0~非日常の扉~
十二月二十五日クリスマス
後に様々な異名で呼ばれる様になる男、現在30にもなってフリーターでその日暮らし、見た目は茶寄りの黒髪に平凡よりは少し上だと思われる顔の作りで中肉中背と言うよりは身長は高い。
だが能力は凡人以下、そんな現在は社会のゴミの様な男はその聖なる日の真昼間に一人で、独りでカラオケへと足を運んでいた。
昼から夕方まで趣味の配信活動をしつつ適当にカラオケを満喫して会計を済ませ外に出る。
店を後にした男は突然の空腹感で昼食すら摂らずに熱唱していたのだと思い出し、近所の味噌汁の付く牛丼チェーン店で空腹を満たす事にした。
その帰りの出来事である。
男の日常はその日、その時から非日常へと変わったのだ。
「さてさて、腹も満たされた事だし帰ってアニメでも観ますかね。」
周りに誰も居ない状況、完全な独り言を呟いた男は帰路へと着く
先程までヒトカラを嗜んだにも関わらず陽気に鼻歌を歌いながら歩いていると、突然の爆発に巻き込まれた。
「ぐっ……うわあ……!」
爆風により吹き飛ばされ頭を打った男は意識を朦朧とさせながらも辛うじて失う事は無く、そして視界に入ったモノに目眩を起こす。
「なんだアレ、夢……だよな?
もしかして俺はカラオケの途中で疲れて眠っちまったって事か?」
その言葉は現実逃避でしか無かった。
頭の痛みがそれが夢なんかでは無いという事を痛烈に実感させる。
(化け物……)
目の前にある光景は無惨にも潰された自動車、抉れたアスファルト、そしてまるでファンタジーにでも出てくる様なモンスターの姿だった。
状況を見る限り先程爆発だと感じた物はその化け物が着地した衝撃による物らしい。
軽い目眩を起こしつつも痛む頭を抑えながら男は立ち上がった。
その瞬間首にチクリと僅かな痛みを感じ、たたらを踏むもののなんとか踏ん張る。
「痛っ、真冬だってのに虫にでも刺されたか?
まぁそんな事はどうでもいいか……早く逃げなきゃ!」
逃げる為の行動に出ようとしたが既に遅かった。
化け物の様子を見ようとした時、その化け物と眼が合った、合ってしまった。
その化け物は体長3メートルはありそうな巨体、太い手足に鋭い爪、その口は大きくまるで鰐が二足歩行してるかの様な見た目、ファンタジーでよく眼にするリザードマンを鰐の様な見た目にしたものと言えば分かり易いかもしれない。
そんな化け物と眼が合った。
どう考えても逃げられる気がしない、爬虫類顔の所為でよく分からないが、眼が合った瞬間ニヤリと笑われたと男は感じていた。
(ああ、死んだわコレ)
男は完全に生を諦めていた。
化け物は逃げようともしない獲物に対して咆哮をひとつ上げ一足飛びに男へと飛び掛る。
その様は大型のトラックが突っ込んで来てるかの様な感覚だった。
その様子を見た男の意識は恐怖に対する防衛本能なのかブラックアウトした、と思っていた。
聞こえて来たのは自分を喰らう音でも切り裂く音でも無く、化け物の苦悶の叫びだった。
自分自身には痛みも無く聞こえて来た化け物のそんな叫び声
そんな状況に恐る恐る眼を開く
「は?え?」
その光景に恐怖で一杯だった筈の男からそんな間抜けな声が出た。
目の前にあるのは片腕を失った化け物の姿、そして感じた自分の無意識に何かを振り抜いたかの様な格好
眼を開く前は誰かが助けてくれたのだと考えていた。
しかし周りをぐるりと見回しても最早自分以外の人影は見当たらず、今目の前にある光景は恐らく自分が起こしたであろう状況、そんな状況に一般人、いや一般人にすら劣ると思っている男から漏れ出たそんな間の抜けた声は致し方ないと言えよう。
「正直訳分かんねぇけど何が起こったのかは理解した。
これアレだ、よくある主人公補正の覚醒だわ。
超常能力に、チートに目覚めましたわ。
こんなモブ、村人Aの俺にもそんなん起こるんだな……俺の物語の主人公は俺だってか、喧しいわ。」
男がある意味現実逃避の様なノリツッコミをしていると目の前に太い腕が迫って来ていた。
仮に本当にそんな能力に目覚めたのだとしても所詮は村人A、華麗に回避したり、迫って来ている腕を切り飛ばす様な事が出来る訳も無く、呆気なく吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。
「痛っ!……くない!
やれる!これなら殺れるぞ!」
完全にハイになっている男は立ち上がると化け物に無策に突っ込んで行く
正直何が出来るのかは分かっていない、けれど確実に肉体の強度は人間のそれでは無くなっていた事もあり興奮状態の男はただただ突撃した。
化け物まであと数メートル、と言う所まで近付いたところで、突然目の前の化け物は網目状に切り裂かれ、所謂サイコロステーキと化す。
バラバラになり地面へと様々なモノが散らばる中、男から見て化け物の影になっていた場所に人影がある事に気付く
されど最早体当たりの様な勢いで突撃していた男は止まる事叶わずその人影へと突っ込んで行く
「ガーッハッハッハ!勢いが良いのはよいが状況判断はしっかり出来んといかんぞ!」
人影がそんな事を言ったかと思うと突撃していたはずの男は人影の目の前で正座の格好をさせられていた。
そこで漸くその人影をしっかりと視認する事が出来た。
強面に髭面、眼帯を着けパッと見の年齢は50は超えているだろうオッサン、片腕は黒光りしていて反対の手には日本刀の様な物を携えている。
この目の前の人物が化け物をサイコロステーキに変えたのだと判断した男は先程までのハイな状態が嘘の様に完全に血の気が引いていた。
人の形をして人の言葉を話してはいるがあの化け物を瞬殺した化け物
視界の端に映る化け物の欠片がまるで未来の自分の姿の様に感じた男はすっかり借りてきた猫の如く大人しくなっていた。
「片腕が綺麗な切れ口だったから何か使ったのかと思ったがお前さん無手だな、て事は術師か?」
術師か、なんて聞かれても自分はこの力を先程手に入れたばかり、何かを振り抜いた体勢はしていたが何をしたのか自分でも分かっておらず、その後はただ突っ込んだだけ
聞かれた言葉に何と返せばいいのか分からず逡巡していると何かに気付いたのかオッサンは男をジィっと見詰めた。
「何がなにやらって表情してんな。
お前目覚めたばかりか。
フムフム……面白い!お前さん儂と一緒に来い!」
そう言って出されたオッサンの手を男はほぼ無意識に握っていた。
こうして謎のオッサンに着いて行く事にした男、男の日常はこの時から一転して非日常へと変化したのだった。