいかないが元の世界にあった道具の再現も出来る可能性がある、これもルナから言われた事である。
この魔導技術は超精密な魔力操作や超緻密な細工を出来る器用さが必須であり、基本的には役割分担をして魔導具を作っていた者が多かったが、中にはその両方を併せ持ち一人で魔導具の作製を出来た者は『魔導士』或いは『魔導具師』と呼ばれ尊敬の念を抱かれていた。
レイは超精密な魔力操作なら恐らく訓練次第で出来る様になるだろうが、本人も自覚があるのだが何方かと言えば不器用な方なので器用さはニーナに期待するしかない。
閑話休題
「流石に十時過ぎてりゃ人も少ないな。」
「そりゃ時期なんかにもよりますけど毎朝六時から七時の間ぐらいに依頼の貼り出しがありますからね。」
「時期か、お祭りデートなんてのもしたいな。」
「あんな事になって無ければ先月王都で国王の生誕祭があった筈なんですけどね。」
「俺がソフィーヤ捕まえてなきゃ一緒に行けたのかもな、その時の関係がどういうものなのかは置いといて……と、ニアのとこが空いたな。」
ギルドに入ってもダラダラと会話をしていたのはニアが受付をしていた為だ。
他が空いてはいたが、既に気安い関係と言えるニアのところへ行きたくなるのが人情というものだろう。
単純にニアが気に入っているとも言えるし、ニアもレイの事を気に入っていた。
ニアの場合、素材マニアの気があり希少な素材をふんだんに持ち込むレイをまるで獲物を見るような目で見ている、というのが正しいがそれも気に入るという事だろう。
とは言え流石に十人も二十人も並んでれば他の受付に声をかけただろうが、時間も時間なのでニアのところにいた冒険者は一人だけで、前も見た事のある兎の獣人のお姉さんだった。
すれ違う時にニーナは会釈をして、兎獣人も笑顔でヒラヒラと手を振ってくる。
後で聞いた話だがあの兎獣人女性はラピス・ラズベリーというBランクの冒険者でニーナのシーフの様な足運び、立ち回り、武器の扱い等を教えてくれた戦い方の師匠なんだとか。
シーフの様な戦い方の師匠だが正確にはラピス自身はシーフでは無く片手剣を使う軽戦士であり前衛で回避盾をするらしい。
「よぉニア、聞きたい事あるんだけど今大丈夫か?」
「ああユウさんいらっしゃいませ、用件はなんでしょうか?
持ち込みですか?それとも持ち込みですか?まさか持ち込みですか?」
「聞きたい事があるって言ってるだろうが、お前の頭は鳥以下か。」
「なんで持ち込みじゃないんですか、素材を持ち込まないユウさんの価値なんて大暴落ですよ。」
「あ?ニアさんとは言え私の佑兄を悪く言うとぶち殺しますよ?」
気に入っているとは言ったが、あの醜態と言うか素材に対する執念と言うかを見た後なので扱いは雑である。
そしてニーナちゃんの愛が重い。
話が進まなく、言い合うニーナとニアを見ながら溜息を吐くと、丁度そのタイミングでニアが吹き飛び受付からレイたちの方へと向かい転がってくる。
レイはそんなニアを受け止める訳でもなく、ニーナを抱いて被害を受けないように三歩分程後ろへ下がる。
何事かとニアから僅かに視線を上にずらすと、受付の内側にある階段、犯人と思しき者が片手を挙げた姿で階段の途中に立っていた。
「ニア!来客中なんだから静かにしてちょうだい!それにユウさんに迷惑かけるな!」
こんな話し方だったろうか、と思いながらその人物を見る。
