Part.3 (2)
俺は後方へ飛ばされ、仰向けに倒れた。そして後頭部を打った。
「ぐはっ」
つづいて腹部に痛みを感じた。
重い。何かが俺の腹部に乗っている。
下を向くと俺の上に御影がうつ伏せに倒れこんでいる。
上から見ると十字のような形をして倒れこんだ俺たちは、どうにかして攻撃から身を守ることができた。
「痛てて」
俺は後頭部をさすり、起き上がろうと思った。しかし、乗っかった御影のせいで起き上がれない。
「御影! 御影」
俺が呼びかけると御影は地に手をついて上体を持ち上げ。
「ごめん」と言う。
彼女は立ち上がり、俺に手を差し出す。
「はやく。逃げなきゃ」
俺は手にひかれて起き上がり、走りだした。
パチンコ屋の前まで逃げおおせると、彼女は言った。
「ああするしかなくて……。怪我はない?」
「すこしうったが、特に問題はない」
「なら良かった」
俺に弾が向かって飛んで来た時、御影は俺に向かって体当たりし、俺を弾から守ってくれたようだ。
おかげで、弾は避けれたが、その後自分も倒れこんでくるという手荒い方法である。
「にしても、どうして弾が?」
「わからない。私たちの居た位置から敵が見えないように、敵からもこちらは見えなかったはず」
「でも、あの弾は俺に向かって飛んできた。それも一発。適当に撃ってるんじゃない。あきらかにこちらの位置を把握した上で狙ってきている」
俺の的確な分析を聞いてか、彼女は言葉に詰まった。
「……わかってるわ。でも、こちらに落ち度はなかったと思う」
「存在に気づかれてたとしても、場所まで特定されるとは……」
「今回も失敗ね」
彼女は通りの出口に向けて歩き始めた。
俺はカバンに銃をしまい。その後を追った。
通りの出口まで来たところで彼女は振り向き言った。
「明日屋上で」
彼女は走りだす。
「おいっ!」
俺は彼女追って通りを出た。しかし、彼女の向かった方向には誰もいない。どこにいったのだろうか?
「なんだよ……」
道には電柱の影が横たわっていた。
俺は進路を反対にとって家路についた。
「なあ、明日ついに俺のディノスが戻ってくるぜ」
翌日の昼。弁当を食いながら光成は声をはずませて言った。
「それは喜ばしいことだ。予定より早かったな」
俺もパンにかじりつきながら適当に返事をする。
「これで悠々自適に遊べるぜ。にしてもまた壊れたりしねえかな? セキュリティのレベル上げとくか」
「しといて越したことはないが、たぶんしないだろうな」
「どうしてわかる?」
光成が問う。
「橋の下のサーバーだって直ったしな」
「何言ってんだよ。今日にでもまたハックされるかもしれないだろ」
(指をふるつもりで)チッチッチ、光成、そんなことはある訳ないんだよなぁ。なぜならあのサーバーは俺と御影がすでにハックしているからだ。心配することはないんだよ。
「そうかもねぇ」
俺は普段と変わらぬ口調で言う。
「なんだよそれは」
光成が俺を怪しげに見る中、牧瀬が俺の下へやってきた。
「望月君、これ」
彼女は一枚のプリントを差し出した。
それは俺がいつか説明を受けた読書アンケート用紙だった。
「これがなんだ?」
「今日が提出日だけど……」
しまった忘れていた。
「そうか、今から集めるよ」
俺は用紙を回収するため席を立った。
「あの……」
か細い声がした。それは牧瀬から。しかし、牧瀬の声ではない。
牧瀬はその場を横に動いて、後ろを見た。
「目黒さん?」
牧瀬がその場を退くとそこには目黒が立っていた。
地面を見るようにうつむき、前髪が顔にかかっていてどこに視線が向けられているのかよくわからない。
彼女は両腕で多くのプリントを抱えている。
「あの……これ……」
もじもじとそう言う。おそらく俺に向かって。
そして、そのプリントの束をこちらに突き出す。
「集めてくれたの? ありがとう」
俺は軽く笑顔を作って礼を述べる。
「……いや……べつに……」
彼女は長い時間をかけてその聞こえるか聞こえないかともつかない声でそれだけ言うと、自分の席へと帰って行った。
「なんだよ、あいつ。もうちょっとはっきり喋ったらどうだ」
光成は明らかな不快感を感じているようだった。
「悪気はないんだって」
牧瀬が彼をなだめる。
光成はやはり不満そうにしながらまた弁当を食べ始めた。
俺のディノスが鳴り始めた。
ホログラムには『御影 沙織』との表示。御影からの呼び出しだ。
俺はすぐに保留にした。光成と牧瀬にホログラムの御影の名前を見られるとやっかいな事になると思ったからだ。
教室から出て、トイレに行く。誰もいないことを確認して電話に出る。
「なんだよ。突然」
