Part.4 (2)
「何?」
「お前、昨日は駅裏のサーバーに立ち寄ってみたか?」
「ええ、でも誰もいなかったし、ハックも試みたけど更新されたばかりで破れなかったわ」
「だよな。俺も今立ち寄ってハックしてみたがダメだった。だが、誰かが路地から出て行くところは見えた」
「じゃあ、それが……」
俺は彼女が後に続けて言うことであろうことに対して訂正をした。
「いや、まだそうと決まったわけじゃない。でも、俺がサーバーに訪れた時、すぐ前まで誰かがいたようなんだ」
彼女は数秒後にこう言った。
「……どうやら、そのハッカーは毎日といっていいほどこまめに更新をしているようね」
「そうかもしれない、とりあえずそれだけだ」
「わかったわ、さようなら」
通話終了の効果音がなる。
俺は家に帰った。
二日後の月曜。日曜に無駄に寝まくった俺はディノスのアラームを聞くことなく、すんなりと起き余裕ぶちかまして登校してやった。
教室に入った時、クラスメイトの視線が変にこちらに注がれているようなのは思いすごしか。
「あれ、なんでこんな時間に来てるの?」
牧瀬が失礼な質問をする。
「なんだよ、その俺が早く来てるとダメみたいな言い方」
「はいはい、よく早く来てくれました。偉い偉い」
といって、俺の頭頂部をなでるように手をかざす。
俺はその手を払いのけ、
「俺は褒めて伸びる幼稚園児かよ」
「ではどうしてほしいのかしらね? まあ、大人しく授業まで座っていようね~」
と、幼稚園の先生ばりの「ね~」の伸ばし方。
「いまさら帰るわけないだろ……まったく――」
「だよな」
割って入ってきたのは光成、そしてこう続けた。
「せめて出席つくように朝のホームルームまでいて帰る。だろ!」
右手の親指を立て、グーサインを出しながらこちらにウインクする光成。
朝っぱらからよくもこんなにはきはきと人をおちょくれるものだ。
「そんなに俺がここにいるのがおかしいのなら、ええわかりましたとも。チャイムが鳴るまで姿を消しますのでよろしく」
俺は席を立ち、「どこいくんだよ」という言葉に、「散歩してくる」と言って教室を出た。
別に牧瀬や光成の態度に腹を立てたわけではない。
居づらかった。
普段、朝の教室など来ない俺には他の者のように自習したりとかそういう類の時間のつぶし方を知らないし、何よりあの空気がどうも好きになれない。人も少なくいつも以上に生気を失った部屋で俺は居心地の悪さしか感じられなかった。
俺は、階段を上がった。
結局俺にとって居心地のいい場所とはここになってしまった。
扉を開け、屋上へ出る。
端まで行き、転落防止用のフェンス越しに登校してくる生徒の群れをじっと見ていた。
時間が経つにつれ、人は多くなっていった。しかしもちろん、それも次第に少なくなり、人々の足取りも悠長ではなくなってくる。
チャイムが鳴る。あと、五分でホームルームだ。さてと俺が戻ろう思った時、校門から入ってくる生徒の一人に視線を奪われた。
数人の生徒が走っている中、彼女は時間など気にしてないようにゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。
そしてこちらを見上げ、確かめたかのように首を縦に振り、右手を扉の方へ降り『はやくもどりなさい』と合図をしてきた。
『ああわかりました』と俺も手をふり合図する。
「人の事を言ってる場合じゃねえだろ。御影、お前はよ」
この日、学校において彼女と会ったのはこの時だけだった。
俺は橋を渡り家路とは逆に足を進めた。
空は晴れている。しかし、空気はじっとりと重く、風は生ぬるい。
こんな日はじっとしているのもじれったい。
そう考えるとこれからすることもそんなに嫌に感じられないかな。
そんな無茶苦茶な動機づけをしているうちに到着した。
「遅い」
彼女は廃パチンコ屋のガラス戸に寄りかかり、俺の方をゆっくり見上げた。
「お前が早いんだよ」
彼女のカバンが置かれている横に俺もカバンを置き、例の武器を取り出しズボンのポケットに引っかけた。
「特にこれといって言うことはないわ、ただ今日きちんとケリはつける。ダメならここはあきらめるわ」
俺と御影はサーバーに一番近い位置に出れる路地を進んだ。
路地の手前まで来て、俺はエアガンに弾が装填されていることを確認し、近くの空き瓶に狙いをつけて一度だけ引き金を引いた。
使えることを確認して、彼女に訊く。
「今日は敵さん来てるのか?」
「いえ、確認はしてないわ。でも居てくれることを願いましょう。相手はよっぽどマメにウイルスを更新してるから待っていてもダメ。ここでウイルスの元を絶つのが賢明ね。この前みたいに、ならなければいいけど……」
俺は思い出した。あの絶え間ない発砲音、そして腹部への鈍痛を。
「で、結局俺はどうすればいいんだ?」
もちろん同じような目には会いたくない。ましてや、みすみすオトリにもなりたくない。
「この前と同じ状況ならば相手の発砲が途絶える時を狙って、遮蔽物から遮蔽物へとサーバーへ近づいていく。そして、十分近づいたら貴方をオトリに私が一気に距離をつめるわ」
「やっぱり、俺がオトリかよ、……にしてもどうやってオトリになれと?」
「簡単よ。道の真ん中に出るだけ。良い的になればいいの。でもすぐに撃たれちゃ意味がないわ」
「もちろん必死で避けますとも」
「ならいい。じゃ、行くわよ」