ニアを襲撃した犯人、それは御歳46で二十年もブレンの街の冒険者ギルドのギルドマスターを務めるナターシャその人である。
御歳46……の筈なのだがその見た目は完全に10代、最初会った時は病弱であまりにも弱々しくむしろ実年齢よりも上に見えたのだが、エリクサーの効果なのかその外見年齢は実年齢からマイナス30程になっていた。
ニーナと並べても同年齢か少し上にしか見えない、勿論レイはあの後も様子を見に来ているのでこの姿は既に見慣れたものではある。
依頼を受ける訳でも無いのにレイがギルドへと足を運んでいた理由の半分はナターシャの経過観察の為だった。
エリクサーを飲んだ次の日にはすっかりと今の姿になっていたので、ベリトにその事を聞いたら生の世界樹の葉を使ったのが原因なのでは無いかと言われた。
本来、と言うか極希に世に出回る世界樹の葉は乾燥した物で、レシピもその乾燥世界樹の葉を基準にされていた。
その乾燥した世界樹の葉で作ったエリクサーは勿論万能薬ではあるし寿命を延ばす効果もあるらしいのだが、若返りの効果は無く、その為ベリトの推測ではあるが生の世界樹の葉が原因だろう、という話だった。
因みに精霊しかいなく、Sランク冒険者のパーティーすら全滅する様な場所にある素材が世に出回る理由は時々それらの素材を精霊が精霊の言葉が分かるとある商人のところに持って来て物々交換をするので僅かながらそれらの素材が出回るらしい。
精霊は大きさが変わると強さが変わり、人と同程度のサイズの精霊一体でSSランク冒険者には及ばないもののデドアラ大森林の魔物ぐらいなら簡単に葬れる程度には強いのだとか。
閑話休題
「ゆう……?あれが……?」
そんなナターシャの後ろ、ギルドマスター室から女の子が出てくる。
「デートはお預けですね……」
その女の子を見てニーナはガックリと肩を落とす。
その様子と科白にレイはその女の子の正体に気付いた。
「ああ、お前がSSランク冒険者カーディナル・キャンベルか……」
「そう……あなたが……うわさのゆう、ね……」
その女の子はレイが探そうとしていた人物、魔法使いのSSランク冒険者であるカーディナル・キャンベルだった。
カーディナルの声は小さく、はきはきとはしていないし、舌っ足らずでは無いのだがなんと言えばいいのか、まるで全てひらがなで喋っている様な違和感があったのだが、何故か十数メートル離れたこの距離でも何の問題も無く聞き取れた。
「どんな噂なのかはあまり知りたくないな。
ところでなんでこの街にいるんだ?」
「あなたに……あいにきた……」
「俺に?SSランク冒険者様が、たかがAランクの俺にか?」
「いらいを……うけてもらいたい……」
「ほぉ?」
レイは当然の様に会話を続けていたが、抱き抱えているニーナにはカーディナルの声が聞こえていないらしく、レイが独り言を言っているように見え心配そうな表情を向けてくる。
レイにだけ聞こえているカーディナルの声、という絡繰りは合っているかは分からないが予想は出来ている、『伝声魔法』とでも呼べばいいのか、恐らく『風属性魔法』か何かでまるで伝声管の様に音の通り道を作り、レイへと声を届かせているのだろう。
もっとシンプルに言ってしまえば糸電話の様なもの、と言ってもいいだろうか。
「カーディナルさん勝手に話を進めないで頂けますか?
