Part.3 (4)
「これでよし、と」
そう呟きながら御影はメールボックスを閉じた。
「二人にはもうサーバーの方を見回るように伝えたわ」
彼女の斜め後ろ二、三歩を付いて歩く俺は、言われなくとも彼女の肩越しにそれを見ていた。
「つーかお前、手ぶらでいいのか?」
「今日は潜入作戦だから荷物はないほうがいいの」
「でも武器は?」
彼女の衣服を見る限り銃を入れられるようなポケットはない。そしてあったとしてもそれはぺたんとしていて、何かが隠されているようには思えなかった。
「それならここ」
彼女は歩くのをやめ、くるりとこちらを向く。
そして突然、スカートの裾を右手でたくし上げた。
「お、おい」
俺は反射的に顔を背ける。
「なんだよ急に」
顔を背けたまま苦情を言う。
「ほら」
彼女は見ないさいと促す。
視線を徐々にそして慎重に彼女へ戻す。途中移りこんだ顔には意地汚い含み笑いがあった。
たくし上げられたスカートからは、ふとももを覆う黒のスパッツが覗いていた。そして、その細いシルエットの脇に銃はぶら下がっていた。
彼女は右脚につけられたホルダーから銃を引き抜き、俺につきつけた。
「これなら効果的な不意打ちが可能だと思わない?」
そりゃ、誰もそんなとこから銃が出てくるなんて思わねえし、男の悲しい性を的確についたナイスなアイデアだ。
「あぁ、そ、そうだな」
彼女は銃をホルダーに戻し、俺を置いて歩き出す。
「それにしても、あなたの顔……ふふ、えらい慌てぶりだったわね」
どうせ彼女はさっきのような笑いを顔に携えているに違いなかった。全く、俺をおもちゃにしやがって、こいつめ。
「人通りが少ないといえどもこんなところでそんなことをするもんじゃねえよ」
無論それは俺が本当に慌てた理由とは違っていた。
「あなたも荷物はどこかに置いておきなさい」
「着いたらどうにでもするさ」
「なに、言ってるの? もう着いたわよ」
「え?」
俺はあたりを見回す。たしかに、俺たちの歩く右側に立てられたコンクリート塀の上には小さなビルが一本だけ突き出していた。
これまでビルらしきビルの建たない地区を歩いていたので、まさかこんなところにといった感じだろうか。
御影が塀からビルの入り口を覗き込む。俺も彼女の上から覗き込む。
正面玄関は一面ガラス張りだったのだろうが今はシャッターが下ろされている。管理する者がいないのだから落書きされ放題である。上をみるとビルをしきるように幾枚もの窓ガラスが二階、三階とついている。そこから推察するにこのビルは五階建てだろう。ここの地域は中心部から外れていてなおかつ交通量も少ない。俺たち以外に人っ子一人いない。もちろんこのビルも同様にみえた。
「誰もいなそうだが」
「ハッカーの拠点が誰かいそうに見えるわけないでしょ」
「まあ、そうなんだが。どっから入るんだ?」
「そうね、まずは裏から行って見ましょう」
俺達はビルの裏に周った。
非常階段の扉を彼女は押したり引いたりした。しかし、鍵がかかっている為ビクともしなかった。
「電子キーだったらまだハッキングでどうにかできるかもしれないけど、普通の鍵ね。しかたない、表に行ってみましょ」
そして表に周る。
前面シャッターが下ろされている、こんなのどうしようもないに決まってる。
俺が彼女にどうするつもりなのかと訊こうとしたとき、彼女は膝を着きシャッターに手をかけていた。
「ほら、全部調べるわよ」
彼女はそう言ってシャッターを上に引っ張り上げた。
「くっ……はあ」
力いっぱい引っ張ったのだろうがシャッターはガタガタとゆれるだけで少しも開かなかった。
「やめろよ。そんなの無駄だって」
俺はそう彼女に言った。でも彼女はやめなかった。
「いいから、ほらあなたも手伝って」
シャッターは幾枚かに分かれていて彼女はそれを一つずつ調べ始めた。
俺も仕方なく形だけ手伝う。
手をかけて引いてみる。
大して力を入れていないがこれは絶対動かないと思った。
