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Hack Revolution  作者: 川瀬時彦
The first hack
2/26

Part.2 (1)

 街頭にポツリポツリと照らされた橋の上を歩きながら俺は考えた。

 まず、あの女は南高のハッカー連中の仲間ではないようである。もしそうなら、俺はあの集団の中に放り込まれていただろう。

 そもそも、明日話がある、と言っていたと思うが、どこでいつとは全然言ってないじゃないか。話を分かりやすくするには5W1Hが基本だが、それを分かっていないただのバカなのか、それとも、絶対明日俺と会えると確信があったのか。もし後者で考えると、俺が今まで会ったことのある人物か? あの暗闇では相手も俺の顔をはっきり確認できなかったはずだ。もし、俺と初対面なら明日俺を見つけることが難しいはずだ。だから相手は俺の顔を知っていて、俺だと分かってあのような行動に出ているはずだ。

 しかし、俺はあの声を知らない。ガラスのように澄み、少し官能的な甘いあの声。今でもはっきりと耳に残っている。

 考えても検討がつかない。

 明日、俺はどうすればいい。しかし、向こうからの要求は連中に手を出すな、ということだけ。もちろん、どんな理由があろうともたった一人で多勢に挑む無鉄砲さは俺にはない。だからそれは守ってあげられそうである。しかし、会って話をするには……

 頭の中で思考を巡らせているうち、いつの間にか家に着いていた。

 俺は考えることを放棄し、冷蔵庫にあるもので適当に自炊し、それを食らった。

 洗濯物が溜まっていたので、近くのコインランドリーで洗濯をした。うちに帰って、べランドにそれを干した。あした一日中放っておけば乾いているだろう。

 その後風呂に入った後、寝室のベッドに倒れこんだ。

 ディノスを充電するため、机の上に放り投げた。そして、電気を消した。

 気づいたら、朝になっていた。

 しかも、時刻は八時。

 のんびりしていると遅刻だ。

 俺は急いで身支度し、昨日のまんまの中身のカバンを手にし、左手にディノスをはめアパートを出た。

 学校が見えるところまで走ったところで間に合うと思ったので、俺は走りを歩みに変えた。

 きのうと同じようにチャイムがなっている時に教室へ入る。『セーフ』と心で野球の審判のマネみたく言ってみた。

 授業が始まって、走って火照った体が冷めた頃、どうも今日は学ランを着てもさほど熱くないと思った。

 周りを見てみると、昨日俺しか着ていなかった冬服を着ている奴がちらほら確認できた。窓の外を見てみると空が淀んでいた。来るときはそれどころじゃなかったから気づかなかったが、今日は雨かもしれない。高く飛んでいたツバメが地を這うように滑空していた。

 降ったらコンビニでビニール傘を買うしかないか。

 三時限目の教室移動のとき、牧瀬が話しかけてきた。

「望月くん、今日傘忘れたでしょ」

「そうだけど、なんで分かった?」

「登校中に橋を走ってくるのが見えたよ。どうせ遅刻しそうだったんでしょ」

「こうしてきちんと間に合ったけどな。しかし、雨に降られるとな……今月は生活費をこれ以上無駄な事には使いたくないんだが、傘買うしかねえのかな……」

 俺がため息をひとつすると、牧瀬は俺より前へと歩み出てこちらを向きながら言った。

「だったら、雨が降ったら橋のところまでは傘貸してあげるよ。私は友達のに入るから」

 えへへ、と笑いながら牧瀬はまた前を向いた。

「そうか、悪いな。助かるよ」人の好意をむやみにはねのける理由もないので、俺は感謝の意を表した。

「でも、橋までだからね。私は橋渡らないから」

「ああ、大丈夫だ。土砂降りでもいくらか橋の下で雨宿りして……」

 『橋の下』それを言って俺は思いだした。昨日のあの事を。

「どうしたの?」

 俺は廊下の真ん中ともあろうのに、その場で突っ立ってしまった。牧瀬がこちらを不審そうに見上げてくる。

「いや、なんでもない」俺は冷静を装い、また歩き始めた。

「そう?」

 牧瀬はやはり不思議そうな顔をしていた。

 それから昼休憩になるまで俺は、昨日の事を考えていた。

 はたして、今日一体俺はどうすればいいんだ。結局こうやって午前中は普通に過ごしてしまった。しかし、おそらく向うからアプローチするなら放課後じゃないのか? だったら別に今はこれでいいのだろう。しかし結局あれが誰だったんだろうか。そればかり気になる。

「どうした望月。さっきから目が死んでるぞ」

 パンを食べながら考えていると、横から光成が弁当片手に言った。

「なんでもないんだ」俺は視線をしっかりと光成の方に向けて言った。

「そうか? なんか気持ち悪いものでも見たようだぜ」

 昼食を終えて、俺は屋上へと足を運んだ。

 空は曇っていはいるがまだ雨は降っていない。教室にいるよりはこっちの方がましだ。

 俺はいつものように壁に腰掛け、目を閉じて考えた。

 光成は、気持ち悪いものでも見たようだ、と言っていたが、確かに昨日のことは気持ち悪い事のといえばその通りだ。

 誰かも分からない奴にいきなり壁に押し付けられ、よくわからん事を言われてそのまま立ち去られた。

 酒に酔った女にでも、からかわれたんじゃないだろうか? そう考える方が別の結論を導き出すより簡単だ。

 どうせ俺自身にできる事もない。あっちから一方的に言ってきているだけなんだから。

 だから、もういちいちあれを気にするのはやめにしよう。

 変な話だから光成に話す事はしなかったが、あいつが聞けばたぶんそういう風に解釈でもするはずだ。まあ、まずあいつの場合、南高の奴らに対しての文句が先に出て、女の事は問題視しないかもしれないが。

