Part.4 (1)
右手の人差し指で引き金を引く。
銃の上部が後ろにスライドし、反動を感じた。
弾の軌跡は追うことができなかった。
しかし、奴らの内の二人が言う。
「あれ? 落ちちまった」
「俺もだ、Diosが動かねえ」
御影をみると銃を引っ込めて段ボールの影に完全に隠れている。感づかれるまでは自分から出ない方が良いということだろうか。俺も、見つからぬ様に壁に隠れた。
そして、リーダー格の声。
「敵だ!」
それと同時に御影は飛び出した。
軽い身のこなしで敵を見渡せる場所へ走りこんだ。
そこから片膝をついた姿勢を取り、発砲。
その弾は銃を構えようとしている三人目の腹部にあたり、ぽとりと地面に落ちた。
「女か、覚悟しろ!」
俺も銃を構えながら飛び出し、狙いをつけようとする。
しかし、うまく定めることができない。
その間に相手はこちらに向けて撃ってきた。
相手の撃った弾が御影の顔の横を過ぎていく。
御影は動じずもう一発放った。そして、ヒット。
残ったのはリーダー格のみ。撃たれた奴らは橋の上へと逃げて行った。
「二対一か、歩は悪いが――」
俺は引き金を引いた。
弾は相手の胸めがけ飛んで行った。
当ったか。
しかし、相手は回転しながら、横へと逃げた。
「おっと危ねぇ。最後まで言わせろよ」
相手は俺と御影を続けざまに二発撃ってきた。
俺は、避けようと右へ足を出した。しかし、ぬかるんだ地面のせいで滑らせて、脇腹から転んでしまった。弾は俺の頭上を越えて行った。
御影は顔へ飛んできた弾を頭をひょいと傾けて、難なく避けた。
俺は、横に倒れた状態から相手に向けてもう一度発砲。
「お前は狙いがあまいんだよ」
そう言い相手はまた避けた。
「終わりだ」
そして相手が俺に銃口を向けた時、彼の手首に弾が当たっていた。
「狙いがあまい? これでもそう思う?」
御影の撃った弾は相手のDiosへと直接撃ちこまれていた。
Diosのホログラムが消えていくのが確認できる。
「くっ、こんな場所くれてやる」
彼はそう捨て台詞を吐き、仲間を追って立ち去って行った。
「派手に転んだわね。制服が泥だらけよ」
銃を片手にぶら下げた御影がこちらに歩み寄り、手を差し出した。
俺はその手を掴み、引き上げられ立ちあがった。
「悪いな。だけど、お前もだいぶ派手にやったじゃないか」
滑り込んだことによって彼女のスカートの右半分は泥だらけだった。
「あなたみたいにかっこわるくないからいいのよ」
「悪かったな、一人も倒せない上に転んで」
御影は俺を見て小さく笑いながら、
「確かに、でもあなたが撃ったことによって相手の姿勢が崩れたから、私の弾が当ったのよ。そこだけは認めてもいいわ。でも、やっぱり狙いは甘いわね」と言った。
認められたんだかバカにされたんだかよくわからないが、とりあえず二人とも無事だったことが幸いだろう。外を見てみると、さっきまでの雨が降り止んでいた。雲もなくなっている。天井から滴る雨粒が夕陽に照らされ輝いている。
俺は自分の服を見て、泥を払うことさえあきらめた。もう洗うわないことには元に戻らないだろう。
「さあ、安堵するのはいいけど、まだやることがあるわ」
彼女はDiosから例のアプリを起動させ、サーバーの近くへと近寄った。
アイコンをタッチして、ソフトが起動し始める。俺の時とは違い途中で止まったりしない。そして、最後に「Complete」と表示された。
「これであとは俺たちの思いどうりか?」
「そうね。これを開いて……、ここ、このウインドウでいろいろ操作ができるのよ」
彼女はその中で「Clear」というアイコンをタッチした。
するといままで動かなかったサーバーが動き、メニューがホログラムで表示された。
「これで元どおり。あとは、キーを設定しなくちゃね」
彼女はまたアプリのウインドウで何かを操作し、その後Diosをサーバーの前にかざした。数秒してピピッと音が鳴った。
「望月も」彼女は俺においでおいでと手で招いた。
「かざすだけでいいのか?」
「ええ、あとは勝手に読み取ってくれるわ」
俺も同様にかざすと、やはり同じように音がした。
彼女はそれを見て、アイコンをタッチした。
「これで登録できたわ。これからは私たちもハッカーの仲間入りね。これからは襲われる立場でもあるから気をつけなさいよ」
言っている内容の割に彼女はウキウキとしているように見えた。これで俺たちも“晴れずに”ハッカーというわけなのに何を言っているんだろうか。
俺は大きくため息した。
「ハッカーねぇ。まさか俺自身がなるとは夢にも思わなかったよ」
「いいじゃない。私たちは他のハッカーたちとは違う。私たちのやってることは正義のハックよ。これでここ一帯のエリアは正常になったわ。誰が文句を言うっていうの?」
「誰も文句は言わないだろうな。だけど、非合法はどこまでいっても非合法だ。別に俺は自分を正当化しようとは思わないから別にいいけどな」
「なら、構わないじゃないの」
彼女は首をかしげて、こちらに同意を求めた。
「スリルがあって少しは楽しいとも思ったがな」
「なに、それ? 遊びでやってるんじゃないのよ」
いや、ほとんど血迷った高校生の遊びだろ。と俺は思ってはいたが黙っておいた。
「帰りましょう」
彼女は俺の制服の袖をひっぱり橋の外へ連れ出した。
俺は、自分の左手に持っている物について聞いてみた。いつまでも持っていると人からどんな風に見られるかわかったもんじゃないからな。
「おい、このエアガン……」
俺がそこまで言って、彼女は、
「あげる」と遮った。
「あげるって……」
俺の問いかけに対して、前で土手を登る彼女はこちらを向きしっかりと構えて言う。
「あなた、この街のサーバーの惨状を知らないわけじゃないだろうし、そもそもここまで踏み込んで『はいさいなら』できると思ってるのかしら?」
どうやらこれからも俺はこの女とお付き合いをしなければいけないようである。
「……わかったよ」
俺たちは土手を登り、橋の上を縦に並んで歩き始めた。
エアガンをそれぞれのカバンに入れて、泥だらけの格好でポツリポツリと点った電灯の下を歩く。
時たますれ違う通行人が俺たち二人を凝視する。当たり前だ。
橋を渡り終えたところで彼女は俺と逆の方向へ曲がった。
「私はこっち」
遠のく彼女の背に問う。
「おい、次は?」
「まだ調査中、わかり次第連絡するから待ってなさいって」
こちらに背を向けたまま手を高く上げ、その腕についているDiosをもう片方の手で指さした。
俺が初めてハッカーになった日、俺たちの頭上には天の川見え始めていた。