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Hack Revolution  作者: 川瀬時彦
The fourth hack
16/26

Part.2 (4)

 日に日に高くなる太陽によって照らされる屋上の地面。

 それは次第に夏のあの灼熱地獄の片鱗を見せ始めていた。

 しかし、このひさしの中に座っている限り、まだそれに煩わされることはない。

 日のあたる所へぺたりと手のひらをついてみた。

 じわじわと俺の手を焼こうとする地面。だがそれはまだまだ俺の手を跳ね返すにはぬるすぎた。

 次に日陰へ手をついてみた。

 無機質なコンクリートがひんやりと俺の手から熱を奪う。

「炭酸が抜けると、意外と甘いわね」

 彼女は不機嫌そうにサイダーを置く。

「最後には砂糖水みたいになるよな。実はこっちの方が糖分控えめだったり」

 俺はついた方と逆の手でサンドを食べながら、コーヒーを飲む。

「そうかしら? ともかくそれは甘すぎよ」

「缶コーヒーとかこんなもんだぜ」

「じゃあ、あなたそれがコーヒーだって言うの?」

「……うまく説明できねえが、豆から入れるコーヒーの普通と市販のコーヒーの普通は違うんだよ。自販機から出てくるコーヒーはこれが普通なんだ」

「嘘。それがコーヒーだなんて、私は認めないわ。もはや新しい商標をつけるべきよ」

 んー、それは何か違くねえか?

 加えて俺はこのくだらん論争を新たな切り口で攻めてみた。

「そもそも普通な、女子高生は玉子サンドとブラックコーヒーなんて取り合わせしないんだよ」

 壁を背にしていた彼女が身を乗り出す。

「そんなの誰が決めたのよ? 第一、そこまで特殊な取り合わせじゃないでしょ」

「ただのコーヒーならまだしも、ブラックじゃなあ。女子高生は果汁十パーセント以下のフルーツジュースを飲むと相場が決まってんだよ」

「あんなもの飲めるわけないじゃない。ていうか私、果汁十パーセント以下でフルーツジュースとかオレンジジュースとか謳ってる商品が許せないわ。昔自販機で買ったことがあるけど、全然味が違うじゃない。私は柑橘系の酸味を味わいたかったのよ。なのに、全然甘いの。あんなのオレンジじゃないわ」

「まあ、それもさっきの『豆コーヒーと市販コーヒーの普通は違う理論』みたいなものであってだな。あれはあれで普通なんだよ」

「いーえ、私は認めないわ」

 心なしか論点がずれているような気がするが、矛先が俺からそれたので気にしないことにしよう。

「まあまあ、わかったなら買わなきゃいいだけだ」

「それはそうでしょうけど……」

 彼女はちょっとずつちょっとずつ切り取るようにして食べていたサンドへ少し乱暴に噛み付いた。

 俺たちはどこをみるでもなく視線を小さな入道雲の浮かぶ空へ投げ出し、だらだらと食べ続けた。

 俺は最後のサンドを食べ終わると、残りのコーヒーをぐいと飲み干した。

「なあ、御影」

「何?」

「こないだの南校のハッカー達、あいつらもうディノス修理に出したのかな?」

 ディノスが使えないということは相当不便なことだ。俺の知る限り、彼らは港のサーバーをそこまで悪用していなかった。もともと使われてないくらいの場所だったし。そう考えると敵とはいえいくらか同情せずにはいられなかった。

「いえ、たぶん出してないでしょうね」

「え、修理できないぐらいのダメージなのか?」

「おそらく逆ね。セキュリティの自浄作用で次の日には直る程度のダメージしか与えられてないと思うわ」

「でも最悪故障もあり得るって言ってなかったか?」

「それは敵の管理下で撃たれた場合。自分達の統治するエリア内ではいくらかは敵の弾の威力を小さくすることができるわ。もちろん完全に無効化はできないけどね」

「それって攻めるほうは不利だよな」

「不利っていっても、その場で使えなくなった時点でサーバーを守ることはできなくなるわけだから、一日使えなくするだけでも十分なのよ」

 その話を聞いて俺は肩の荷が下りたのと同時に、自分達は相当の危険を冒していたのだと再確認した。あの時もあの時も、御影が助けてくれていなければ家の鍵を開けることにすら苦労する日々をすごさなければならなかっただろう。

 彼女は最後までサンドを少しずつ食べた。数回にわけてサイダーを飲み、空になったそれを置く。

 ぱっぱと手を擦るように合わせパン屑を払うと彼女は言った。

「さて、今回の作戦なんだけど――」

「おい待て、光成や目黒を呼ばなくていいのか?」

「それを今説明しようと思ってたの。二人は呼ばなくてもいいのよ。今回はあなたと私だけでいくから」

「え?」

「今回、廃ビルには調査目的で潜入するの。だから二人の方が都合が良いのよ。もちろん、できることならハックもするつもりよ。後、残った二人にはこれまでハックしたサーバーの更新を頼むことにしてるの」

