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3-Another~勇者と聖女:後編~

 あの後結局朝食に呼ばれるまで何をするでもなくぼーっとしていたニーナは現在礼、円と共に訓練場をぐるぐると走らされていた。

 ニーナたちを走らせているのはシャンデラ王国王国騎士団騎士団長のウィリアム・スタインバーグという筋骨隆々の男である。

 朝食の時に昨日さらっと話されていた訓練の事をカテリーナが詳しく説明してくれた。

 とは言っても単純に騎士団長が訓練を見てくれるという内容だったが、その結果が現状である。

 ウィリアム曰く一に体力、二に体力、三、四も体力、五に体力だそうだ。

 確かに何事に置いても基礎体力が重要なのは理解出来る。

 しかし朝食の後食休みを挟んで直ぐに始まった訓練なのだが、太陽らしき天体は既に中天にある、つまり休み休みではあるが六時間程走らされてると考えていいだろう。

 

(し、死ぬ……延々走らされるし、それに佑兄も見かけないし心が折れそうです……)

 

 そんな事を考えてから恐らく三十分ぐらい経って、昼食の声が掛かり漸く立ち止まる事を許される。

 正直体力を使い果たして食欲の無い三人だが、無理矢理にでも少しでも腹に入れる。

 その間表面上は普通に友達の様に会話をしているのだから人間とは斯くも恐ろしいものである。

 食休みを挟んで午後の訓練は腕立て腹筋などの、やはり体力作りの基礎トレーニング、三時間程それらの基礎トレーニングをした後は二時間程の素振りだった。

 魔法職のニーナと円も素振りをやらされる、とは言え礼は模擬戦に使う刃引きのされた鉄の剣だったが二人は木剣だった。

 杖を振り回して動き回れる程度の体力を付けろ、とのお達しである。

 夕方になり漸く終わる、そこでウィリアムにこの体力作り訓練は最低でも一週間はやると言われ三人とも落ち込んだ。

 礼は恐らく円を襲う為の体力を残せないからだろうが。

 その後夕食を摂りカテリーナにお風呂があると言われニーナと円は早速入る事にする、恐らく礼も入ったと思われる、勿論男女別だ。

 

「あー、生き返ります……」

「ニーナちゃんお年寄りみたい。」

 

 余っ程お風呂が気持ちいいのか蕩けた表情のニーナを見て円はくすくすと笑う、そしてその直後に少し真剣な表情をしてニーナに話をする。

 

「あのねニーナちゃん……その、多分昨日もまた……」

 

 それはニーナが前々から相談されている円が寝ている時に行われる礼の性的行為の事である。

 

「そろそろ礼にちゃんと言った方がいいんじゃないですか?」

「でもそれで礼が離れていったら私……」

 

 これである、礼が独善的に独占的に円を見てるなら、円は円で礼に盲目的に依存的なのである。

 だから円の相談も、なんで態々こっそりなんてするのかな私の全部は礼のなのに、といった感じなのである。

 つまり黙ってされてるのは嫌なのどうすればいい?という相談、ニーナとしてはたまったものでは無い。

 ニーナが救いようが無い、滑稽だと礼に思うのは『さっさとくっついて私に変な敵対心向けてくんの止めてくれ』という思いからである。

 

「はぁ……あー、円は礼の子供って欲しいですか?」

 

 円の中へと精を吐き出した礼を思い出して聞く、あんな状況で子供が出来たら殺すとは思ってはいるがもし出来たら出来たで円がそれを受け容れてしまうのならニーナは何も言えない。

 

「子供……?要らないよ?」

 

 当たり前でしょなんでそんな事聞くの、と言った感じで答える円、そんな然もありなんという円にニーナは驚いた表情を見せる。

 円は子供好きだし、礼との子なら望むと思っていたからだ。

 

「え、そうなんですか、意外です。」

「確かに礼の子なら可愛いとは思うよ?けど私以外を可愛がる礼は見たくないの、だから要らない。

 でもでも私の中に礼の精液全部出して欲しいの、そうなると不妊手術かな……でももしも、万が一にも礼が子供欲しいって言う時の為に避妊薬を飲んだ方がいいのかな、どう思うニーナちゃん。」

 

 ニーナは円に色々と話を聞いていて、円が礼に依存しているのは分かっていた、がしかしここまでとは思っていなかったので呆気にとられる。

 そして思う、神様人選間違えんじゃない?と

 しかしこの二人お互いの事が絡まなければ基本的には確かに勇者や聖女に向いてると思わないでもない、お互いの事が絡まなければ

 