うちのユウさんに指名依頼の形で依頼する、と言う話でしたよね?」
会話へと割り込んでくるナターシャ、カーディナルは依頼と言ったし、ギルドマスターであるナターシャとその話をしていたなら確かにギルドを通すのが筋である。
うちのユウさんという科白は無視する。
聞いてない何も聞いてない。
レイは家まで借りてこのブレンの街を活動拠点にしているので『ブレンの冒険者ギルド所属』とも言えなくは無いが、基本的に冒険者というのは自由業である。
管轄管理の為に登録してギルドから依頼を受けるが、何処かのギルドに所属しているという考え方はしない。
それは街から街へ、国から国へと渡るのが冒険者の常であり、一つの街に居着いていたとしても必ずその街のギルドで依頼を受けるとは限らないし、その街にいる事が自分の益にならなくなれば簡単に居を移すのが冒険者だからだ。
つまり、ナターシャフラグ立ってますよね、という事である。
「む……そうだった……」
「と言う訳で折角なのでユウさんもカーディナルさんの話を一緒に聞いてくれませんか?」
ナターシャに誘われ是非も無いとギルドマスター室へと向かう。
当然の事ながらニーナも一緒である。
ナターシャとカーディナルの背を追いながらカーディナルに向かってこっそり『全知の眼』を使う。
この『全知の眼』はこの一週間の素材収集等で『鑑定』を使ってたらいつの間にか生えていた。
正確には『鑑定』は『導キシ者』に統合されてるのでそれが条件だったのかは分からないが、この『全知の眼』は『鑑定』の完全上位互換で神の力と呼ぶべき能力を有していた。
本来『鑑定』は無機物の情報を知る為の能力なのだが、『全知の眼』はこの世界の全て、恐らく世界の知識へとアクセス出来る類のスキルだと思われる。
つまり、人のステータスも覗けるのだ。
(どれどれ……うわぁニーナ並に魔法特化の完全な後衛型魔法使いだわ。)
この『全知の眼』はまんまレイたちが出すステータスウィンドウを見れる能力なので名前やレベルに職業にスキル、そして称号まで全てが見れる。
その中身がニーナとはスキル構成は違うが、ニーナと同等な魔法使いと言えるスキル構成だった。
現在ニーナは魔法系スキルを一つも所持していないが。
因みにカーディナルのステータスは――
《カーディナル・キャンベル エルフドワーフハーフ 女 208
Lv126
職業:大魔道士
スキル:『火属性魔法Lv9』『水属性魔法Lv10』『風属性魔法Lv8』『土属性魔法Lv8』『光属性魔法Lv4』『闇属性魔法Lv5』『無属性魔法Lv7』『魔力の理Lv9』『高速思考Lv―』『並列思考Lv―』『魔力増大Lv9』『魔力消費軽減Lv6』『魔法強化Lv7』『詠唱短縮Lv8』『無詠唱Lv7』『生活魔法Lv―』『精霊の加護Lv―』『杖術Lv3』『彫金Lv8』『細工Lv8』
称号:『大魔道士』『精霊に愛されし者』》
――である。
魔法関係のスキルが魔女の接吻と大差無いとか思わないでもないが、これでもこの世界の最高戦力の一人だ。
レイやレイの創る武器がおかしいだけでカーディナルの強さはこの世界で上から数えた方が早い絶対強者である。
例えば兎獣人のラピスのステータスは――
《ラピス・ラズベリー 兎獣人 女 27 Lv49
職業:戦士(軽)
スキル:『剣術Lv4』『回避Lv2』『速度強化Lv5』『生活魔法Lv―』
称号:なし》
――これだけだ。
Bランク冒険者の中でも上位のラピスでさえステータスはこの程度である。
単純にスキルの数で言うならばベリトもそんなには多くないが、ベリトは10に達しているスキルが複数あったりする。
「どうぞお座りください。」
ギルドマスター室に入るとソファに座るよう促され、いつも通りナターシャがお茶を容れてくれる。
ソファは一つにつき三人座れるサイズの物で、レイを真ん中にニーナは勿論として、何故かカーディナルもレイの横に座っている。