『はやく上に来て』
「すぐ行くよ」
俺は屋上へ向かった。
「昨日屋上に来てって言ったでしょ。なんで、早く来ないのよ。そもそも電話にもすぐでないなんて――」
御影はとげとげしく俺に当る。
「お前こそ考えてくれよ。こっちもバレないように必死だったんだよ」
「もういいわ。それより、あのサーバーの件を話しましょう」
「結局どうするんだ。今まで二回ともしてやられた感じだが」
「そうね。明らかに相手は私たちより状況を把握している。だから裏をかくとかそういう類の作戦ではこっちに歩があるわ」
「そうだろうな」
確かにあれだけこちらの行動が見透かされていては、裏などかけもしないだろう。
「相手はおそらくひとり。ならば……」
彼女はこちらをニヤリと不敵な笑みを浮かべ、こちらを見る。
「ならば?」
何やら嫌な予感がする。
「力で押すしかないでしょ」
予感的中。
「一対二なら真っ向から向かえば、相撃ちになってこちらは一人生き残るわ」
「俺かお前がやられるの前提の話かよ」
「しょうがないでしょ。うまくオトリになってちょうだい」
やはり俺にとってはロクでもない作戦だった。
「俺に決まりかよ!」
「いや、この前の戦いぶりを見てだけど、オトリでなくてもあなたの方が先に狙われると思うわ」
確かに彼女の身のこなしを考えると、明らかに俺の方が的としては狙われやすいだろう。
「……悪いが自分から撃たれるつもりはないよ」
「ならせいぜいがんばってね」
あんまり励みにならない声援である。
「で、日取りは?」
「来週の月曜日。三日後よ。もうこれ以上逃げてもしょうがないし、勝つか負けるかどちらかよ」
「はいはい」
予鈴のチャイムが鳴る。
「忘れないように」
御影は俺を残してさっさと下に降りて行った。
俺も教室へと帰る。
「望月。お前急に教室を飛び出してどこ行ってたんだ?」
光成が聞く。
「急に腹が痛くなってな」
「それは気の毒に。それよりお前、アンケート用紙を出しにいかなくていいのか?」
「ああ、五時限が終わってからでいいよ」
俺はその後授業を受けた後、アンケートを先生へと提出しに行った。
「期限は今日までって言ったけど、なるべく昼休憩に来てほしかったな」
友野先生は俺がプリントを渡すと、不満をもらす。「ほしかったな」の辺りの言い方がなにかと可愛げである。
「一応、期限は守ってるでしょ」
「でも私は昼までのつもりだったの。今度からは頼むよ」
「なるべく気をつけます」
「なら帰ってよし。残りの授業寝ないように」
先生は胸の前で右手で小さくガッツポーズをした。
俺は、では、と頭を下げ退室した。
先生は笑っていた。
帰り道の途中、光成が言う。
「俺のディノスも直るし、明日それの回収がてら遊ばねえか?」
「別に暇だしいいぜ」
「なら明日の一時に駅前だ。いいな」
翌日、一時。
五分前からここにいるが光成は現れない。
電話をしようにもあいつはそのディノスを持っていない。
時計が一時五分を指す。
光成は遅刻者とは思えぬほどゆっくりと歩いてやってきた。
「待ったか?」
本当に待ってる人には言うことのできない問いかけ。
「待ったよ。五分でよかったけど」
光成は片手を顔の前で立てて。
「すまんすまん。家の時計を見て出たんだけど、こんなにかかるとは思わなくてよ。やっぱりディノスがないと不便だぜ」
「お前がちんたら歩くのがいかんのだろうが」
「まあ、言うなって。じゃ、行くぞ」
半ば強引に押し切られ、俺は彼とディノスショップへと向かった。
ショップは駅の横に立つデパートにテナントとして入っている。
ショップに着くと光成は受付カウンターに行き、店員と話始めた。
俺は彼の用事が終わるまでショップ内を見て回ることにした。
最新型のディノスがずらりと並べられている。
デザインが斬新なものから、年寄り向けにホログラムの表示が大きめのもの、音楽プレーヤーとしての機能を重視したものなどいろいろなニーズに合わせたディノスが置いてある。
やはり最新型のものは魅力的ではあるが、月の生活費を気にしている俺には機種変更なんて贅沢は言ってられない。俺は視界からそれらを遠ざけるように壁際の旧機種の展示されているコーナーへと歩いた。
店のカウンターのある場所から反対のこの位置は外から目につきづらく、時代遅れの商品はここへ追いやられている。
俺のディノスよりも古いものや、今更だれが買っていくのかわからない携帯電話なんてものも置いてある。
レトロな商品に俺は興味をそそられ、しばらくサンプルを吟味していた。
そろそろかと思いカウンターの方を見ると、光成は直ったディノスを腕につけながら、店員の説明を受けているようだった。
