5~巻き込まれし者~
「ところでですね佑兄」
「なんですかニーナちゃん。」
「これはどこに向かってるんですか?」
「あー俺も詳しい事は知らん、ナビに従ってるだけだから」
レベルが上がってステータスが増した為か最初ソフィーヤを追っていた時よりも速度を出しているのだが安定してレイに背負われていた。
現在は街の南門から出ようとしてギルドカードを預けっぱなしだったのに気付き、こっそり防壁を伝って抜け出して街からレイの足で一時間程にあるだだっ広い草原を駆け抜けているところ、質問されるがレイにも目的地は分かっていない。
目的地を知っているのはルナのみである。
「で、何処に向かってるのルナ」
《到着すれば分かりますよマスター》
「ルナさんって疑似人格の名前ですか?
なんて言ってるんです?」
「着けば分かるって」
「何かを取りに向かってるんですよね?
それはなんなんです?」
「なんなんだ?」
《万能薬『エリクサー』の材料である上竜核、世界樹の葉、精霊の涙です。》
「なんですって?」
「えーと、エリクサーの材料で上竜……なぁ、俺を挟まなきゃいけないの若干面倒臭いんだが……」
確かにレイ自身何を取りに行くのかは気にはなっていたが、自分を通して会話をしなければいけない事に面倒臭さを感じていた。
レイに背負われているだけのニーナは楽でいいが、レイは視界に映るナビゲーションを意識し、ニーナの言葉に意識を向けルナの言葉をニーナに伝えなければいけない、確かに面倒臭い事この上なかった。
だが面倒臭いとは思いながらもルナの声を聞けるのは自分だけであり、ニーナを連れて来たのは自分の意思なので思いながら、既に口に出してしまっているが、それでも逐一ルナの言葉をニーナに伝えていた。
何とかルナの言葉を直接ニーナに聞かせる方法は無いものかと考えてしまうのは仕方の無い事だろう。
《ありますよ、私の言葉を直接ニーナに聞かせる方法》
言われ急ブレーキをかける。
そんな方法があるならもっと早くに言って欲しかったと、そんな念をルナにぶつける。
《簡単です、『血の盟約』ですよマスター》
確かに簡単である、が簡単ではあるがハードルは高い。
今までこの『血の盟約』を交わしたのはたった三人、クロシロそして梨衣だけである。
この三人とは深い仲であった為それ程ハードルの高さを感じなかったが『血の盟約』とはお互いの血液を取り込む事、確かにレイはニーナをえらく気に入ってるし、ニーナもレイに懐いてはくれてるがそれでもまだ時間的に言えば出会って一日も経っていない、流石にお互いの血を飲ませ合うのはハードルが高過ぎる。
「突然止まってどうしたんです佑兄」
急ブレーキにもなんの問題も無く確りと掴まっているニーナ、急ブレーキをかけたとはいえ勿論ある程度ニーナに気は使っているが。
と、若干の現実逃避とも思える思考を振り払ってニーナに告げる。
「ニーナ、ニーナが直接ルナの声を聞く方法がある。」
「おー、ほんとですか!それならサクッとやっちゃいましょう!」
やる事自体はシンプルなので確かにサクッとやれるが、如何せんその内容はサクッとやるには些かハードである。
受け入れられなかったらそれはそれと、意を決して伝える。
「まぁシンプルっちゃシンプルなんだけどさ、お互いの血を取り込む必要があるんだよ。」
「成る程成る程、やりましょう。」
レイからすれば割と覚悟を決めて、最悪突然こんな事を言って嫌われる可能性すら考えて言った事なのだが、ニーナはそれをなんて事ないように受け止める。
そしてレイの背中から降りるとレイの正面に立ち、腰に着けたナイフを取り出して指、では無く掌を傷付ける。
深く切ったのかそれなりの量の血が溢れ、その手をレイへ、では無く自らの口に近付け血を含む。
その様子に呆気に取られる。
その一瞬の隙を突いて、口移しで飲まされた。
飲み込むまで離さないつもりなのかレイの頬を確りと両手で挟み込む、どれ程経ったか数秒だった様な気もするし、数分だった様な気もする。
「ふふーん、ニーナちゃんのラブのファーストキスですよ!」
レイから離れたニーナは腰に手を当ていつも通りの口調で言うがその顔を真っ赤に染めている。
そんなニーナ見て笑ってしまった。