「あー、依頼主がカーディナルだってならこっちが欲しい報酬は決まってるから、依頼内容だけさくっと教えてくれるか?」
「分かりました、では依頼の内容は既に私が聞いてますので、私から説明したいと思います。
カーディナルさんに任せると……その、少々時間がかかりますので……」
言いながらカーディナルをチラと見るナターシャ。
カーディナル自身説明を任せる事に異論は無いらしく、その言葉に特に反応は示さない。
「カーディナルさんの依頼についてなのですが、簡単に言えば『伍』の最深部まで連れて行って欲しいそうなのです。」
「伍……?」
「あら?ユウさんはこの大陸にある伍と呼ばれる『ダンジョン』をご存知ありませんか?」
この世界には大小様々なダンジョンがあり、発生と攻略による消失を繰り返す。
この世界の、元の世界で言えば北極点の位置に高さも分からぬ塔型のダンジョンがある。
その塔を中心とし一定の距離、均等に時計の様に十二のダンジョンが存在する。
正確には測量技術の発展していないこの世界ではその位置関係が均等な距離で存在しているのは分かってはいない。
塔含め全十三のダンジョンは千年以上もの間末踏破であり、十三のダンジョンは『神の試練』とも呼ばれている。
神の試練の踏破はダンジョンでの活動を主とする者たち、通称『ダンジョンエクスプローラー』にとっての最大の目標でもあった。
十三のダンジョンは同時期に発生しており、千年以上その全てが踏破されていなく、その階層の深さ高さも未だに分かってはいないが、ダンジョン自体はそれ以外にも未発見の物含め数多くある。
中には現時点で数十年踏破されていないダンジョンもあるが、神の試練程のダンジョンは無くそれらは百年も経たぬうちに踏破されるだろう。
つまりカーディナルの依頼はその十三の未踏破ダンジョンの一つ、神の試練の伍と呼ばれる『洞窟型』ダンジョンを踏破したいと言っているのだ。
中心のダンジョンが塔型ダンジョンで、塔以外にも数多の種類のダンジョンが存在する。
伍はその中で洞窟型と呼ばれるダンジョンだった。
レイはナターシャの話を聞いてその様なダンジョンの知識を頭の中の引き出しから引っ張り出す。
瞬間記憶能力のあるレイの記憶領域にはレイになる前でも印象深い過去の事から現在の事まで様々な記憶が存在する。
それを頭の中に大量の引き出しのあるイメージでその引き出しの中に仕舞って管理している。
普段使わないような知識はその引き出しに仕舞われ、必要な時に引き出しを漁ってその記憶を取り出すのだ。
「いやすまない、ダンジョンに縁が無かったから思い出すのに時間がかかっただけだ。
つまりカーディナルは神の試練の一つを攻略しろって言ってるんだよな?
本気か、と言うより正気か?」
「しょうき……いくひつよう……ある……」
そう言うカーディナルの眼は正気を失ってる様には見えなく、本気の人間がする眼だった。
カーディナルはそんな正気を疑う様な発言を本気でしているらしい。
「ふーん、おけおけ受けてやるよ。」
「あの、佑兄マジで言ってます?
知ってます?伍って現在の最高到達点二百九十七階ですよ?」
現在発見されてるダンジョンで神の試練を除いた他のダンジョンの最深部や頂は百階だと言われている。
それが伍は最高到達点が二百九十七階なのだ、そこまで辿り着いたパーティーは数ヶ月もの間潜り、最終的に諦めて帰ってきたのだそうだ。
その記録も既に百年以上前のものである。
(て事は最深は五百から流石にそれ以上だとしても千だろ……つまり)
レイは考える。
数ヶ月がかりで二百九十七階まで到達したパーティーがそこまで行って引き返したのは食糧事情などを考慮した結果諦めたのだろう。
普通はアイテムボックスには術者の技量や魔力量でそのサイズが変わるし、そこまで潜るなら『荷物持ち』も連れて行ってはいないはず。
一日で潜れる階数も普通なら数階から十数階だからそこまで到達するのに数ヶ月を要した。
先ず『異次元収納』のあるレイにとって食糧事情は無関係と言ってもいい。