俺はその後も御影に怒られないようにシャッターと格闘するフリをした。
そして最後、一番左端のシャッターに手をかけた時だった。
俺は彼女に俺の働きを証明するためシャッターを引き上げて音を立てようとした。
しかし、シャッターは思うような音を上げることはなく、ガラッと数センチ上昇した。
「……み、御影、開いたぞ」
向こう半分のシャッターを調べ終わった御影がこちらに来る。
「やったわ。開けましょう」
俺と彼女でシャッターを上げていく。
だいぶ使われていなかったためかシャッターの収まる場所が汚れているみたいで、それを開けるには相当の力が必要だった。
ある程度手で開けたところで、御影はシャッターの下にもぐりこみ肩を当てて下から押し上げた。
つっかえがとれたのかシャッターが一気に上へ上がる。
俺たちは中へ入る。
窓の多くがシャッターやカーテンで塞がれている為、中は部屋の反対が見えないほど暗かった。
「ふう、これで退路は確保できたわね」
彼女は肩や手についた汚れを払う。
「にしても、どうして開いたんだろうか?」
「そうね、このシャッターの管理はネットワーク上でされてるみたいなの。壁のところにそういうマークがあったわ。だいぶ管理されていないし、おまけにハッカーの拠点とされていたと考えるとそれらにバグが発生していたのかもしれないわね」
「とにかく入れたわけだが調査ってどうするんだ?」
「その前にもしものための備えをしないと」
彼女は胸の内ポケットからゴーグルを取り出しかけた、そしてスカートの下に隠された銃を抜くといつでも射撃できるようにした。
俺も鞄からそれらを出し装備する。鞄は近くの机に置いておいた。
「まずは一階の調査をするわ。まあ今こうやっていられるぐらいだから敵はいないでしょうけど」
彼女はDiosを立ち上げるとあるアプリを起動した。
「なんだそれ?」
「これは空間上にあるデータを収集するアプリよ。これを起動したまま歩いて、もしその場にデータが残っているならホログラム上にそれらが表示されるの。そうね、大昔の人が鉄の棒やら振り子やらもって地下の物を探すダウジングとかいうのがあるじゃない。あれのデータ版みたいな感じかしら」
「その例え、伝わってこねえな」
「とにかく、あなたもこれを起動して歩き回るの。ほら、送ったからインストールしなさい」
俺は彼女から受け取ったそのアプリをインストールし起動した。
「じゃあ、私は左半分を探すわ。あなたは右半分ね」
俺はDiosの表示に注意を払いながら部屋の右半分を探す。部屋の中は以前使われていたであろう事務机らしきものがたくさん並べられていた。その机の間をくまなく歩く。しかし、これといった反応はなかった。探査し終えた俺たちはまた入り口で合流した。
「ダメだ。何もでない」
「ええ、わたしも。おそらくサーバーは最上階。ここはそこから一番遠いからでしょうね。上ってみましょう」
俺たちは入り口からまっすぐ突き進んだところにある階段に向かう。
窓も近くにないため階段はそれは暗く、足元もおぼつかないし、下から上の階さえよく見えなかった。そして悔しいがちょっと怖い。
階段の手前で御影が俺に小声で話す。
「ここからは敵が潜んでいてもおかしくないわ。常に銃を構えて音を立てないように行動しなさい。あと、机の上には体を出さないほうがいいわね」
「かがめってことだな。了解」
御影は暗闇の中に向かって階段を音を立てぬようゆっくりと一歩一歩上がり始めた。
俺もその後について上っていく。
踏み外さないように足で段を確認しながら上っていく。
それにしても御影は躊躇なく上っていく。
この雰囲気は絶対に女の子が「きゃー私怖いー」とか言って彼氏に抱きつく類の雰囲気である。
こいつ、並みの男以上に肝が据わってやがるな。
俺が彼女の背中を見ながらそう思っていたときだった。
突然、後方からガタッという音が聞こえた。
俺は声を上げないまでも驚きに体を震わせた。
その音がなった後、ウィーンという音が持続して聞こえる。