「だからそれこそ礼に聞くべきだと思うんですけど……」

「それは恥ずかしい……」

「ええ……ちょっとニーナちゃんには円がよく分からないですよ……」

「ん?ニーナちゃんも好きなら佑さんに対して私と同じ事思うでしょ?」

 

 私が円の感情を理解する事は出来ないだろうな、と思いながら適当に相槌を打つ

 後にレイに抱かれた時に自分だけを可愛がって欲しいという気持ちは少しだけ分かってしまったのは円に報告する事は無いだろう。

 因みにニーナはレイとの子なら欲しいと思ってる。

 

「ふぁ……そろそろ逆上せそうです、出ましょうか。」

「そうだね、私ももう身体ぽっかぽか。」

 

 風呂を上がった二人は部屋へと戻り、あまりの疲れの為泥のように眠った。

 その後は特に何が起こる訳でも無く、礼も案の定疲れて円を襲う事無く、異世界生活は三日目、四日目、五日目と何の問題も起こらず順調に過ぎて行く

 相変わらずレイの姿は見当たらないが敢えて問題を上げるならそれぐらいだとも言えた。

 ニーナはレイの姿が見えなく心配はしていたが、その強さも知っているし何より大人である。

 自分が心配しても仕方が無いと出来る限り頭の隅へと追いやり考えない様にしていた。

 そして事が起こったのは六日目の昼間、王都中を靄の様なものが覆った。

 

「ウィリアムさんこれなんですかね?」

「分からんがなんだか薄気味悪いな、今日の訓練はここまでにするか。」

 

 ランニングを抜け出してウィリアムへと聞きに行く礼、抜け出しやがってと睨んでたニーナだがウィリアムの言葉にコロッと表情を変える。

 訓練の中止に顔を綻ばせていると訓練場に息を切らした騎士が一人慌てて入ってきた。

 

「団長!ど、毒です!直ぐに避なッう……がはっ……はぁはぁ……す、直ぐに避難をしてくだ……さい…………」

 

 騎士は突然血を吐いて膝を着いたが呼吸を整えゆっくりと言葉を最後まで伝える。

 毒、恐らくこの靄の事だろう、伝えに来てくれた騎士の様子を見る限りはそれ程強い毒性の物では無いと思われる。

 でなければ走ってきた、つまりより多くこの靄を吸い込んだ筈の騎士はここまで辿り着けて無いだろうし、血を吐きはしたが直ぐにどうこうなる様には見えなかったからだ。

 

「ふうむ、お前等布かなんか持ってたらそれで鼻と口を押さえて出来るだけ焦らず城を出ろ、私は城内の様子を見てくる。」

 

 ウィリアムは三人にそれだけ伝えると走って行ってしまう。

 

「とりあえず私たちも此処から離れましょうか?」

 

 ポケットからハンカチを取り出してそれを鼻と口に宛てがいながら礼と円に声を掛ける。

 二人もニーナと同じ様にハンカチを宛てがい頷いた。

 そのまま訓練場を出て城の出入口を目指す、正確には三人は城から出た事が無く分かるのも客室、食堂、訓練場、そして召喚された部屋ぐらいだったが流石にこんな状況なのでそれなりの人の流れがある、その流れに乗れば出入口へと行けるという訳である。

 

「円大丈夫か?人が多くなってきたからはぐれないようにボクが手を繋いであげるよ。」

「あ、うんありがとう礼」

 

 礼は円の手を取って確りと握る。

 確かに出入口が一箇所の為出入口へ近付けば近付く程人の量は増えていっている。

 はぐれない様に手を繋ぐ、というのもありだろう。

 普段ならばと注釈が付くが。

 

(いや、ほんとあの二人何やってるんですか。

 ただでさえハンカチを押さえるのに片手が塞がってるのに手を繋ぐって…………おや?あれ、円と礼は……?)

 

 はぐれた、正確には現状出入口に向かうしか無いのだからはぐれたと言うのはおかしいのかもしれないが、それでもニーナの視界内に二人の姿は見当たらなかった。

 そのまま人に流されに流され、気付けば王都の門の一つまでやって来てしまっていた。

 どんどんと門からは人が出て行き、ニーナもその流れにそのまま身を任せる。

 円と礼の姿は完全に見失っていた。

 だが自分が辿り着くであろう街や、そうでなくても他の街には辿り着くだろうと深くは考えない様にした。

 自分は一人になってしまったが向こうは二人、しかもまだまだ成長途上とは言え仮にも勇者と聖女の二人なのだなんとかなるだろう、そうなると不味いのは自分である。

 職業とスキルが合致していないのだ、体力向上の為の基礎トレーニングによりこの世界に来た直後に比べれば体力はそれなりに付いたとは感じているが、得た物と使える物はむしろそれだけである。