彼女は路地にと入っていく。俺も後をついていく。
路地の出口の手前までやってきた。俺がこの前御影に突き飛ばされたところだ。痛いことを除けばありがたいことであった。
「まず始めは軽くオトリ役の練習をしてもらうわ。『3、2、1』の合図であたしより先に路地へ出て、あの看板まで走って隠れて。しっかり敵の注意を惹きつけてね。その後は、さっきも言ったように発砲の途絶える間に前へ進んで」
「はぁ、わかったよ」俺は溜息をつき、エアガンを握りなおした。
辺りは静かでいつのもように陰気な雰囲気を出すばかりで、俺達以外人の気配などしない。時たま吹く風に転がされた瓶の音がカラカラと反響する。
「いくわよ。3、2、1」
御影が小声でささやく。俺は身を構えた。
しかしささやきは次の瞬間通り中に反響するものへと変わった。
「GO!」
その瞬間御影と俺は走った。
そして路地から通りへと出る。
同時に絶え間ない発砲音が通り中に鳴り響く。
足元をいくつか弾が通り過ぎていく中、俺は来た路地の方向とは向かいにある、壁に置かれていた立て看板の後ろに転がり込んだ。
弾が看板へとあたり安っぽい音が俺の耳を刺す。
やっぱり読まれてたか。おまけにどこから撃っているのか確認もできなかった。
御影は大丈夫だろうか。俺の居る位置が彼女の指示していた位置だが。彼女自身はどこに? しかし、この弾幕の中では顔を出すことすら……
そう思っていると発砲音が鳴り止み、また通りが静かになった。
俺はすぐに看板に極力隠れながら辺りを見回した。
俺とは反対側、さっき来た路地側の方に積まれている段ボールに彼女は身を隠していた。彼女の位置は俺よりサーバー、おそらく敵が居ると思わしき場所に近い。
彼女の隠れている場所は俺のとは違い路地から確認することはできなかったはず。敵の攻撃の中、瞬時にあそこを見つけ出し、逃げ込むとはなんて判断力と瞬発力を……
その時、俺は彼女の俺への配慮に気づかないわけにはいかなかった。
今俺のいる場所は路地から知りうえる情報の中では一番安全な場所であったはずだ。彼女、口では「オトリになれ」などと言ってはいたが、本当にそうなら、俺にこんな場所など与えないはず。自らを危険に呈してまで俺へこの場を与えてくれたのだ。御影……お前は……
再び発砲音が鳴り響く、俺は顔をひっこめた。
すると御影の声が聞こえてきた。
「とりあえずは無事ね。そこから敵は確認できた?」
「いや、分からない。弾幕が止んだら確認してみる」
いくらかして音が鳴り止む。俺は通りの奥をのぞき見た。
サーバーがある場所の前に、この前来た時にはなかった段ボールを積み上げた壁がある。ところどころ隙間がある。おそらくあそこから撃ってきてるのだろう。同時にこちらの攻撃を防ぐ防御壁としての役割もしてるようだ。
俺はまた身を隠し、御影に報告した。
「向うは段ボールでお手製トーチカ組んでやがる。近づかないと手が出せない」
「じゃあ、タイミングを見計らって前へ進むわよ」
話している間に再び弾幕が張られていた。
弾幕が止むと御影は走り出し数メートル前方の遮蔽物に身を隠した。もちろん俺も同じように別の場所へ隠れた。
銃弾が俺の背にしている看板へとあたり高い金属音をあげる。
その音が鳴りやむたび、俺たちは前進した。
地面には無数の玉が転がり始めた。これだけ打たれているがまだ鳴りやんでくれそうにない。一体、どれだけ弾のストックがあるんだよ。
段ボールトーチカまであと数メートルの地点まで進んだ。しかし、今隠れている遮蔽物からトーチカまで隠れる場所は一切ない。しかし、弾の途切れる間を狙って乗り込むとしてもたどりつけるかどうかギリギリの距離だ。間に合わなければハチの巣にされかねない。それに、間に合うとしても向こうはそれにそなえもう一丁で撃ってくる可能性だってある。
「御影。ここまで来たぞ」
俺は、覚悟を決めた。
「そうね、この距離では単独での突入は無理ね。頼むわよ」
俺は頷いた。
そして銃声が止み、俺は飛び出した。
彼女は銃を両手で持ち、腕を下に伸ばして構えトーチカへ壁伝いに走っていく。
俺は通りの真ん中へと移動した。彼女に敵の注意がいかないように。
そして、また発砲が始まった。
俺へ向かって狙いをつけてきた。
左右へ大きく移動し、照準を絞らせないようにする。
なんとかすべて避けきった。攻撃は止んだ。
御影はあと二、三メートルのところまで来ている。これでいい、もう大丈夫。
そう思った時だった。
「っ!」
御影の体が前方に傾く。そして、肩から倒れこんだ。ハンドガンは手を離れ地面を滑ってゆき、彼女の長い髪が地面に広げられてゆく。
「くっ、なにこれ、紐?」
彼女の右足には白い紐のようなものが引っかかっていた。
「御影、早く!」
すぐに起き上がって銃を拾えば敵のリロードが終わる前にあのトーチカに乗り込めるはずだ。
「ええ……わかってるわ……」
そう彼女が痛みに耐えながら返事をするとき、敵の銃が俺の目に映った。
リロードしたとしても早すぎる。二丁めの銃だ。はじめからこれを狙ってあえて、今まで使わなかったのか。
そして、その銃口はトーチカの前で地面に手をついて上体を起こそうとしているあまりに無防備な彼女へと向けられようとしていた。
「御影!」
もう、ダメだ。
顔を上げ、自らの窮地を自覚した彼女はどうすることもできず、もう避けるだけの猶予は残されていなかった。