「まさか……」
御影はいきなり向きをかえ階段をかけ下りた。
すぐ後ろにいた俺は彼女を避けようとしたのか、それとも彼女にぶつけられたのか、はたまた音に驚いていたのか、理由はともかく体制を崩しなす術なく階段を転がり落ちた。
全身、特に背中の方にひどい痛みを感じながら俺は目を開けた。
御影は俺たちの入ってきた入り口に向かって走っていた。
そしてその入り口のシャッターを見たとき、俺はその理由を知った。
開いたシャッターから注ぎ込む光の面積が次第に狭くなる。
彼女がたどり着く前にその光は完全に消えてしまった。
「やられた……」
彼女は立ち止まりそう呟いた。
「……ちょっと、大丈夫?」
俺の醜態を発見した彼女が引き返してくる。
「痛てて……、まあなんとか。しかし、これは……」
彼女に手を引かれどうにか立ち上がった俺は閉じられてしまったシャッターを見ていた。
「閉じ込められたわね」
俺はシャッターに近づきそれを引き上げた。しかし、びくともしなかった。
「だめだ、開かねえ」
「もはや敵が上にいることは疑いようがないわ」
彼女はそう言いながら、銃の弾を再度確認していた。
「お前やけに落ち着いてるな。もっとあせるべきだろ?」
「別に想定外の出来事じゃないわ。それに敵がいるということは何か知られたくないデータが残っているともとれるわ」
「俺は別にデータは……いや、なんでもない。で、これからどうする?」
「もちろん上がるわよ」
「敵がいると分かっててか……」
「どうせ出るにしたってここからじゃ無理じゃない」
俺たちはまた階段を上り二階に出た。
階段から部屋につながる場所で御影が先行し、銃を構えて安全を確認する。
「望月、ここからは常に無線で連絡を取り合うわよ。探査中も潜んでいるかもしれない敵に注意すること」
「了解。じゃあ、俺はこっちを探す」
俺は右手で銃を構えながら、部屋の中を歩いた。
一階と同じように二階も窓の全てにカーテンがかけられていて暗い。
机の下に敵が潜んでいてもそれに気づくのは難しいかもしれない。
しかし、敵が出ることもデータが見つかることもなかった。
『御影、何もなかった』
『ええ、こっちも見つからなかったわ。三階へつながる階段で落ち合いましょ』
御影と落ち合い階段を上ろうとした時、階段の横に一つの扉があることに気づいた。
「御影、こっから出られるんじゃないのか?」
よく見るとその扉の上には人が扉に向かって走るピクトグラムが表示されていた。つまり、これは非常口なのだ。
「たぶん無理よ」
彼女はそう言った。
「試してみないとわからないだろ」
俺は扉のノブを回して引いてみる。
しかし、全く空く気配がない。
「敵は私たちを閉じ込めようとしているのよ。そこが空いちゃ意味がないじゃない」
俺はがっくりと肩を落とし、彼女の後をついて三階に上がった。
先ほどと同じように探してみるがやはり何もない。
「御影、データどころか敵さえいるのかどうか」
四階へ上がる階段の途中で俺はそうもらした。
「しっ……、もし敵がいるなら私たちを奥まで導いてる可能性もあるわ。もう、逃げ場がない以上進むしかないけでね」
「どうしていつもこうリスキーなことを……」
「ほら、黙って。もし私が敵ならサーバーから一つ手前のこの階で奇襲をかけるわ。用心しなさい」
俺は正直、適当に歩いていた。
ただ、半分あたりまで来たところでDiosに何か表示されたような気がした。
その表示されたであろう場所までもどる。
『御影、なんかあったぞ』
『なんて出てるの?』
『ちょっと、待て今解析してるようだ』
解析し終えて画面に表示されたのは『担当地区』と名前のついたファイルだった。
『担当地区……って書いてあるが』
『よくやったわ。これで彼らの管理する地域が――』
その時だった。俺の目の前が真っ白になる。眩しさに目がくらむ。
『伏せて!』
それは無線のみならず俺の耳に直に届くものだった。
俺はわけもわからず机の間に身を沈めた。