Part.5 (5)
俺たちは二階と同じように一階の部屋を調べて周った。しかし特に怪しいところはなかった。
そして、二階で入れなかった部屋の真下の部屋の前へやってきた。
こちらも同じく大きなドアであったが、その豪華さは上のそれより少し控えめであった。
「よし、開けるぜ」
光成がドアノブに手をかける。
「まずは鍵がかかっているかどうかを確認するために少しだけあけるのよ」
一階を周り始めてから御影はかなり慎重になっていた。
光成は少しだけドアを引き、動くことを確認する。
「開いてるぜ」
「入ったら前後左右に注意するのよ」
「大丈夫だろ。誰もいないって」
「確かにそのように見えるけど……一応よ」
いつもと違い御影は光成の意見を仕方なく受け止めているようだった。それは、彼女自身がその注意の対象の存在に確信を持てていない為のようであった。
「行くぞ」
俺たちはすみやかに部屋に入る。
誰もいない、攻撃もない。
俺たちは銃を下ろし見回す。
「暗いわね」
「これ全部本か?」
俺たちが入った部屋はおそらくこの洋館でもっとも大きな部屋であろうと思われた。部屋には図書館にあるような特大の本棚が列を成して並んでいる。もちろんそこにはびっしりと書物が並べられている。部屋の窓が横に数個しかない上、本棚がその光を遮り部屋の中はぼんやりと暗かった。奥行きのある部屋のようだがその暗さから奥を確認することはできない。
「奥へ進むわよ」
光成を先頭に俺たちは本棚によって作られた通路を前へ進む。
「ダメだ、ここは通れねえ」
本棚と本棚の間にホコリをかぶった机やイスが積み上げられており、通過できない。
どかせるのも大変そうであったので、俺たちは他の通路を進むことになる。
「こっちね」
途中また家財に阻まれ進路を変える。その後も同じように阻まれ、俺たちは本棚の間を迷路のように進まねばならなかった。
「こんなゆっくり進んでられるか。もう、俺は行くぜ」
前後左右を警戒しながら一歩一歩前進することに嫌気がさした光成が勝手に進み始めてしまった。
御影は引き止める。
「光成、ダメよ。戻って」
しかし、光成は先へ進み角を曲がってしまった。
そしてだ。
俺たちは一発の銃声を聞いた。
俺は御影と顔を見合わせた。
そして走りだした。
間をおいて、今度は立て続けに発砲音がする。
『くそっ』
無線から光成の声が聞こえる。
その声と同時に音も鳴り止んだ。
俺たちが角を曲がると、そこへ光成が尻餅をついて倒れていた。
「あー、いてー」
俺は彼の元へしゃがみこみ、御影は俺たち二人の前へ出て前方へ銃を構えた。
「大丈夫か?」
「ああ。いきなり発砲音がしたからびっくりしてこけちまった。弾は当たってない。大丈夫だ。それより、あれだ」
彼は尻餅をついたまま前方を示す。
不思議なことに俺たちは敵であろう人物に出会ったにもかかわらず脅威や焦りは感じることはなかった。
「あ、あれ、は、入らない?! 教えてもらったとおりやってるのに、どうしよう、どうしよう、どうしよう――」
俺たちの前方には一人の少女がいた。暗さのためにはっきりと視認することはできないが、その声と体格から同年代の少女であろうと思われた。
少女は手に銃とマガジンを持っているようだった。そして、それらを二つを両手にこちらを向くこともなくひたすらあたふたしていた。
言動や動作から察するに、彼女は先ほどの攻撃で弾を撃ちつくしたのでリロードを試みているようだが、どうやらそこで躓いているらしかった。
御影はその様子を見てか発砲せず、じっと少女に狙いだけ定めていた。
カチャカチャと銃にマガジンをあてがっていた少女がやっとこちらに顔をあげる。
御影の銃口がこちらに向いていることに気づいたのか、これまでたどたどしく動いていた両手がぴたりと止まる。
「あ、あ……いやー!」
少女はその場に銃とマガジンを放り捨て、悲鳴を上げながら暗闇に包まれた奥へと消えてしまった。
「今のはなんだ?」
光成が疑問を投げかける。
「敵……か?」
御影までもがこの状況をうまく説明できないのか、俺たちに答えを返してくれなかった。
「とにかく、勝手に行動するとこういうことになる。あなた、今回は運が良かったわね」
「ああ、向こうの狙いがめちゃくちゃだったからな。あれじゃ当たるほうが難しい」
俺たちは光成を起こし、少女が逃げた方向へ進み始めた。
「か、帰って!」
いくらか進んだとこで、今度は前方の通路から少女が突然飛び出した。
先ほどとは違う少女であった。
そして少女はこちらに向かって発砲する。
が、しかし、その弾は俺たちをかすりもせず、あらぬ方向へ飛んでいった。
少女は続けて引き金を引くも、弾はことごとく俺たちに届くこともなく本棚や床に当たるばかりだった。
現れた時からずっと少女に銃口を向け続けていた御影がやっとその引き金を引いた。
彼女の弾は少女の足元近くにパチンと音を立てて着弾した。俺には彼女が意図的にそこを狙ったように見えた。
「い、いやっ」
その少女はそれに驚き飛び跳ねるように後ずさりすると、先ほどの少女と同じように一目散に奥へと逃げてしまった。
「……進むわよ」
俺は大きな違和感を抱いたまま、前へ進む。
想定していた事態とは逆の想定外の事態にどう整理をつけていいかわからなかった。おそらく御影や光成も同じような違和感を抱いているはずだろう。