別にニーナがおかしかった訳じゃない。
数分前の変な覚悟の決め方をした自分がおかしかったのだ。
突然笑いだしたレイをむぅーという顔で睨む。
ひとしきり笑った後ニーナの頭を撫で、一瞬触れるだけの口付けをする。
その口付けの意味を理解したのか再び顔を真っ赤に染めた。
可愛いなと思いながらも『異次元収納』から取り出したナイフでニーナと同じ様に、そしてニーナとは逆の掌を切る。
そのまま口に含んで同様に口移しで飲ませる、その間切った右手はニーナが切った左手に絡め、口移しで飲ませ合ったのと比にならない量の血液をお互いの身体に取り込む。
最初は血を飲ませるだけの行為のつもりだったが、どんどんそれは深くなりお互いの舌を絡ませ合う。
止まらなくなる、と思った時我等がルナさんからストップがかかった。
《マスター、ニーナ続きは帰ってからにして下さい。
このままじゃ本当にギルドマスターが死にますよ。》
ルナに言われ二人は離れる。
気恥しさはあったが良い結果なのだとお互いの視線が合うと笑顔になった。
「ニーナ好きだよ。」
「えへへ、私も大好きです佑兄」
『異次元収納』からタオルを二枚取り出し一つをニーナに渡す。
血を拭き取ると結構深く切ったはずだが僅かな傷すら見当たらない。
治癒力と言うより再生力と言うべきものがあるレイからすればあれ程の傷でも消えているのは当たり前の光景だった。
たださっきまではより深く血を交換したいと望み敢えて再生しなかっただけの事だ。
「佑兄大変です!傷が無くなってます!」
そのレイにとっての当たり前が当たり前では無い少女が慌てて駆け寄って来る。
確かに先程まであった筈の傷が綺麗さっぱり消えていた。
後で回復してやろうとは思っていたが、まだレイは何もしていない。
その答えはルナから齎された。
《かなりの量のマスターの血を直接身体に、血流内に取り込みましたからね。
マスターの能力の一部がニーナに宿ったようです。
今のニーナは数分前のニーナと比べて何百倍も強くなっています。》
「おー成る程……てこの声ルナさんですか!?」
《先程離れる様に言った時も聞こえてましたよね?
それとルナと呼んでくださいニーナ》
「あ、はい分かりましたルナ」
「それじゃそろそろ行くぞ」
ニーナからタオルを受け取り自分の持っていたタオルと共に『異次元収納』へとしまう。
ニーナを背負い駆け出す、ルナのお墨付きで何百倍も強くなったらしいので『血の盟約』を交わす前の時の倍以上、時速約200キロ程度の速度で走るがニーナは余裕綽々といった感じだった。
勿論一番最初ニーナを浮かせた様に風を操る事が可能なので風の抵抗はほぼゼロにしてある。
でなければ普通の人間なら生身で200キロなんて速度は辛すぎる。
因みにこの200キロという数値は本当に凡そでしかなく、前に新幹線と競走した時からの体感速度だ、新幹線より速く走れるレイだが流石にそれ以上の速度だと走ってではキツい。
飛行すれば音速の壁ぐらいは余裕で超えるのだが。
それから暫く、ニーナと『血の盟約』を交わした場所から五時間程走り、ルナ曰く世界樹のある『デドアラ大森林』と呼ばれる場所へとやって来た。
道中でニーナはルナからナターシャを救う事や必要な物の説明を受けた、らしい。
ルナの声は全員に、個別にと分けて聞かせる事が出来てその説明をしたのはニーナに対してだけだった。
確かにレイは今回の目的を理解しているので問題は無いが、若干寂しい気持ちを感じたのだった。
デドアラ大森林はその殆どが未踏の地だと言われている、その理由は至ってシンプルで、この地は魔物どころかただの動物すら強力で、この世界の中でもかなりの高難易度エリア、危険地帯とされている。
過去Sランクの冒険者五人が臨時パーティーを組んでこの森を攻略しようと意気込んで入って行ったきり誰一人として帰って来ていないなんて話もあるらしい。
世界樹があると言われ、到着直後にニーナを降ろしてワクワクしながら木々よりも高く跳んでその存在を確認しようとしたのだが、残念ながら世界樹っぽいものは見当たらなかった。
世界樹が見当たらないとニーナに報告、そして即座に考察に移る二人
「ふむ、正直行ってみないと分かりませんね。」
