Part.6 (5)
12/31/2011に前話を修正しました。
「御影、なんだって?」
俺は彼女の意図がさっぱりわからなかった。もしかしてこれは少女達に対する指示かとも考えたが、彼女の視線から俺たちへの指示であることは明白であった。
「はやく、あなたも銃を捨てて」
彼女は俺にそう指示する。
しかし、ここで銃を手放せば反撃の隙は与え放題になる。
「しかし、御影」
「いいから。とにかく銃を捨てて」
御影の考えは俺には全く持ってわからなかった。しかし、彼女なりに考えがあるのだろう。これまでの彼女の実績からそう推察し俺は従うことにした
光成も俺と同じように銃を捨てることに否定的であったようだが、彼女の言葉に押されしぶしぶそれを放り投げる。
そして俺たちは全員非武装の状態となる。
少女達はこの状況を飲み込めず、自らが一瞬にして劇的に有利になったにも関わらず銃を構えなおすことさえ忘れていた。
そして御影は両手のひらを相手に見せるようにあげたまま、目の前の女学生の目の前へ歩みよっていく。
女学生は近づく御影に対して思い出したように銃を向ける。
御影は彼女の目の前で止まるとこう切り出した。
「驚かせてごめんなさい。私は西校の御影沙織。私達はこのとおりあなた達に危害を加える気はないわ。もちろん、サーバーにもね」
「……では何故ここへ?」
「私達は今日このサーバーの調査に訪れたの。なぜ、このサーバーが正常でないかのね。この操作はあなた達によるものね?」
「ええ、そのとおりです」
「だったら何故こんなことをしているか訳を訊かせてもらえないかしら。私はあなた達のことが知りたいだけ。決して危害は加えないわ。いいかしら?」
御影は相手を驚かせないよう極力ゆっくりと右手を差し出す。
女学生は銃を下ろした。しかし、信用していいかどうか決めかねているようだった。
「少し待ってください」
彼女は後方に居る少女を呼ぶ。
「小町、どう思うかしら?」
少女は薄暗い闇から現れた。
「お、おい、あれは……」
光成が驚くのも無理はなかった。
「そうですね。彼らは見たところ武器を放棄していますし、私たちにとっても話し合いの方が望ましいと思われます」
女学生の下へと歩み寄った小町という少女は、俺たちがここへ来る途中に出会った少女であった。もちろんその話し方はやはり予想通り落ち着きをはらんだものであった。
少女の話を聞いた女学生はこちらを向きなおす。
「わかりました。私たちも争いは好みません」
そして、彼女は御影の手をそっと握った。
「こんなところではなんですので、上へお通しします」
俺たちは女学生に連れられ、唯一入ることのできなかった二階の部屋に案内された。
「小町、鍵を」
後方から着いて来ていた彼女がドアのノブの鍵穴に鍵を差し込む。
カタリという音がする。
そしてドアはそっと開いた。
「どうぞお入りください」
俺たちは中に通された。
広い部屋だった。
奥の壁は大きな格子のガラス窓があり、その手前に一人が越しかえられる古風なデスクがおかれている。机の腕には書類や文具がきれいにそろえられて並べられていた。側面を見ると隣の部屋に通じているのであろう扉があり、横のほうにはいくつものトロフィーやメダルがショーケースに並べられていた。そして、部屋の真ん中には十人ほどが腰掛けられそうなテーブルがある。
「おかけください」
俺たちはそのテーブルの片側に座る。
「会長、あれはどうしましょう?」
小町が女学生に耳打つ。
「もちろんお出しして」
彼女は即答する。
「わかりました」
そして、少女は横の扉の向こうへ消えていった。
俺がそれを目で追っている間に、女学生は御影の真向かいに座っていた。
「自己紹介がまだでしたね。私は二年生の小宮山霞です」
彼女は御影と同じようにストレートのロングヘアーを携えていた。しかし、毛先まですべるように流れる御影の髪とは対照的に、化粧筆のようにやわらかでふくらみをもつ温かみのある髪であった。
わずかに上げられた口角によってその顔もとてもやわらかで、俺には彼女が何を思っているのかその見慣れぬ表情からではわかりそうもなかった。