 俺は、目を閉じて眠ろうと思った。

 昨日と違い今日は風が凪いで、空気もどんよりとしている。

 時間の流れが止まったかのような静寂。

 そして唐突に、

「起きなさい」

 あの声。昨日聞いたあの声。この透きとおった声に間違いがなかった。

 俺は目を開いた。

 黒く長いストレート。昨日ここで見たあの髪。それが一番に目に飛び込んできた。

 腹部あたりまで伸びた髪がかかる体、腕や足、とても細く華奢だ。

 そして立っている彼女の顔を見上げる。

 うちの冬服を着ている。昨日見たあの唇。そして、きりりとした目。小さな鼻。どちらかというと大人びた印象。それが俺を見つめている。

 俺はとりあえず立ち上がった。

 体の細さの為か、女性にしては高身長に見えたが、自分が立ってみるとそう高くはなかった。おそらく百六十センチぐらい。彼女の口元が俺の首辺りにくる。こいつだ。昨日の女は。

「お前、誰だ?」

 俺はまずそれが聞きたかった。

「あなたと同じ二年生。御影みえい沙織さおりよ。A組だからF組のあなたは知らなくて当然よね」

 確かに、A組の人間とほとんど面識はない。

 俺は顔に水滴が落ちるのを感じた。空はいよいよ黒くなってきた。

「で、話ってなんなんだ」俺はまだ警戒していた。同じ学校の生徒だったとはいえ、いきなり壁に押し付けるようなまねをする奴だからな。

「今日、あの橋の下のサーバーをハックしに行く」

 彼女ははっきりとした口調で言った。そしてこう続けた。

「だからあなたも手伝いなさい」

 さて、こいつは何を言っているんだろうか? ほぼ初見の人物に向かってサーバーハックを手伝えだと? わけがわからんがとりあえずどういうことか聞き返してみる。

「待て、いろいろあるが、まずハックするってどういうことだ? すでにあそこは南高の奴らにやられてるだろ」

 彼女は顔色一つ変えず言う。

「だからそれを奪うのよ」

 見た目に似合わず、過激なことを言う奴だ。

「奪うって、奪ってどうする?」

「あいつらによっておかしくなったサーバーを私たちの管理下で正常に戻すの」

「そんなの、役所に言えば職員が修理しにくるだろ?」

 彼女は深く息をして、その後、分かってないわね、といわんばかりの表情でこちらを見た。

「もし職員がちゃんと修理しているならば、この街の半分以上のエリアのサーバーが正常でないのはどう説明がつくの?」

 俺は言葉に詰まった。確かにそのとおりだ。駅の裏側のエリアもおかしくなってからもう、三か月が経つ。

「ここ数年の情報省の怠惰な様と言ったらあなただってしってるでしょう? 山間部のサーバーの管理がなってないのは前からだったけど、最近はこんな市街地でさえも管理できてないのね。全く、公務員は使えないわね」

「だから、自分たちでやる、と」

 俺は確認した。雨はぱらつき始めてきた。彼女はそれも気にせず答えた。

「ええ、そういうこと」

 まず一つ、サーバーハックの理由は俺も分かった。しかし、もうひとつ俺に関わる重要なことがある。

「理由はわかった。だが何故俺がそれを手伝わねばならん?」

 彼女は後ろを振り向いて、こちらに背を向けた。

「あなた、昨日あそこにいたじゃない。あそこがダメになるとあなたも困るんでしょ」

「確かにそうだが、別に俺といたもう一人でもいいじゃないか」

 そう、別に俺にこだわってくれなくても、むしろ光成の方がこういうことには積極的であると思う。

 彼女はまたこちらを向いてさらりと言った。

「だってあなた暇そうだもの」

 おい、なんだよそれは。

「暇じゃねえよ。俺だって……」

 俺は自分が忙しい理由を探した。しかし、部活もせず、昼はここで居眠りするような俺には、忙しいなんてことを胸をはっていうだけのものがなかった。

「ほらね。暇なんでしょう。あなたがいつもここにいること知ってるわ。だからあなたにしたんだもの」

 彼女は俺をたしなめた。

「お前、一人じゃ無理なのか?」

「さすがに一人で五人相手にするのは厳しいわ。それぐらわかるでしょう」

「あぁ……」同意せざるを得ない。

 雨が本格的に降ってきた。しかし、この場で「ちょっと屋内で話そう」などと、水を差す気にはなれない。

 正直にいえば俺は、暇を持て余している。光成みたいにうまく発散することもできない。いつも退屈で退屈でしかたなかったんだ。これが俺を退屈でなくしてくれるなら、俺は別に協力してやってもいい。家でゴロゴロするのはもう飽きた。なんでもいいんだ。なんでも。

「わかった協力してやる。ただ、どうやって奪い返す」

 俺は彼女のやることに乗る。そう決めた。

「それは放課後に詳しく話すわ。今は物資がないし。連絡するから、あなたのアドレスと私のアドレスを交換しましょう。ほら」

 彼女は自分のディノスを起動させ手の甲をこちらに向け、俺の前にかざした。

 俺も自分のディノスを起動させ同じように彼女のディノスと重ね合わせた。

 通信完了の音声が流れた。俺はウインドウに表示されたアドレスデータを確認した。

『御影 沙織』と名前の下にアドレス。これで彼女と通話ができる。

「ふーん、望月十也とおや……そういうの……」

 彼女は俺のアドレスデータを見てそう呟いた。

 強く降りだした雨が、彼女の長い髪を伝い、水滴となってぽたぽたと落ちていった。

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