「ルナ曰くちゃんと実在するらしいけど、どのパターンなのか行かなきゃ分からんよな。」
そして直ぐに諦めた。
一言で世界樹と言っても(大元のユグドラシルを抜きにしても)その内容は多岐に渡る。
例えば結界によりそこにあるのに見えない、近付けないというものがあったり、成層圏にあったり地中にあったり、別の次元にあったり、中には概念として存在するものもある。
今回は事前にルナから聞いてこのデドアラ大森林に確かに存在するとの事で概念ではないだろうが。
「ま、とりあえず入るか。
ところで世界樹がここにあるのは分かったけど他の二つの素材もこのデドアラ大森林で取れるのか?」
《はい、上竜核を持つ上位竜種はこの森にいますし、世界樹は精霊の住処でもあります。
どれもこの世界では希少な素材ですがこの森を散歩気分で散策出来る強さがあれば大量に手に入れる事が出来ます。
この場合の希少性はあくまで入手出来る人間が少ないからと言うだけですから》
散歩気分でSランクパーティーが全滅する様な森を歩けるなんてどんな存在なんでしょうね(棒)。
とにかくレイならば大量に入手可能らしい。
話を聞く限り明らかに物語終盤で入る様な場所だがレイはこの世界で(その殆どを牢で過ごしている為)真面に活動を始めてまだ半日程度である。
そんな場所に踏み入れなければ手に入らない素材が無ければ治らない病気のギルドマスター、つまりナターシャは成長した勇者が助けるイベントなのだとレイは考察していた。
そもそもレイがいなければ最初のイベントである麻痺毒を回避出来てないし、ソフィーヤも逃げ仰せ王都に毒ガスが撒かれる事も無かった。
最悪後遺症が残る麻痺毒ではあったがそれも恐らく勇者たちなら問題無く、もしかしたらそこで『麻痺耐性』を入手した可能性だってある。
それから勇者やその仲間たちが訓練や実戦を繰り返せばこの森に入れる程度には強くなっていたのではないか、レイの存在は完全なフラグブレイカーであった。
という考えを森の中を駆け抜けながらニーナに伝える。
ここまで大量の魔物が出てきたが全て一刀で伏せているので、この世界の中ではかなりの高難易度エリアらしいのだが実感は持てなかった。
「つまりこの世界の動きはまるでゲームの様に勇者の成長物語である、て事ですか?」
「ソフィーヤを捕まえてガッツリフラグ折った気がするから正直何とも言えないけど、ゲームと違って国から全面的なバックアップを受けて訓練なんかを出来るならナターシャを助けられる期限内に十分此処に挑める程度にはなってると思うんだよね。
それでブレンの街の冒険者ギルドに偶々訪れた時にナターシャから自分の病を治す薬の素材を取ってきて欲しい、的な依頼を受けて此処に来て、そんで世界樹で強力アイテム、或いはこの先必要になるアイテムが手に入ったり、職業が勇者の者か称号の異世界の勇者を持った者のパワーアップイベントがあったんじゃないかなと思う。
それと可能性の一つして本当はもっと後に起こるはずだったナターシャのイベントが俺が来た事によって早まった可能性もある、俺ならギリギリ助けられる余命って都合良過ぎるし」
「ふむふむ、その考察は面白いですね、確かに可能性の話としては無いとは言い切れないです。
だとしても佑兄がその物語をボッコボコにしてるんで最早勇者の成長ストーリーでは無くなった訳ですけどね。
当の勇者の行方が知れませんし」
確かに、勇者の成長物語だと考えた時恐らく登場人物ですら無いレイが勇者の行動を把握出来ないならまだしも、普通に考えて勇者パーティーの一員である筈のニーナが主人公勇者を見失っては物語が破綻しかねない。
一応最低限物語の進行に必要そうな勇者と聖女が一緒に行動していると思われるが、先ず間違いなく現在勇者的な活動は全くしていない。
活動をしていれば最低でも最終的には共に活動する主要キャラであるニーナの耳にはその存在が届くはず、つまり勇者が成長していない。
何にしてもレイという存在が物語を破壊したのは間違い無いだろう。
「ところで、あの二人が勇者と聖女だとしてニーナの役割、職業ってなんなの?」
勇者パーティーの一員と考え、しかし今のニーナを見てなんの職業なのか全く検討もつかなかった。