「小宮山さん、応じてくれてありがたいわ。いきなりだけど、ここはあなた達の学校の建物なんでしょ?」
「ええ」
小宮山は息を吐くようにやわらかに答える。そして続けた。
「私たちの学校はもう十五年以上も前に校舎を移転したのです。移転後の校舎が現在私たちが使っている新校舎。そして、旧校舎はこの一帯にありました。ほとんどの校舎は取り壊されましたが、この理事長室と書庫のある洋館だけは記念の為に保存されているのです。現在その管理は私たち生徒会が請け負っています」
「ということはあなたは……」
「はい。今は生徒会長をさせていただいております」
「生徒会長であるあなたが、なぜこのようなことを?」
「私達も本当はこのようなことをしたいわけではないのです。あなた方もご存知のようにこの一帯はこの町の中でも治安の良い、ハッカーの出没しない地域でした。しかし、最近このあたりにもハッカーが出没するようになり、当校の生徒もその被害を受けるようになりました。ここのサーバーは私たちの学校のある区域を統括しているサーバーですので、ここが犯されてしまうことだけは避けなければなりません。そこで私たち生徒会がハッキングし他の者からの操作を遮断しているのです」
御影は小宮山の話を聞きながらを、自分の考えを確かめたかのようにうなずいた。
小宮山が話していると扉が開き、隣の部屋から先ほどの少女が帰ってきた。
その手には木製のトレイが。
少女は俺たち一人ひとりの前にトレイからカップをおき、横にミルクと砂糖を添えた。
「どうぞ」
小宮山はそっと手を差し伸べた。
「ありがとう、いただくわ」
御影は差し出された紅茶にミルクを入れる。そして、砂糖を半分だけ入れると残りがこぼれないように端を折った。
「あの、私もお伺いしたいんですが」
小宮山は俺たちに茶を配り終えた小町が自らの横に着座するのを待つと言った。
「ええ、いいわよ」
カップに口をつけようとしていた御影はそれをやめ、そう答えた。
「あなた方どういう方で? それと調査というのは何でしょう?」
御影は、用意していたかのように話し出す。
「私達はこの町の異常なサーバーをハッキングし正常にもどすことを目的としているハッカーよ。今回はここのサーバーの不可解な操作の理由を突き止めたかったの。正常に戻すことが目的である以上、あなた達が正常に管理しているサーバーを奪取する意味はないわ。突然、進入したことは申し訳なかったわね」
「そうですか。横の彼女から見慣れぬ学生が歩いていると連絡を受けたものですから、念の為にこうやって備えたのです」
「そうね。あなた達の防衛体制は素晴らしかった。敵を懐まで誘い込み迎撃する。おそらくはあなたの指示でしょうけど、とても考えられていたわ。……でも彼女達、銃を撃ったのは初めて。そうじゃないかしら?」
小宮山は部屋の隅で銃器の片づけを行っている少女に視線を流す。
「ええ。私達はあいにくこういうことに不慣れです。彼女達には無理をさせてしまっています。今日だって、相手があなた方でなければ……」
小宮山はそれ以上言わなかった。彼女はわかっているようだった。こんなことでは何も守れやしないということを。
御影は紅茶を一口音を立てずに飲む。
そして、それをゆっくりソーサーに置くと言う。
「提案があるの」
紅茶の水面に目を落としていた小宮山は、ふっと御影を見上げた。
「同盟を組みましょう。私たちとあなた達がやろうとしていることは結局同じこと。もしあなた達がかまわなければ私たちのサーバーとリンクして欲しいの」
「それは、どういうことでしょうか?」
「サーバー同士をリンクしてネットワークを構築すると相互作用でセキュリティのレベルが上がるの。サーバーの占有者が違えども互いに承認があればネットワークを構築することは可能。あなた達にとっても私達にとっても損な話ではないでしょ?」
「あなた達の目的はこの街のサーバーを正常に戻すこと。……そうでしたね」
小宮山の確認に御影はゆっくりとうなづいた。