「それはわかったが、こういうことは光成の方がだな……」

「彼には前回かなり負担をかけてしまったわ。そういう意味でも休ませてあげたいの。あなたはそんなことないでしょ? 加えて、彼は確かに戦闘のセンスはあるみたいだけど、じっと身を潜める事が得意なようには見えないわ。今回は隠密行動だから彼には不向きだと思うわ」

 確かに、光成が息を殺している様子など想像ができない。

「それはそうだな」

「第一、私とあなたは結成時のメンバー。こういうことは率先的にやるべきでしょ?」

 どうやら俺がどのように申し立てようとも全て彼女に言い負かされてしまいそうである。

 そこで俺は、ここ最近彼女と対話するにおいて重要だと学習した「あきらめ」を活用することとなる。

「わかった。で、いつ行くんだ?」

「今日よ」

「え、ずいぶん気が早いな。今まで事前の下調べとかでいくらか時間かけてただろ?」

「ほんとはそうしたいところだけど……。時間が経つにつれて残されたデータは劣化していく。なるべく多くの情報を手に入れる為にはそんなことしている時間はないわ。放課後直行よ。あなた、装備は持ってるでしょうね?」

「ああ、全部あるよ」決して心がけて持っていたわけではなかった。鞄に入れっぱなしにしているだけだったのだ。

「管理するサーバーも増えてきたからこれからは突発的な戦闘もあるかもしれない。いつだってその用意はしておいてね」

 予鈴のチャイムが鳴る。

 彼女は立ち上がった。

「それ、貸しなさい。捨てておくから」

 彼女は俺の横に置かれた空になったサンドのパックと紙コップを指差した。

「ほれ」

 彼女はそれを受け取り、自分のと一緒に袋へいれた。

 俺も立ち上がり、彼女と一緒に下へ降りる。

 彼女はA組だから俺より一つ上の階に教室がある。

 別れ際彼女は言う。

「校門で待ってるわ」

「了解」

 生徒があわただしく移動し始めた廊下を彼女は歩いていった。

 俺が教室に入ると光成が言う。

「次、講義室だぜ」

「やべ、急がないとな」

「俺、先言ってるぜ」

 俺はロッカーから必要な教科書を取り出し、駆け出そうとする。

「あ、筆箱」

 机のほうへ目をやると、さっきまであったそれがない。

 あれ? 俺、置いてたよな。

「はい、筆箱」

 俺にそれを渡してくれたのは牧瀬だった。

「お、悪い」

「さ、行こ。もたもたしてると先生に怒られちゃうよ」

「いや、もう慣れっこで」

 彼女と俺は講義室まで歩く。

「何かいいことあったの?」

 牧瀬はそう俺に訊いた。

 俺は至極平然と「いや、何にも」と答えた。本当に何にもない。しいて言うなら面倒なことが増えただけだ。

「うそだ」

「ほんとだ。なんでそう思う?」

「だって昔は教室に帰ってくる時いつもつまらなそうな顔ばかりしてたけど、今はそんなことないよ」

「そうかぉ? 何も笑ったりしてるわけじゃないだろ」

「そうだけど、何ていうのかな……、いい顔、そう、いい顔してるのよ」

 全くこの娘は何を言ってるんだろうか。

「なんだそりゃ? ほら、早く席とらないと埋まるぜ」

 講義室での授業は席が決まっていない。講義室へ入ると俺は彼女にそう促した。

 牧瀬は教壇に近い一番前に席をとった。

「空いてるよ。座れば?」

 彼女は隣の空席を示し勧める。

「俺は遠慮しておくよ」

 俺は彼女に詫び最後列に向かう。

「どうした。アイツに呼び出されてたのか?」

 俺の隣にすでに座っていた光成が言う。

「まあ、そんなところだ。そういや、お前と目黒は今日サーバーの更新を頼まれるみたいだぞ」

「なんか生ぬるい仕事だな」

「そういうなよ。俺は御影とビルの潜入調査なんだからよ」

「おお、そいつは楽しいそうだな」

「楽しいもくそもあるかよ。いつもアイツに使われてばっかだ」

「ふーん……沙織は信用してるんだな。――おっと、先生来たか。喋ってたらまた当てられちまうぜ」

「え?」

 俺がそう漏らした時、教師は教壇に立ち授業の開始を告げていた。

 俺と光成には、これ以上目をつけられないよう、この最後列で授業を平穏にやり過ごすため、これ以上の会話は許されなかった。

 御影は俺を信用している?

 そうか?

 俺、結構邪険に扱われてるように思えるが……。

――待て。今回の潜入調査をするにあたって彼女は隠密行動だと言っていた。隠密行動なら一人が一番だろう。それにつけても足手まといになりそうな俺を連れて行くということは、やはり俺は何かしら信用されてるのか?