 

(佑兄……ほんとに何処にいるの……)

 

 暇人なのかと疑いたくなる程カテリーナはニーナたちの食事にほぼ毎回同席していた。

 その度、という訳では無いが一日一回は必ずカテリーナにレイの事を聞いていたが、カテリーナもあれ以降会ってないし自分は直接地下牢までは行ってないので分からないと言う。

 正直怪しいとは感じていたニーナだが、レイは出て行ってしまいそれを隠してるのかもしれない、なんて考えたら深くは聞けなかった。

 

「気落ちしてるみたいだけどお嬢ちゃん大丈夫かい?」

 

 レイの事を考えながら歩いていたら、隣を歩いていたお婆さんから心配され声を掛けられる。

 

「大丈夫ですよ、ちょっと人とはぐれてしまっただけです。」

「それは心配だねえ、再会出来る事を祈ってるよ。」

 

 そう言われ何となく気不味くて少し早足になってしまう。

 王都を出て三時間程歩いただろうか、目の前に街が見えてくる。

 周りの人の話に耳を傾けると、どうやらブレンという名前の街らしい。

 無事に辿り着けた理由は大人数だったから、魔物もバカでは無いのでこれだけの大人数で移動してれば襲われる事は基本的には無いらしい。

 

(私は無事に街に着けましたね……円と礼は大丈夫でしょうか……)

 

 ニーナがブレンの街に辿り着いた頃、円と礼はまだ街道を歩いている途中だった。

 今二人が共に行動している一団は隣国に家族や親族がいる者たち、つまりこの国を出ようとしている者たちだ。

 シャンデラの王都から一番近い隣国の街までは五時間から六時間も歩けば着ける距離だそうで、このまま行けば日が沈む頃にはその街へ着く予定である。

 隣国、クロータンス王国はシャンデラ王国とは友好国で関所のチェックもかなり甘く犯罪歴の確認だけで通れてしまう。

 その犯罪歴の確認も触れれば犯罪歴、もう少し明確に言えば逮捕歴の様なものが分かる魔道具なので数秒で終わる。

 しかも恐らく早馬が出ているはずなので普段以上にチェックが甘い可能性もあって紛れて国を出てしまおう、というのが周りの話を逐一聞いていた二人の決断だった。

 

「ねえ礼、本当にこの国を出ていいの?」

 

 円も同意したがこの国を出ると言い始めたのは礼である。

 そもそも円の場合は礼の下が自分の居場所なのだと本気で考えてるので、礼さえいれば場所なんて何処でもいいのだが。

 

「ボクたちの事を誰も知らない場所に行きたいんだ、それにボクは円さえいてくれればいいから」

 

 円とは考え方は違うが着地点はほぼ同じである。

 シャンデラ王国にいれば確かに手厚いサポートを受けられるのだろうが、それは戦いを強要されるのとほぼ同義だ。

 礼だって男の子なのだから勇者、というより物語の英雄たちに憧れだって抱いていた。

 だがそれはあくまで物語だからで、いざその立場になって戦え、生き物を殺せと言われれば普通の感性を持っていれば拒否したくもなる。

 それでも円を守れるぐらいには強くありたい、そう思っていたから訓練は受けていた。

 しかしこの様な事態になって好機なのだと捉える。

 どうせある程度の強さ、円を守れるぐらいの強さを手に入れたらこの国から出て行こうと考えていたのだ。

 今はちょっと体力が付いたぐらいだが、言いたくは無いがレイのおかげで円が『回復魔法』を使える様になり、多少無理が効くのだから離れられる時に離れてしまおう、という訳だ。

 

「円、二人で生活しよう。」

「ああ、礼それって……」

 

 それから今後の事を話しながら歩き続ける、途中の関所を超える時に支援金として一人銀貨十枚が渡された。

 この時の二人はこの世界の貨幣や物価を理解していないのでこの金額が多いのか少ないのかすら分かっていないが、人一人が一月生活するには十分過ぎる、とまでは言わないが生活に問題は無い程度の金額である。

 その後予定通り日が沈む頃にクロータンス王国の街、スライプの街へと到着する。

 円と礼は暫くその街に住み冒険者、では無く普通に働く、そして気付いたらスライプの街から姿を消していた。

 冒険者でも無いし近所付き合いも最低限だったので誰もその行方を知らない。

 ニーナとレイが再会したのが王都脱出から約二ヶ月後、ニーナが円と礼が再会するのはそれよりももっともっと後の話になるのだった。

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