現在のパッと見の格好から言えばシーフが一番近い気がするが勇者、聖女、シーフの三人パーティーというのは王道の勇者物語としては流石に腑に落ちない。
職業が盗賊の勇者なんてのもいるから何とも言えないが。
「あ、言ってませんでしたっけ、私の職業は『魔王』ですよ。」
魔王、それは全人類の敵である魔族の王
カテリーナ曰くこの世界ではその魔王すら何者かにより操られてるらしいが、それでもラスボス級の存在と言ってもいいだろう。
こんなに可愛いニーナが、そんなまさか。
「あ、何を勘違いしてるか手に取るように分かりますけど『魔族の王』じゃなくて『魔法の王』です。
確かに私も勘違いしましたけど職業を注視したら説明欄みたいのが出てきてそこに書いてあったので間違い無いです。
その説明によると全ての魔法が使える……らしいです。
残念ながら今の私のスキルに魔法一つもありませんけど」
そこは普通レイの職業欄にある様な大魔道士や或いは賢者等では駄目だったのだろうか。
まかり間違って他人にステータスの職業が見られたら明らかな勘違いを生み、間違い無く命を狙われる結果になるのは目に見えている。
そう考えある結論に至る、最初から勇者パーティーの一員として存在するのならそんな勘違いを生むような職業になる訳は無いだろう。
確かにここまで本人の口からそうだとは聞いてない。
そもそもそれをレイが確実に確認したのは円のステータスだけであるが、三人が一緒にいて見るからに仲のいい友達で、関係が浅いとか関係が悪いとかではなかった為に勘違いしていた。
「なぁニーナ……お前の称号、もしかして……」
「え?あ、はいそう言えばそれも言ってませんでしたね。
佑兄とお揃いの『巻き込まれし者』ですよ!」
なんて事の無い様に、かつ笑顔で言うニーナ
ニーナもまたレイ同様この世界にとってのイレギュラーだった。
レイ同様とは言ったが流石にレイ程の理不尽な存在では無いだろうが。
そして『巻き込まれし者』なのだと聞いてこのニーナの職業、チート職業であると確信する。
現在は魔法を使う職業なのに魔法系のスキルを覚えてないと言うが、レイは『魔(法の)王』というこの職業、全ての魔法系スキルを『最初からLv10』で覚えられる職業なのではないかと考えている。
つまりは勇者や聖女の様に育てば強いかつ様々なブーストスキルがある様な王道の職業、では無く所謂邪道の何かの拍子に一気に強くなる、成長も早く王道より強くなる等のチート系職業だろう。
レイの考えではニーナの場合その一気に強くなるタイプのチート職業である。
この世界の人間のステータスを見た事は無いがスキルレベルのカンストなんて恐らく人間辞めました、何て連中の筈だ。
僅か九人しかいないと言われるこの世界に置いての絶対強者であるSSランクの冒険者がこの世界でのその人間辞めました組なのではないか。
つまりカンストスキル一つでもあればこの世界では十分に化け物の域だ、というのがレイの考えである。
「あれか、最初ステータスを見て矢鱈興奮してるなと思ったけど自分がチートキャラっぽかったからか。」
「その通りですよ!ただの『巻き込まれし者』じゃなくてホント良かったです!
そうなると私も佑兄もチート系『巻き込まれし者』だったんで一般人『巻き込まれし者』のステータス画面が気になるは気になるですけどね。」
あれこれ言いながらニーナは自分のステータスのとある一つのスキルの事を考える。
それは誰にも見られないうちにステータスを閉じた理由
(アレは……言っても仕方ないですよね。)
チートどころかバグと言っていい程の戦闘力を持ったレイであるがいくらなんでも他人のスキルをどうこう出来るとは流石に思えず、ニーナはその考えを頭の隅に追いやった。
「ガチの一般人『巻き込まれし者』か……確かにどんなんだろうな。」
異世界転移でチートキャラになった訳ではなく元々がチートキャラと言っていいレイはカテリーナの言っていた希望の『巻き込まれし者』では無い可能性もあるのだが、自身のステータスウィンドウはチートどころかバグっているのでニーナの言う通り確かに地球から転移して来た一般人のステータスがどんなものになるのか気にはなる。
気にはなってしまったがいない者のステータスを気にしても仕方が無いと思考を切り替えた。