俺はサンプルを元の位置に戻し、カウンターへと向かった。
「――では修理の内容は当社のサイトで確認できますので」
「ええ、わかりました。それじゃ」
「またのご利用をお待ちしております」
光成はディノスを立ち上げて、直ったかどうか確認しているようだった。
「よし、大丈夫だ。それじゃブラブラっと遊ぶぜ」
光成は何か重しが取れたかのように軽々とした口調と足取りで俺に近づく。
「どこに行くよ?」
俺は光成に任せることにした。
「そぉだな。とりあえずゲーセンでも行くか」
俺たちはデパートの最上階にあるゲームセンターに向かった。
ワンフロア全てが娯楽施設となっている最上階では、半日潰すことなど難しいことではない。カラオケボックス、ダーツ、卓球、アーケードゲームとなんでも揃っている。
「望月。久々に俺とやってみないか?」
彼は店の奥のレトロゲームコーナーへ足を運び、対戦型ゲームによる勝負を申し込んできた。
「手加減してくれよ」
「俺だってブランクがあるだろうから大丈夫さ」
俺たちは互いに同じゲームの前に座った。
俺の前には映像を映し出す画面と、操作をするためのレバーと四つのボタンがある。最近は体感型ゲームが増えているためにこのようなゲームは少ない。
俺は百円硬貨をゲームへ入れる。
タイトル画面が表示される。その中で店内対戦を選択し、光成を待った。
数秒後に「挑戦者が現れました」と画面に表示された。
俺たちは互いにしようするキャラクターを選択した。
そして、カウントがされゲームが始まる。
昔っからある格闘ゲームのシステム。自分の体力を表すバーがなくなると負けだ。
がんばってみたが、光成にコテンパンにされてしまった。俺は敵の体力を半分も削れなかった。
「おいおい、張り合いがねえな」
席を立った光成が俺のもとへ来て薄笑いしながら言う。
「なら別のでやろうじゃないか」
負けっぱなしも嫌なのでもうひと勝負申し出てみた。
「わかった。何にする?」
光成の対応には余裕が見てとれた。
「なら、これだな」
俺はエアホッケーの台を指さした。
「ほう、てっきり俺の苦手なものを選ぶかと思えば……、良いね。それでこそやりがいがある」
さっきのように光成は古いタイプのゲームにはとても強い。それは彼が中古で買ったレトロゲームを家でやりこんでいる方だろう。しかし、最近のはおもしろくないとしないため、新システムのゲームにはめっぽう弱い。彼の苦手なものを選べば勝てる確率はぐっと上がるだろうが、それでは俺も満足できない。彼と同じ土俵の上で勝ってこそ意味がある。
俺たちは台を挟んで向かいあった。
お金を入れると、台からエアーが噴出し始める。
エアーの吹き出しと同時に埃が舞った。
俺たちはせき込み、光成は言った。
「けほっ、けほっ、だいぶ使われてなかったみたいだな」
「そりゃ、実物のパックをつかってするホッケーなんて、もうこれだけだぜ」
大半のホッケーゲームは対戦者が3D映像の中のパックをモーションセンサー付きのマレットで打つものになっている。
「でも、俺はこっちの方が好きだけどな」
俺の側からパックが出てきた。俺が先行だ。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺は彼のゴールを直接狙わず、外壁へと一度ぶつけ軌道が変わるようにパックを打ち出した。
しかし、彼はその反射したパックをいとも容易く打ち返す。
そして俺のゴールへ一直線。俺は間に合わなかった。
「まずは一ポイント。しっかり楽しませてくれよ?」
俺は手元から吐き出されたパックを思いきり叩いた。
「いやぁ、久々に遊んでスカッとしたぜぇ」
ゲームセンターでの遊びを満喫した俺たちはそのままデパート内をブラブラしていた。
「お、この服いかしてねぇ? 値段も結構良い具合だしよ」
光成は横のブティックのショーウィンドウに気をとられている。
俺は彼の身の回りを気遣い注意してやる。
「無駄遣いをするんじゃねえよ。お前だけの金じゃねえだろが」
「わかってるよ。腹が減ったから何か食いもんを買いに行くか」
彼の対象が服から食物に移ったのは、良いことだろう。
俺は彼と一緒に一階の食品売り場へと降りた。
梅雨もあけたようで外にいると汗ばむようになってきたが、この食品売り場はデパートの中でもより一層冷房が効いており、半袖の俺には少し寒いぐらいだ。
パックされた肉などが並べられた商品棚を過ぎて、スナック菓子の売っている場所へ行く。
光成は商品棚を見まわして、少し思案しているのかポップコーンとポテトチップスを見比べた後、ポップコーンに手を伸ばした。