そしてレイならばその当時のパーティーよりも一日に潜れる階数は遥かに多い筈である。
そこから導き出した結果――
「一週間から長くても二週間で帰って来れるだろ。」
――これである。
この結果にはルナの太鼓判付きだ。
「…………ユウさん今なんと?」
「ギルドマスター、佑兄はこういう人なんで諦めて下さい。」
「準備……は特に無いしこのまま行くか、着いてこいニーナ、カーディナル」
「はーい、それではギルドマスター行ってきます。」
言いたい事だけ言ってさっさとギルドマスター室から出て行く、
ニーナは返事をしてから着いてきたがカーディナルは無言で頷いただけである。
「ところで佑兄、理由とか聞かないで受けちゃっても良かったんですか?」
「俺のSSランク冒険者コレクション兼ニーナの魔法の師匠予定なんだから、俺が出来ると思う事は別に聞かんでもやるわ。」
「ふふっ、つまり佑兄は私の為に神の試練なんて呼ばれてる未踏破ダンジョンをさくさくっとクリアしてくれる訳ですね。」
「まぁルナが止めないどころか俺なら楽勝だってお墨付きだし、ダンジョンにも興味あったからな。」
このまま行く、とは言っても流石に留守を預けているベリトに何も言わずに行く訳にもいかず、ギルドを出た三人は先ずレイの借りた家へと戻る事にした。
別にそれはベリトに気を使ったとかでは無く、その日のうちに帰るのなら適当に任せればいいがベリトは一度研究に没頭し始めると周りが見えなくなる。
だからそれなりの期間家を空けるのならばよくよく言い聞かせる必要があったのだ。
「ただいま。」
「ありゃ?随分早かったな主……あれ?カーディナル?」
帰るとベリトは出掛けた時と同じ様にまだリビングでぐだぐだとしていた。
「ああ、ギルドにいてな。
それとちょっと伍を踏破してくるから一週間から二週間家を空けるから頼むぞ」
「…………ん?主、俺の耳がおかしくなったみたいだ。
なんか神の試練を二週間足らずで踏破するって聞こえたんだが?」
「安心しろ、残念ながらお前の耳は正常だ。」
「そりゃまぁ俺だって主が人智を超えた規格外の力を持ってるってのは理解してるけどな、カーディナルを連れてるって事はそいつの頼み事だろ?
いくらカーディナルがSSランク冒険者でも上位の実力者だとしても主にとっては間違い無く足手纏いだ、そのカーディナルと更にはニーナ嬢まで連れてその速度で潜るのは流石に無茶なんじゃねえか?」
流石に最高位の錬金術師、ベリトの頭はかなり切れる。
特に説明もしてないのにここまでの事を読み取るのは簡単では無いし、冷静な状況判断でその判断能力もピカイチだ。
しかしレイが人智を超えた規格外の力を持っているとベリトは理解しているつもりだが、まだまだ甘い。
「ほんとに馬鹿だなお前は、二人を連れてくから長く見積って二週間だって言ってんだよ。
俺一人なら一日で帰ってきてやるわ。」
レイ一人なら一日だと言うのはレイを誰よりもよく知るルナの判断結果なので間違は無い。
そのレイの発言にベリトは頭を抱える、まだまだ自分の認識が甘かったのだと頭痛を覚えた。
因みに最長二週間と言う数字に移動時間は含まれていない。
流石に数多ある普通のダンジョンまではしていないが、神の試練の十三のダンジョンだけはこの一週間のうちにマーキングを済ませている。
ベリトにはレイの能力をある程度見せている。
それをもって認識が甘いとは言えレイの事を規格外と称している訳だが、同様にカーディナルにも特に力を隠すつもりが無く、伍までの道程は『門』や『転移』等の移動系の能力を使うつもりだからだ。
「まぁそういう訳だから留守を頼むぞ、くれぐれもな。」
「あーはいはい、主が帰ってきてごちゃごちゃしてたら殺されかねんしちゃんとやっとくよ。」
「よろしい、それじゃ行くぞ二人とも」
『門』を開いて潜る、ニーナは特に何とも思わずに潜ったがカーディナルは『門』を見て一瞬唖然として慌ててレイとニーナを追って潜った。