 俺はホワイトボードをぼうっと見ながら、教師の言葉を聞き流しながら、そんなことを考えた。

 そして、もし光成の言うことがそうなら、一体俺の何が信用されているのかを考えた。

 しかし、思い返してもあまり彼女に対して貢献できたことなどなかった。

 むしろ、足を引っ張ったことばかりが思い出される。

 結局、彼女が信用すべき俺の何かは検討がつかなかった。

「おい、教室帰るぜ」

 いつまでもホワイトボードを見続けていた俺を光成が呼ぶ。

「……あ、終わりか」

 前方の席の生徒がぞろぞろ帰り始めていた。


 残りの授業中、いつものように俺は他のことばかり考えていた。

 ただいつもと違ったのは俺の考える内容の大半を御影が占めていたことだろうか。

「望月くーん、掃除だよー」

 頬杖する俺の前にぴょんと調子よく現れた牧瀬。

 彼女が俺の顔を「んー」と覗きこむ。

「せっかくいい顔だったのに、元に戻ってるよ」

 俺はがばと立ち上がる。

「心配するな! ちょっと眠いだけだ。ほれ、こうすればもう大丈夫」

 そう言いながら己の両手で頬をぴしゃぴしゃと叩く。

「ははは、掃除は図書室だよ」

「よし行くぞ。って、今日掃除だったのか?」

「そうだよ。どうかしたの? 何か急ぎの用があるとか」

「いや、そーいうわけではないんだが……。と、とりあえず行こう」

 俺は牧瀬と図書室まで歩く。

 俺は彼女の後ろを歩きながらディノスのメールボックス立ち上げる。

『悪い、掃除だった。なるべく早くすませる』

 上記の文章とごめんなさいと手を合わせた絵文字を御影に送信した。

 図書室に入ったがそこに掃除の監督をする先生が見当たらない。

「あれ? 先生いないね。奥のほうに居るのかな? 私掃除始めてるから、望月くん先生探してくれない?」

「ああ、任された」

 この図書室結構広い上に天井まである本棚がいくつも並んで居るので、入り口から一見するだけでは人がいるのかいないのかさえ判断がつかないのだ。

 俺は図書室の奥へと歩く。

 本棚に挟まれた通路を左右と確認していく。

 そして長机がならべられてある一番奥の通路。そのもっとも端に先生は座っていた。

 先生は本を読んでいた。それもかなり真剣だった。俺たちが開けたドアの音にする気が付かなかったのだろう。

「あの、友野先生。掃除しに来たんですけど……」

 先生ははっとこちらに気が付く。

「あ、もうそんな時間か。ほんの少しと思ってたけど、つい入れ込んじゃって」

 先生は本についている糸を開いているページに挟むとぱたりと閉じた。

「先生、それ、何読んでるんですか?」

「ん、これはね今年の茶川賞受賞作品なんだよ。絶対呼んだ方が良いわよ」

 先生はそう俺に人差し指をびしっと突きつける。

「茶川賞……、詳しくないんですけどよく聞きますよね、あと値木賞とか」

「値木賞は大衆文学ね。私はどちらも読むようにしてるわ。望月くんも受賞作呼んでみたら? そうね、茶川賞のは純文学でとっつきにくいかもしれないから、初めは値木賞から攻めてみるといいかもね」

「は、はぁ……、また機会があれば。で、今日はどこを掃除したらいいんですか?」

 先生はまたはっとした。

「そうそう。今日はあの本棚をはたきでぱたぱたーっとしちゃってね」

「わかりました」

 俺ははたきを手に取り、脚立に上がる。

 そして本棚を上段からはたきがけしていく。

 しばらく掃除されていなかったのか多くの埃が俺に降り注ぐ。

 ごほごほと咳き込む俺。

 しかし、こんなことに遅れをとっていられない。

 彼女を待たせているのだ。

 俺はノルマをこなし本の貸し出しを行う受付に座る先生の下へ向かう。

「私も終わったよ」

「よし、じゃ帰ろうぜ」

「先生、終わりました」

「よし、じゃあ帰ってよし。明日もちゃんと来るんだよ」

「はは、もちろんですとも……」

 俺たちは図書室を後にした。

「牧瀬、またな。俺もう帰るわ」

 俺は急いで鞄を肩に担ぐ。

「うん、またね」

 俺は校門へ急いだ。

 掃除がないものはほとんど帰り、一方で掃除のあるものはまだほとんどが残っており、よって校門をくぐる生徒は俺以外いなかった。

「すまん。遅れた」

 俺は手を合わせ頭を下げる。

「もう、時間がないって言ってるのに……」

 彼女は少しすねた。

「掃除だって知らなかったんだ」

 俺は頭を下げたまま言う。

「仕方ないわね……はあ、もう顔をあげて。行きましょ」

 つりあがった眉と結んでいた口をふっと開放させ彼女は歩き出した。

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