「映画とか言ったらよく食うよな」
光成は独り言のように呟く。カップ入りのを食べ歩くのはまだ解るが、袋のポップコーンを食べ歩いている奴はあまり見たことはないが……。
光成はそれだけ手に取るとレジの方向に歩きだした。
店内には客が少なく、容易にレジへと並べるかと思われた。
しかし、そうはならなかった。
「お兄ちゃん!」
レジの前の通路にいる俺達に向かって叫ぶ声。驚きと怒りが混ざった声色。
「げっ!」
その声の方には一人の少女が。そしてそれを確認した光成はしまったとばかりに歩みを止め、驚いている。
少女は様々な食材の入ったカートを押して、こちらまで小走りでやってくる。
光成は「頼んだ」と俺にポップコーンを押しつけ、反対側へ逃げようとした。
すかさず俺は彼の襟の後ろを掴み、逃げようとする彼を片手で引き止める。
「おい、放せよ!」
彼は俺にそう頼んだ。もちろんその頼みは聞いてやれない。
「目を離した隙にいなくなったと思ったら、やっぱり遊んでた」
こちらまで来た少女は、観念してその場に立っている光成に言う。
「麻美ちゃん。ごめんね。俺が知ってたらこいつをすぐにでも家に送り返したんだけど……」
「いえいえ、別に望月さんは良いんですよ。悪いのはお兄ちゃんですから」
彼女はそう言って兄へと冷たい視線を投げかける。
「おい、どういうことだ? お前は妹に大量の買い物を任せて、自分は何をしてる」
彼女の押すカートには野菜やら肉、調味料などが入れられている。か細い女の子が持つのには少し酷な重さだろう。
「麻美、いつも付き合ってるんだから今日ぐらい良いだろう?」
光成は彼女に許しを請う。
「ダメ。お兄ちゃんも食べるんでしょ? これ。一週間ご飯抜きならいいけど」
「いや、それは……」
さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのか、光成はしおらしくなった。
「そういうことだ。遊んでないでお前は今から荷物持ちだ」
「せっかく久々に自由になれたのによぉ……」
光成はがっくりと肩を落とし、仕方なさそうに自主的にカートの持ち手を握った。
俺は麻美ちゃんに言う。
「こいつが逃げでもしないように今からついて行くよ」
「良いんですか? せっかくの休みなのに」
「いいんだよ。どうせこいつに付き合わされてたんだから。一緒の事さ」
「ありがとうございます。助かります。じゃあ精算するんで」
明るい声で彼女は俺に謝礼を述べ、光成と一緒にレジに並んだ。
精算を済ませ、荷物をしっかりと光成に持たせ、俺は彼らが家に帰る途中同行した。
「それにしても熱いですね」
外は太陽の光が肌へささるように照りつけていて、目の前に続く道はゆらゆらと曲がって見えた。
道の左手にはついこの前御影とうろちょろしていたあの通りが並んでいる。うすぐらい通りも日よけになって涼しそうだ。
俺はディノスに表示されている気温を確認してみた。
「三十二度か。まだ、夏も始まったばかりなのにね。梅雨明けしたら急に熱くなったね」
「雨がやんだかと思うとこれじゃあなぁ」
後ろから光成は口をはさむ。
俺は、後ろを振り向きざまに言う。
「俺が妹さんと話に花を咲かせてるんだから、荷物持ちは黙って……」
両手に荷物を下げて、だるそうに歩く光成のその後ろに人影を見た。
それはあの通りへと入って行った。
「どうしたんですか?」
立ち止まる俺に麻美ちゃんが声をかける。
「ごめん、俺用事あったんだ。悪いけどこれで」
「えぇ、さようなら……」
俺は彼女の顔さえ見返さず道を反対に通りへと歩き向かった。
通りの入口へ着き、奥を見渡す。
誰もいない。確かにさっき人影を確認したのだが……。
俺は奥へ向かって進み始めた。丸腰であることも忘れて。
涼しげな風が吹く通りの中はこの前と同様に人の気配すらしない。
結局何も起こらないまま奥まで辿り着いた。
そこにはメニュー画面の開かれたサーバーがあった。
ついさっきまで誰かがこのサーバーにアクセスしていたんだ。
俺は後ろを見て、通りに誰もいないことを確認した。
ダメもとで御影からもらったアプリを試してみる。
しかし、やはりハック作業は途中で止まってしまう。しっかとキーがかけらているようだ。
結局、例の人影については確認ができなかった。
俺の見間違いと言ってしまえばそれまでだが……。
俺はディノスのアドレス帳を開き、ある人物に電話をする。
アイコンをタッチし、コール音がなる。そして数回でそれは鳴り止んだ。
「御影。ちょっと気になることがあったんだが……」