またいくらか進むと、光成に代わって先頭を歩いていた御影が手の平をこちらに突き出し静止の合図をする。
「いい。ここで待ってなさい」
「どうした?」
「向こうの角怪しいわ。反対側に周ってみるわ。望月あなたついてきて。二人はここで待機」
俺は御影と一緒に通路を戻り、問題の角へ反対側から近づける道を進みなおす。
そしてその角が見える地点に到達した。暗くて見えないが反対側には光成たちがいるはずだ。
「音を立てないでね」
彼女は本棚へ背中合わせに張り付き、腕を折り顔の横へ銃を持ってくる。そして、そのまま本棚を這うように角までそろりそろりと音を立てぬよう進みだした。
俺も極力本棚へ体を密着させ彼女の後に続く。
角の直前に来ると彼女は銃を両手で握り、少し間をおいた後角の向こうへ銃口を向けながら飛び出した。
「あ、あ……」
俺も続いて飛び出すと、目の前には御影に銃口を突きつけられ言葉も出なくなっている一人の少女が。これもまた見たことのない少女であった。
彼女はどうやら俺たちが通ってきた通路の反対側、つまり光成たちがいる当初通ってきた通路に気を払っていた為か、俺たちの接近に直前まで気づけなかったのだろう。
少女は手を震わせその手から銃をこぼすと、両手を上げながら後ずさりしだす。
そして二、三歩後退したところで身を翻し、か細い悲鳴を上げながらまたもや奥へ消えてしまった。
『いいわよ。進んで』
御影が光成たちに対して無線で話しかける。
光成たちが合流してくる。
「なんか声が聞こえたが」
「敵が待ち伏せしてたの」
「御影、あの子の服見たよな……?」
「ええ」
「俺の見間違いでなければあの制服は確か……」
これまで会った少女は遠くであった為、その服を確認することができなかった。しかし、今至近距離で出会った少女の制服は、俺たちがこの道中に出くわした女子高のものと同じであった。
「そこの学校の生徒と見て間違いなさそうね」
「そこの学校って、沙織、まさかそこの女生徒だっていうのか?」
光成が尋ねる。
「そう考えるしかないじゃない」
「嘘いうなって。そんなわけねえだろ、見間違えたんじゃねえのか? 望月、お前ほんとに見たのか?」
「あのスカートの色は間違いない。他の学校の制服と見間違えるわけないだろ」
「あそこの子が銃持ってるなんて想像つかねえんだが」
「俺は今目の前で見たよ」
「ともかく、サーバーまであと少し。たどり着けば全てわかるはずよ」
俺たちは本棚の通路をやっと抜けた。
目の前には大きなテーブルが平行に列をなしてならんでいる。
そしてその奥には暗闇にポツリと光るサーバーがあった。
「まだ、いるはずよ。警戒して」
俺たちはテーブルの間をサーバーに向かってまっすぐ進む。
中ほどまで来たところであった。
突然の発砲音。
俺たちは全員横のテーブルの影にもぐりこんだ。
テーブルは机をつなげたようなつくりになっており、身を隠すことが出来た。
発砲音は絶え間なく、時にはいくつかの音がだぶって聞こえた。そこから敵は複数と考えられた。
御影が弾幕が薄くなる隙を見計らい、向こうを確認する。
「右から左まで複数いるわね」
「どうする? 数でも装備でも不利だが」
今回は調査目的であった為、取り回しの悪いサブマシンガンは持ってきておらず、弾も相手と真正面から打ち合うだけの十分な数を持ち合わせてはいなかった。
御影は答える。
「牽制しながら前へ進みましょう」
そして、こう付け加えた。
「絶対に相手に弾を当ててはだめ」
「は?」
「相手に当たらないよう威嚇射撃しながら進むの」
再度説明されたにもかかわらず俺には彼女の意図がわからなかった。
俺が納得するのを待たずに彼女は進みだした。
御影はテーブルの影から飛び出す。
そして、少女達へ当たらぬよう射撃する。
「きゃっ」
少女は身をこわばらせて射撃を中止してしまう。
その隙に御影は前へ進み次のテーブルに隠れる。
俺たちも同じように続く。
他の少女達も俺たちの威嚇射撃を大そう恐れ、その隙に前進するのは容易であった。
そして俺たちと彼女達の距離はどんどん縮まっていった。
本来であればもう俺たちは少女達全員を仕留めていたであろう。
しかし、御影はそれをしなかった。
そしてギリギリまで近づくと彼女はじっと様子を伺い始めた。
一瞬、相手の弾幕が薄くなる。
彼女はそれを見逃さなかった。
一気に飛び出し、その場にいた少女五人全員に対しすばやく威嚇射撃する。
リロードに手を焼いていた少女達は驚き銃を落としてしまう。
御影は躊躇なく前進し、敵の隠れていたテーブルのところまでたどり着く。
そして、唯一発砲可能な状態で銃を構えていた人物に銃口を突きつける。
俺たちも続き、攻撃の準備ができてないその他の少女達に銃を向ける。
もはや、彼女達が俺たちにこれ以上抗うことは不可能な状況であった。
「あなたがリーダーね」
御影は目の前の女学生に問う。
「……ええ、そうです。私とサーバーはどうなってもかまいません。ただ、この子達はどうか無事に返してあげてください」
彼女は真っ先にそう言った。
「いえ、その必要はないわ」
御影の言葉に少女達は一瞬恐れをなした。
しかし、次の御影のとった行動はそれを疑問へと変えた。
御影は俺たちの方を向きこう言った。
「全員、銃を捨てて」
そして彼女は自らの銃を床へ放り投げた。